ICP-MS分析の基礎 ICP-MSの構成 - 真空部

3.1. 干渉除去・質量分離・検出

インターフェースから真空領域に引き込まれたイオンは、さらに高真空領域に輸送され、コリジョン・リアクションセルに導入されます。セル内をイオンが通過する際に、セル内に流されたガス(He、H2など)と衝突・反応し、干渉成分が除去され、四重極質量分析計により、分析元素のm/z(質量電荷数比)で分離されます。

干渉除去・質量分離・検出部
ICPMS-2040/2050

島津製作所の最新ICP質量分析計「ICPMS-2040/2050」

新開発のコリジョン・リアクションセルでスペクトル干渉を低減します。また、チャージスタビライザーにより電極表面のチャージアップ量を一定に保つことで、長時間の分析安定性を高めます。

3.1.1 コリジョン・リアクションセル

コリジョン・リアクションセルでは、多原子イオン等のスペクトル干渉の低減や除去を目的に、特定のガスと干渉イオンを衝突・反応をさせます。衝突によって対象イオンの軌道が外れることを軽減するために八重極等のイオンガイドを用います。ICP-MSでは、測定元素のm/zと同じ位置に重なる以下のようなイオンがスペクトル干渉として現れます。測定質量数の変更によって干渉が回避できない場合は、コリジョン・リアクションセルを用いた干渉除去を行います。

  • 多原子イオン:プラズマガスとして用いるArや、試料由来のマトリックス元素が結合した分子イオン(分析対象イオン:56Fe+、干渉イオン:40Ar16O+)
  • 2価イオン:電荷が2価のイオン。元素の質量数の半分のm/zの位置現れるイオン(分析対象イオン:78Se+、干渉イオン:156Gd2+)
  • 同重体イオン:質量数は等しいが、陽子や中性子の数が異なるイオン(分析対象イオン:114Cd+、干渉イオン:114Sn+)

コリジョンによる干渉除去①:衝突誘起解離(CID: Collision Induced Dissociation)

セル内に充填された不活性のHeガスと衝突することにより、多原子イオンを分裂させて干渉を除去します。このように多原子イオンを解離させることによって干渉を取り除く方法を衝突誘起解離と呼びます。

コリジョンによる干渉除去:衝突誘起解離

コリジョンによる干渉除去②:運動エネルギー弁別(KED: Kinetic Energy Discrimination)

衝突断面積の大きな多原子イオンとHeガスとの衝突回数は単原子の分析対象イオンと比べて多くなります。その結果、より多くのエネルギー損失を起こすこととなります。

コリジョンセル・リアクションセルと質量分析計の間にエネルギーフィルター(障壁)を設けることで、運動エネルギーの低い多原子イオンはその障壁を超えることができずに、質量分析計に到達できなくなります。このように運動エネルギーの差によって分析対象イオンと分離する方法を運動エネルギー弁別と呼びます。

コリジョンによる干渉除去:運動エネルギー弁別

リアクションによる干渉除去

反応性の高いリアクションガスを使用し、元素ごとの反応性の違いによって干渉を除去します。リアクションによる干渉除去にはH2ガスが最もよく使用され、その有効な例として78Seに対する40Ar38Arの干渉があります。SeとH2の反応は吸熱反応であるためにほとんど起こりませんが、 ArとH2の反応は発熱反応であるため、以下のような反応が進んで干渉が除去されます。

Ar2+ H2 → ArH+ + Ar + H  (水素原子移動反応) 
ArH+ + H2 →  Ar + H3+ (プロトン移動反応) 

リアクションによる干渉除去

コリジョン・リアクションセルの特徴の違いをまとめます。コリジョンによる測定では不活性ガスのHeを使用し、衝突による副生成物が発生しないため、ほとんどの元素で使用できます。一方、リアクションによる測定は、分析対象イオンと干渉イオンのリアクションガスとの反応性の違いから分離するため、干渉除去効果は大きいですが、特定の元素のみに有効です。

  コリジョン リアクション
使用ガス 不活性ガス
He
反応性ガス
H2、NH3、O2など
使用できる元素 低質量元素以外のほとんどの元素 Se、Feなど(H2の場合)
干渉除去効果 多原子イオン 多原子イオン、2価イオン、同重体イオン
メリット

・副生成物ができないため、特別な知識が不要
・同一条件で多元素一斉分析が可能

・特定の元素で大きな干渉除去効果がある
・2価イオンや同重体イオンの干渉にも有効な場合がある

デメリット

・測定元素にもHeガスは衝突するため、セルガスなしの場合より得られるイオン強度は低下する
・2価イオン、同重体イオンの干渉は除去できない(元素間補正や干渉補正式を使用して補正可能)

・反応性の違いを利用するため、元素ごとに反応性の知識や条件設定が必要
・同一条件で多元素一斉分析ができない
・副生成物が発生し、新たな干渉を生む可能性がある
・反応性ガスは設置環境に注意が必要

3.1.2 四重極型質量分析計

四重極型では、4本の円筒形の金属棒が平行に配置されています。四重極には互いに対向する電極に同じ極性の電圧がかけられています。それぞれの電極に、直流電圧 U と高周波交流電圧V cos ωt とを重ね合わせてかけると、四重極の中には高速で位相の変化する電場が生じます。イオンは中心軸(Z軸)に沿って、四重極の領域に進入します。 この電場により通過するイオンはX,Yの軸方向に振動します。

このとき特定の条件が与えられると、ある特定の m/z  のイオンは“安定な振動”状態になり、四重極を通り抜けて検出器に到達できます。その他の m/zを持つイオンは不安定な振動を行い、電極に衝突したり、系外に飛び出して検出されません。直流電圧 U と高周波交流電圧 V を変化させることにより、目的のイオンを検出器に導くことができます。

スペクトルの分離能力を示す指標を分解能と呼びますが、ある質量mのピーク高さの5 %におけるピーク幅をΔmとしたとき、分解能はm/Δmで表されます。四重極マスフィルターを用いた四重極型質量分析計では、Δmは質量によらず一定で、分解能は質量に比例します。通常、元素ごとの質量差は1程度ですので、Δmが0.65〜0.8 amu(原子質量単位 )を目安として設定し、測定を行います。

  • 四重極マスフィルターを用いた四重極型質量分析計
  • スペクトルの分解能

3.1.3 検出器

検出器の二次電子増倍管は、質量分離部を通過したイオンを読み取り可能な電気信号に変換します。多くのダイノードから構成されており、入口部分(第1ダイノード)には負の高電圧が印加されています。1つのイオンが第1ダイノードに衝突すると、複数の二次電子が放出されます。放出された電子は、出口に向かってかけられた電圧差により加速され、近傍の内壁に衝突して再度二次電子が放出されます。このような衝突と二次電子の放出を繰り返し、最終的に106~108倍の電子の集まりとして検出回路に入力されます。

検出はパルス方式とアナログ方式の2つの方法によって行います。パルス方式は108倍に増幅した電子を電圧パルスに変換し、一定時間イオンカウントする方式です。アナログ方式は、104~106倍の電流に増幅した後、検出回路で直流電圧に変換して測定する方式です。イオン強度によってパルス方式が飽和した場合、アナログ方式に自動で切り替わります。測定で得られたイオン強度はcps (count per second) の単位で表し、1秒あたりに検出器に取り込んだイオンカウント数として扱います。

パルス方式とアナログ方式の模式図
  • パルス方式:108倍に増幅した電子を電圧パルス に変換し、一定時間イオンをカウントする方式
  • アナログ方式:104~106倍の電流に増幅した後、検出回路で直流電圧に変換し、これを一定時間計測する方式

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