粉博士のやさしい粉講座
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実践コース:測り方疑問解決編
比表面積/細孔分布測定装置
8 ガス吸着法による細孔分布の測定限界について
ガス吸着法は、細孔分布を求めるための最も一般的な手法の一つです。
ガス吸着法においては、直接測定される吸脱着等温線データを、色々な仮定を設けて解析することにより細孔分布を求めます。したがって、解析結果となる細孔分布を解釈するためには、
どのような仮定に基づいて求めたものであるのか?
どのような適用限界があるのか?
 を常に認識しておく必要があります。
以下に、当社のASAP2010/2020マイクロポアシステムを例として、その細孔分布測定限界について、広く利用されてきた古典的な解析手法に基づいて解説します。
1.メソポア領域の下限
メソポア領域とは、一般的には直径 2~50nmの領域を意味することが普通です。
この領域は、「ケルビンの毛管凝縮理論が適応できる領域」と言いかえることができます。
ただ、毛管凝縮理論を利用して細孔分布を求める場合、上記の一般的なメソポアの範囲を少し 拡大解釈されることが普通で、1~100nmの範囲 がその対象となります。
では、それ以下の細孔はなぜ毛管凝縮理論が適応できないのでしょうか?
これは、吸着ガス分子の大きさと、細孔の大きさとの関係で説明されています。すなわち、 『毛管凝縮の理論が適用できるのは、吸着ガス分子(窒素の場合0.3~0.4nm)の大きさの4倍~5倍以上の細孔である。それ以下の細孔であれば、毛管凝縮は起こらない。』 と考えられているからです。
2.メソポア領域の上限
前項で示した通り、細孔分布でよく使用される上限は100nmです。それ以上についてはどうでしょうか?
S.J.GreggとK.S.W.Singは、次のように解説しています。(S.J.Gregg , K.S.W.Sing:"Adsorption,Surface Area and Porosity",Academic Press,2nd Edition,1982,P164)
すなわち、 『上限は、理論的(theoretical)には存在しない。ただし、現実(practical)には存在する。』 ということです。
100nm以上の細孔が存在する場合、吸着等温線はⅡ型になるのが普通です。つまり、相対圧が1に近づくと、等温線の勾配が無限大に近づくのが特長です。また、相対圧が1に近い領域では、飽和蒸気圧の値、すなわち系の温度の影響が大きくなります。
例えば、液体窒素の温度と冷却されている試料の温度差が0.05°Kの場合、計算上の見かけの細孔径が、実際の細孔径の約65%となるほど誤差が大きくなってしまいます。
また、勾配が無限大に近い領域で測定するのですから、圧力計のわずかの誤差成分も、細孔径に換算すると数倍以上変わってしまうことになります。

以上の理由から、当社では上限を100nmとしています。実際の計算上は500nm以上の細孔分布を求めることができますが、上記の理由で信頼性が無くなります。 したがって、カタログスペックでは100nmと表記しているわけです。
3.マイクロポア領域の下限
細孔直径2nm以下、あるいは1nm以下の領域では毛管凝縮理論が適用できません。
したがって、他のモデルに基づく解析手法がいくつか提案されています。
当社では、現時点では、マイクロポーラスな試料(ゼオライト、分子ふるいカーボンなど)の解析や比較にはHK法やSF法が使いやすい解析法ではないかと考えています。
また、吸着ガスとしてはアルゴン、冷媒としては液体アルゴンがベターだという考え方もあります。(マイクロポアの解析については、世界的にも、あらゆる試料に有効な方法はまだ考え出されていません)。

上記の吸着ガスを使用した場合、公称0.4nmにピークを有する試料については、残念ながら吸着が殆ど起こりませんでした。吸着が殆ど起こらないと言うことは、細孔を検出できないと言う意味です。しかし、公称0.4+α~0.5nmにピークを有する試料については充分な吸着量が得られます。したがってカタログ上の下限を、直径で0.4nmとしています。

適用する理論・ガス・仮定や考え方によってその表現の仕方は変わってきます。 例えば、モレキュラープローブ法を用いる場合は、測定下限は約0.3nmとなります。但し、HK法で得られるような微妙な分布変化を(モレキュラープローブ法で)見ることはできません。
4.マイクロポア領域の上限
マイクロポアの解析手法そのものが2nm以下を主体に考えられたものですから、それ以上の領域では、一般的に同じ手法は採用されません。

5.最後に
粉博士イラスト

装置メーカが、カタログなどで仕様として記載する細孔径範囲は、以上のような、ある仮定された条件の範囲内での推奨値であり、目安です。
複数の装置の性能を比較する場合には、カタログに記載してある測定範囲の値だけで判断することはお勧めできません。吸着ガス、測定条件、解析方法、解析時に使用するパラメータなどを同一条件にしたうえで比較するべきです。

ASAPのカタログ上で記載してある数値の根拠は既に述べました。
つまり、ASAPの仕様では、 実用上充分使える データが得られる範囲を記載しています。
そしてこれは、装置の問題ではなく、原理上あるいは測定手法(ガス吸着法・定容法)上の問題であると考えています。

なお、最近、新しい解析手法として、 DFT法(Density Functional Theory) と呼ばれる方法が提案されており、最新のASAP2020のソフトウェアにはこの解析法も含まれています。この手法は、上記のような解析範囲に関する考え方が全く異なります。これについては次回に解説いたします。

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