潤滑油

潤滑油は基油と添加剤から成り、機械内部の潤滑、冷却、防錆等を目的として使用される油です。私たちの身の周りで幅広い用途で使われており、例えば、エンジンの潤滑油であるエンジンオイルは、内燃機関を搭載した自動車、建設機械、船舶、航空機、産業機器の正常な動作に欠かせない要素です。

潤滑油は物理的・熱的要因による成分の分解・化学変化、金属摩耗粉や燃料などによる汚染で劣化します。潤滑油が劣化すると、潤滑性能の低下により摺動部で摩耗が発生し、内燃機関の寿命低下や作動不良の原因となります。潤滑油の劣化は種々の分析装置を用いて解析することが可能で、オイル交換やエンジンメンテナンスのタイミングを決定することができます。

エンジン潤滑油劣化の代表的な原因

分析手法

1. 潤滑油の劣化解析、添加物分析

 
FTIR、GC、ICP-MSによる潤滑油分析項目
分析項目 (要素) 必要なシステム 規格
劣化 酸化 FTIR ASTM E2412
ニトロ化
硫酸塩副産物
汚染 FTIR ASTM E2412
すず
ガソリン GC
FTIR ASTM E2412
ディーゼル GC
FTIR ASTM E2412
冷媒(B,Na,K) GC ASTM D4291
ICP-AES ASTM D5185
FTIR ASTM E2412
不凍液 (Na) ICP-AES ASTM D5185
ダスト (Si)
シール材 (Si)
摩耗 金属 (Al, Fe, Cu, Cr, Ni, Zn, etc.) ICP-AES ASTM D5185
添加剤 抗酸化剤(Zn,Cu,B) ICP-AES ASTM D4951
FTIR ASTM E2412
耐摩耗剤(B,Cu,K,S,Zn,etc.) ICP-AES ASTM D4951
FTIR ASTM E2412
界面活性剤(Ba,Mg,Ca,etc.) ICP-AES ASTM D4951
腐食防止剤(Ba,Zn)
防錆剤(K,Ba)
摩擦調整剤(Mo)

ICP-AESを用いた潤滑油の添加物、摩耗金属、汚染物質の元素分析 

ICPE-9800 Simultaneous ICP Atomic Emission Spectrometers
ICP発光分析装置(ICP)

対応分析規格

潤滑油中の元素分析 (ASTM D4951/D5185)

 
 
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潤滑油の劣化解析、添加物分析の事例をまとめたポスターをダウンロードしていただけます。

[概要]
潤滑油は内燃機関を搭載した自動車、建設機械、船舶、航空機などの潤滑、冷却、洗浄、防錆に重要な役割を果たしています。潤滑油が劣化すると、潤滑性能の劣化およびエンジン内部の摩耗が発生し、内燃機関の寿命低下や作動不良の原因となります。潤滑油は物理的・熱的要因による油成分や添加剤の分解・化学変化、金属摩耗粉や燃料などの汚染物質により劣化することが知られています。潤滑油の劣化を種々の分析装置を用いて分析することで、オイル交換とエンジンメンテナンスのタイミングを決定することが可能です。小型のFTIRによる潤滑油の劣化分析、GCによるエンジンオイルの燃料希釈率の高速分析、ICP-AESによる潤滑油中の元素分析をご紹介します。

[対象規格]
ASTM E2412-10、 ASTM D7593-14、 ASTM D5185-18、 ASTM D4951-14

2. 潤滑油の応用分析

SPMによる潤滑油構造の可視化

エンジンオイルなどの潤滑油は、基油に添加剤を加えることで、性能向上を図っています。添加剤は、摺動部の金属表面に吸着膜(トライボフィルム)を形成し、摩擦と摩耗を減らしますが、その薄い膜を潤滑油中で分析することは困難でした。そのため、潤滑油開発の現場では、添加剤の種類や最適な濃度を絞り込むために、実車試験やエンジン試験などのデバイス試験が繰り返し行われることもあり、時間とコストがかかることが課題となっています。

高分解能 走査型プローブ顕微鏡 SPM-8100FMは、わずか500 μlの潤滑油で、潤滑油に接する金属表面を分子分解能で分析できます。開発初期のスクリーニングを、実験室スケールの材料試験で代替することで、潤滑油開発を加速する新しい手法として期待されています。

添加剤の働きについての模式図

添加剤の働きについての模式図

SPMに期待できること

SPMに期待できること

分析事例 -潤滑油中で形成されるリン酸エステル吸着膜の構造解析-


分子構造 (a) PAO、(b) リン酸エステル

走査型プローブ顕微鏡を用いると、潤滑油中の添加剤由来の吸着膜を、表面形状像(XY)およびZ-X断面のΔfマッピング像を取得することにより、分子レベルで構造評価できます。

周波数変調方式を採用した新世代の走査型プローブ顕微鏡 SPM-8100FMを用いて、酸化鉄基板上で、ポリアルファオレイン(PAO)基油中のリン酸エステルの吸着構造を解析し、リン酸エステルの有無によって吸着層が異なることが観察された事例をご紹介します。

 
酸化鉄膜界面の表面形状解析 
 
PAO 

表面がリン酸エステルの吸着膜で覆われていないため、
粒子の輪郭が明瞭です。

PAO+リン酸エステル(200 ppm) 

表面がリン酸エステルの吸着膜で薄く覆われているため、
粒子の輪郭が不鮮明です。

 
 
潤滑油-酸化鉄膜界面の力学応答解析 
 
PAO 

層構造が見られます。

PAO+リン酸エステル(200 ppm) 

層構造の消失は、PAO分子が酸化鉄膜表面に直接接触して
いないこと、つまり、酸化鉄膜表面がリン酸エステルの
吸着膜で覆われていることを示唆しています。

予想される分子モデル1 

酸化鉄膜表面に接しているPAO分子が横倒しで並行に配向し、
数層の層構造を形成しています。

予想される分子モデル2 

PAO分子が酸化鉄膜表面に直接接触していないため、
層構造を形成していません。

〔出典: トライボロジスト 第64巻 第11号 (2019) 森口・粉川・辻本・笹原・大西:周波数変調原子間力顕微鏡による固液界面構造解析〕