四重極飛行時間型質量分析計 (Quadrupole Time-of-Flight Mass Spectrometer, QTOF) は四重極質量分析計と飛行時間型 (Time-of-Flight; TOF) 質量分析計を組み合わせたハイブリッドMSです。QTOFはイオン化部、レンズ系のあとに四重極とコリジョンセルが配置され、これらを通過したイオンはTOF部で飛行時間から精密質量を得られます。QTOFの主な測定モードには、フラグメントイオンの情報を含まないMS (エムエス) 分析とフラグメントイオンの情報を含むMS/MS (エムエスエムエス) 分析があります。

lcms_chapter3_8

生成されたすべてのイオンが四重極およびコリジョンセルを素通りしてTOF部へ到達し、精密質量を取得します。

3.3.1. MS分析とは

MS分析では、生じたすべてのイオンが四重極およびコリジョンセルを素通りしてTOF部へ導入されます。そのため、基本的には化合物の分子の精密質量が得られます。小数点以下まで正確な精密質量を得られることで、分子を構成する元素を推定することができます。
 

3.3.2. MS/MS分析とは

MS/MS分析では、四重極で選択したイオンをコリジョンセルで開裂し、生じたフラグメントイオンの精密質量を取得します。基本的にはMS分析と同時に行うため、プリカーサイオンとプロダクトイオンの精密質量情報が得られ、詳細な構造推定が可能です。このとき、四重極でイオンを選択する方法の違いにより、DDA (data-dependent acquisition) とDIA (data-independent acquisition) の2種類のモードに分けられます。

3.3.3. DDAとは

DDAではまずMS分析を行い、強度の高い順に特定のイオンを選択します。選択されたイオンはコリジョンセルへ送られ、開裂し、生じたプロダクトイオンはTOFへ送られて精密質量が取得されます。基本的には同時にMS分析も行われるため、プリカーサイオンの精密質量も取得されます。プリカーサイオンとプロダクトイオンの精密質量情報から、詳細な構造解析が可能です。

lcms_chapter3_9

DDAでは特定のプリカーサイオンから開裂したフラグメントイオンだけを観察できるため、解析が容易です。そのため、DDAはサンプル中の主要な化合物の構造解析を行う場合や、ペプチドのアミノ酸配列を解析する場合に活用されます。ただし、大量の分析対象が同じタイミングでカラムから溶出する場合、処理速度の不足や分析対象の強度不足により、DDAではすべての分析対象のフラグメント情報を得られないことがあります。

3.3.4. DIAとは

DIAはプリカーサイオンの強度に依存せずフラグメントイオンを観察する測定モードであり、プロテオミクスで使用されます。イオン強度が低いペプチドについても、MS分析で検出されたすべてのイオンについて配列情報を取得することができます。そのため、DDAと比較して同定されるたんぱく質の数は多くなる傾向があります。 DIAもまずMS分析を行いますが、DDAのように強度順にイオンを選択せず、特定のm/z範囲(ウィンドウ)で検出されたプリカーサイオンをまとめてコリジョンセルへ送り、同時にフラグメント化します。生じたフラグメントイオンはすべてTOFへ送られ、精密質量が取得されます。同時にMS分析も行われるため、プリカーサイオンの精密質量も取得されますが、設定したウィンドウ幅で検出された複数のプリカーサイオンから生じたすべてのフラグメントイオンをまとめて検出するため、解析は困難であり、DDAで取得したスペクトルライブラリが必要でした。近年はアミノ酸配列の情報から予測データベースを作成できるソフトウェアが開発されており、DDAで取得したスペクトルライブラリを用意せずにDIAデータを解析可能となっています。

lcms_chapter3_10