7. 定量値の信頼性を確保するための確認方法
ICP発光分析装置(ICP)
ICP-AES(ICP-OES)は、多元素を同時に高感度分析できる代表的な元素分析手法です。本ページでは、ICP-AESで得られた定量値の信頼性を評価する方法を紹介します。
7.1. 添加回収試験を行う
物理干渉やイオン化干渉による影響や、試料前処理の過程での元素の揮散・吸着などにより、正しい定量値が得られない場合があります。添加回収試験および希釈試験(7.2)を行うことで、これらに起因する分析誤差の有無を確認し、定量値の信頼性を評価できます。
添加回収試験は、未知試料に既知濃度の標準溶液を添加し、添加した試料の定量値と未添加の試料の定量値に相関があるかを確認します。物理干渉やイオン化干渉などの非分光干渉の影響を評価する場合は処理後添加(7.1.1)を、酸分解などの試料前処理から評価する場合は、処理前添加(7.1.2)を行います。
7.1.1. 添加回収試験(処理後添加)
測定溶液(前処理の終了した未知試料)に対して既知濃度の測定対象元素を添加した溶液を用意します。添加試料と未添加試料の分析を行い、得られた定量値の差と添加量から添加回収率を計算し、その回収率から非分光干渉の大きさを確認します。
添加回収率は、添加回収率(%)=(添加試料定量値-無添加試料定量値)/添加濃度×100で求められます。回収率がどの程度であればよいかは、分析の目的と求める分析精度によります。
添加回収率が80%のように、100%よりも低く出た場合は、物理干渉やイオン化干渉により、検量線試料に比べて、サンプル中の酸濃度やマトリクスの影響により、サンプルの噴霧量やプラズマ内での励起効率が減少していると考えられます。一方、添加回収率が120%のように、100%よりも高く出た場合は、検量線試料に比べて、サンプルの噴霧量やプラズマ内での励起効率が増加していると考えられます。このような場合は、サンプルの希釈や、内標準補正法(6.4)、マトリクスマッチング(6.3)といった干渉補正法を検討する必要があります。
図1. 試料前処理後の添加回収試験試料の作製方法と添加回収率の算出
注:添加濃度は、予想される試料濃度の数倍から数十倍程度の範囲に設定してください。添加濃度があまりにも微量や高濃度の場合、回収率を精確に求めることができず、干渉の影響を適切に評価できない場合があります。
注:添加回収試験や希釈試験は物理干渉、イオン化干渉などの非分光干渉に対する確認方法です。分光干渉の確認はできません。分光干渉の確認は、8章 分光干渉による測定誤差をなくす測定ノウハウを参照してください。
7.1.2. 添加回収試験(処理前添加)
未知試料に対して、前処理前に既知濃度の測定対象元素を添加した試料を用意します。添加試料と未添加試料ともに同じ前処理・分析を行い、得られた定量値の差と添加量を比べることで、その回収率から試料前処理から分析までの有効性を確認します。
処理前添加の添加回収試験を行う場合は、前処理に由来する分析誤差か、測定(非分光干渉)に起因する分析誤差かを判別するため、処理後添加の添加回収試験も合わせて実施することをお勧めします。処理後添加の添加回収試験が100%に近く、物理干渉やイオン化干渉の影響が少ない測定で、処理前添加の添加回収率が80%と低くなった場合は、前処理の時点で分析元素が揮散や沈殿している可能性があり、前処理方法を見直す必要があります。
図2. 試料前処理前の添加回収試験試料の作製方法と添加回収率の算出
7.2. 希釈試験を行う
処理後添加回収試験と同様に、物理干渉やイオン化干渉など非分光干渉の影響の大きさを確認する方法です。高濃度のマトリクスに起因する干渉がある場合、試料を希釈することでマトリクスの影響(干渉)が軽減され、より信頼性の高い定量値が得られます。
未知試料を5~10倍程度、またはそれ以上に希釈し、希釈試料の定量値と希釈前の定量値を比較します。希釈試料の定量値と無希釈試料の定量値が一致するかを確認することで、試料原液(希釈前試料)における干渉の大きさを評価できます。
注:微量元素の場合、希釈することで、感度が不十分となり、希釈試験では干渉の影響を適切に評価できない場合があります。その場合は、添加回収試験(7.1)も併用してください。
注:添加回収試験や希釈試験は物理干渉、イオン化干渉などの非分光干渉に対する確認方法です。分光干渉の確認はできません。
図3. 希釈試験試料の作製方法と希釈試験結果の算出
上記の手法を用いたアプリケーション(分析例)
こちらの使用潤滑油中の添加元素・磨耗金属・混入物質を分析したアプリケーションでは、定量値の妥当性確認として、使用潤滑油の希釈処理を行う際に、検量線試料作製に使用した標準溶液(SPEX社製オイルベース21元素混合標準溶液(500 µg/g)、CONOSTAN社製及びSPEX 社製オイルベース単元素標準溶液(5000 µg/g))を5 mg/Lとなるように添加した添加回収試験試料を作製しています。また、高濃度元素(B,Ca,Mo,P,S,Zn)に対しては、使用潤滑油をケロシンで 50 倍希釈し,希釈試験用試料を作製しています。分析の結果、使用潤滑油の高濃度元素における希釈試験値、低濃度元素における添加回収率において、100 %に近い良好な結果が得られたため、定量値の信頼性があると評価できます。
