5. ICP発光分析で注意すべき干渉の種類
ICP発光分析装置(ICP)
ICP-AES(ICP-OES)は、多元素を同時に高感度分析できる代表的な元素分析手法です。本ページでは、ICP-AESにおける干渉の種類や発生メカニズム、定量値への影響、さらに干渉を低減するための補正方法や測定上のポイントについて解説します。
5.1. 干渉の種類
ICP-AESでは、試料の導入から発光スペクトルが検出されるまでに、試料の性質による定量値への影響(干渉)が発生する可能性があります。そのため、これらの干渉が発生している試料では、精確な値が得られない場合があります。
干渉の種類を把握し、適切な測定方法の選択および干渉補正方法を設定することが重要です。
図1. ICP発光分光分析で発生する干渉の種類
5.2. 分光干渉
プラズマガス成分のアルゴン(Ar)ガスや共存物質に由来する分光学的な原因によって発生する干渉を分光干渉といいます。分光干渉には次の3つのタイプがあります。
パターン1:測定波長の近傍に発光強度の大きなスペクトル線があり、その裾の部分でバックグラウンドが上昇する場合
パターン2:連続光(分子イオンの発光スペクトル線など)により、バックグラウンドが上昇する場合
パターン3:近傍に別の元素のスペクトル線があり、測定元素のスペクトル線と重なる場合
分光干渉は、いずれも定量値に対してプラスの誤差となります。
パターン1、2の場合は、バックグラウンド(BG)が上昇し、定量値が大きくなります。この場合は、バックグラウンド補正(6.1)を行ってください。
パターン3の場合は、8章 分光干渉による測定誤差をなくす測定ノウハウに記載している手順で分光干渉の有無を確認し、測定波長の変更、元素間補正(6.2)などの干渉補正を行ってください。
図2. 分光干渉の種類
5.3. 非分光干渉
試料の組成の違いなどにより、試料導入部(吸い上げ管~プラズマ)で発生する干渉を総じて、非分光干渉と呼びます。非分光干渉には、物理干渉とイオン化干渉があります。
5.3.1. 物理干渉
物理的な因子の変化によって生じる干渉を物理干渉といいます。物理干渉は、試料溶液の噴霧、輸送過程において起こります。例えばサンプルに含まれる酸濃度が異なる場合、図3-左のように、ネブライザーでの霧化効率が変化します。粘性の低いサンプルに比べて、粘性の高いサンプルは液滴が大きくなり、大きな液滴はドレンに排出されるため、プラズマへの試料導入量が減少します。
図3-右に、硫酸濃度を変化させたときのFe, Ni, Y の発光強度の変化を示します。発光強度は粘度の逆数に応じて減少していきます。また、酸だけではなく、高濃度の塩類や有機物が共存した場合にも、同じような現象が起こります。
物理干渉への対策は、マトリクスマッチング法(6.3)、内標準補正法(6.4)、標準添加法(6.5)を適用します。
※測定元素の濃度が定量下限に対して十分高い場合は、干渉の影響が出ない濃度まで希釈することも対策の一つです。
図3. 物理干渉の要因と現象
(左:物理干渉が起こる要因、 右:硫酸濃度に対するFe, Ni, Yの相対強度)
5.3.2. イオン化干渉
発光スペクトル線には、原子線(I:原子化した状態で励起、発光したスペクトル線)と、イオン線(II:原子がイオン化した状態で励起、発光したスペクトル線)があります。(図4-左)
試料中にリチウム(Li), カリウム(K), カルシウム(Ca), ナトリウム(Na)などのイオン化されやすい元素が高濃度で共存する場合、イオン化平衡がずれて発光強度が変化します。これにより生じる干渉をイオン化干渉といいます。プラズマ内での原子のイオン化が抑制されるため、原子線では強度の増加、イオン線では強度の減少が起こります。図4-右に、Na濃度を変化させたときのCaの強度変化を示します。Na濃度の増加に伴い、原子線 422.673 nmは発光強度が増加しているのに対し、イオン線 396.847 nm、317.933 nmは発光強度が減少しています。
イオン化干渉への対策は、主にマトリクスマッチング法(6.3)、標準添加法(6.5)があります。
※測定元素の濃度が定量下限に対して十分高い場合は、干渉の影響が出ない濃度になるまで希釈することも対策の一つです。
※測定元素と同じ挙動をする内標準元素がある場合は、内標準補正法(6.4)も適用できます。
図4. 発光スペクトル線の種類とイオン化干渉
(左:発光スペクトル線の種類、 右:Na濃度に対するCaのイオン線、原子線の相対強度)
5.3.3. イオン化干渉に対する観測方向の影響

軸方向観測はイオン化干渉の影響が横方向観測と比較して大きく出ます。横方向観測を使用することで、イオン化干渉の影響量を小さくすることができます。
軸方向観測は、プラズマの中心部の多くの領域を観測するため、アルゴンのBGが低く、高感度に測定することができますが、プラズマ上部の低温領域も含むため、イオン化干渉の影響が大きくなります。
一方、横方向観測は、プラズマの高温部を側面方向から観測します。アルゴンのBGが高く、軸方向観測に比べて低感度ですが、イオン化干渉の影響の小さい測定方法です。
(観測方向の装置構成については、2.1.5. プラズマの観測方式を参照ください。)
表1. 軸方向観測と横方向観測の特徴
| 横方向観測 (Radial View) | 軸方向観測 (Axial View) |
|---|---|
| プラズマの側面方向(高温部)を通過し観測する | プラズマ中心部の多くの領域を観測する |
| ArのBGが高く、低感度 | ArのBGが低く、高感度 |
| 測定濃度レンジが広い ⇒高濃度(サブ%)測定可能 |
プラズマ上部の低温域を通過 ⇒自己吸収、測定濃度レンジが狭い ⇒高濃度の測定が困難 |
| イオン化干渉が小さい | イオン化干渉が大きい |
5.4. FAQ
Q. ICP-AESにおける干渉とは何ですか?
A. ICP-AESにおける干渉とは、試料中の共存元素や溶液組成などの影響により発光強度が変化し、測定結果に誤差が生じる現象です。干渉は大きく「分光干渉」と「非分光干渉」に分類されます。精確な分析結果を得るためには、適切な補正方法や測定条件を選択することが重要です。
Q. ICP-AESの分光干渉とは何ですか?
A. 分光干渉とは、測定対象元素の発光スペクトル線に、他元素の発光スペクトル線が重なったり、バックグラウンドが上昇したりすることによって生じる干渉です。分光干渉が生じると、定量値が実際より高くなります。対策として、バックグラウンド補正、測定波長の変更、元素間補正などが用いられます。
Q. ICP-AESのイオン化干渉を低減する方法はありますか?
A. イオン化干渉は、ナトリウムやカリウムなどのイオン化しやすい元素が高濃度で共存することにより、測定対象元素のイオン化状態が変化して生じる干渉です。対策として、マトリクスマッチング法、標準添加法などが用いられます。内標準補正法も、イオン化干渉を含む測定変動の補正に有効な場合があります。また、一般に横方向観測(Radial view)は、軸方向観測(Axial view)と比較してマトリクスの影響を受けにくい傾向があります。
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