7.3. メモリー試験を行う
高濃度の元素を含む試料を導入した後にチャンバーやトーチの内壁にその試料が残留し、次に分析する試料の定量値に影響(高めの誤差)を与えることをメモリー効果(キャリーオーバー)と言います。
メモリー試験は、このメモリー効果が定量値に影響がないほど小さいことを確認する試験です。検量線試料の上限などの高濃度の試料の直後にブランク試料を測定し、装置内部の汚染(メモリー効果)を確認します。例えば、ブランク試料(1回目)→最大濃度試料→ブランク試料(2回目)の順に測定を行い、2回目のブランク試料の定量値が、1回目のブランク試料の定量値に比べて、どの程度差があるかを確認します。
メモリー効果が次の測定試料に影響しない濃度になるよう、ソルベントリンス(サンプル間の洗浄)時間を延長します。水溶液試料の場合は、数%(v/v)の塩酸もしくは硝酸溶液で洗浄すると洗浄効果が上がります。
図4. メモリー試験の方法
7.4. 検量線の直線性・検出下限・定量下限を確認する
直線性は、一次式の検量線の相関係数で確認できます。 (例:r>0.999)(4.2. 定量分析(検量線法)を参照)
検出下限や定量下限を知ることは、どこまで微量濃度が測定できるかを判断するうえで重要です。検量線ブランクを複数回(n=5~10)測定し、強度の標準偏差(σBL)と検量線の傾き(k)から、以下の式で算出できます。
検出下限: LOD (Instrument Limit of Detection) = 3 × σBL/k
定量下限: LQD (Limit of Quantitative Determination) = 10 × σBL/k
Point
- ICPE-9800シリーズではソフトウェアが自動で検出下限(3σ)・定量下限(10σ)を算出します。詳しくはこちら(【FAQ】定量下限の確認方法)を参照してください。
7.5. 精度管理溶液を使用する
ラボで日常的に使用されている標準試料や検量線試料の調製から分析までの分析方法の確認のため、検量線作成用などに通常使用している標準試料とは別の、外部から提供された標準試料を測定します。トレーサビリティが確保された元素混合標準溶液などが市販されています。
7.6. 標準物質を分析する
国際標準にトレーサブルな認証標準物質(試料と同程度のマトリクスを含む試料)を分析することにより、前処理を含めた総合的な分析の信頼性が確認できます。河川水標準物質、土壌標準物質、大気粉塵標準物質等が市販されています。
上記の手法を用いたアプリケーション(分析例)
こちらの粉乳中のミネラルおよび有害元素を分析したアプリケーションでは、NMIJ(計量標準総合センター)から配布されているミルク粉末(微量元素分析用)の認証標準物質を使用し、分析の信頼性の確認を行っています。
7.7. 操作ブランクを作製する
測定試料と同様の前処理(同一の器具、純水、試薬、環境)を行った操作ブランク溶液を分析することで、試薬や器具、前処理環境からの汚染の確認を行います。操作ブランクの値は、測定試料の定量値の1/10以下を目安とします。
7.8. FAQ
Q. ICP-AESの定量値が正しいかどうかを確認する方法はありますか?
A. ICP-AES(ICP-OES)の定量値の信頼性を確認する代表的な方法として、添加回収試験、希釈試験があります。添加回収試験や希釈試験は、物理干渉やイオン化干渉などの非分光干渉の影響を評価する際に有効です。これらの試験を実施し、期待される結果が得られていることを確認することで、定量値の信頼性を評価できます
Q. 添加回収率はどの程度あれば良いですか?
A. 一般的には±10%以内であれば良い(定量値の誤差が±10%以内となる)と考えられます。ただし、許容される添加回収率は、分析目的や要求精度・参照する規格等によって異なります。回収率が100%から著しく乖離している場合は、物理干渉やイオン化干渉の影響などが考えられます。その際は、試料の希釈や内標準補正法、マトリクスマッチングなどの干渉補正法の適用を検討してください(ただし、分光干渉の評価はできないため、注意が必要です)。
Q. ICP-AESで添加回収試験を行う目的は何ですか?
A. 添加回収試験は、試料中のマトリクス成分による物理干渉やイオン化干渉、あるいは前処理過程で発生する元素の損失の影響を評価するために実施します。添加した元素が期待どおり回収されることを確認することで、定量値の妥当性や分析条件の適切性を評価できます。
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