執筆者紹介

vol.93 食品中残留農薬分析の今昔よもやま話

永山 敏廣 先生

明治薬科大学 薬学部 薬学教育
研究センター 教授 (ご所属・役職は2015年1月発行時)

LCtalk誌創刊30周年,誠におめでとうございます。今後,ますますご発展されることをお祈りします。

500円硬貨の発行やテレホンカードの使用開始とともに,東北新幹線および上越新幹線が開業した昭和57年,都内で市販される農産物中の残留農薬の検査に携わることとなった。当時,食品衛生法に基づく「食品,添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)」として,56食品(53品目)にかかわる26農薬の基準が設定されており,残留検査は,ほとんどこの範囲内で行っていた。試験法は,厚生省(現 厚生労働省)告示で示され,ヒ素と鉛,カルバリルおよびトリシクロヘキシルスズハイドロキサイド(シヘキサチン)を除くと,検査対象は有機塩素系農薬と有機リン系農薬であり,主にガスクロマトグラフ(GC)を用いた分析であった。

農薬の抽出は,一般的には,ベンゼンまたはアセトンおよびベンゼンの混液を用いてベンゼンに転溶していた。ベンゼンの使用を可能な限り避けるため,アセトンおよびn-ヘキサンの混液を用いて抽出し,ジクロロメタンに転溶する方法も行われていた。精製には,内径20~22mmのクロマト管にフロリジル(有機塩素系農薬の精製)または内径15mmのクロマト管に活性炭とセルロースの混合物(キャプタン,カプタホール,クロルベンジレートおよび有機リン系農薬の精製)を自分で充填して使用した。また,GCには,クロモソルブやガスクロムなどの担体にOV-17,DC-200,DEGS+H3PO4,QF-1などの液相をコーティングした充填剤を自分で詰めたパックドカラムを装着した。 農薬の検出には,電子捕獲型検出器(ECD)あるいは炎光光度型検出器(FPD)を用いた。分析を始めた頃,GC-FPDは島津GC-1Cを,GC-ECDは5Aを用いた。チャート紙に赤ペンで描かれたクロマトグラムに定規を当て,半値幅とピーク高さを測定し,定量値を導いた。

昭和50年の改正に伴いアルカリ熱イオン化検出器(FTD)が導入され,7AにFPDとFTDを同時に装着して,夾雑物(特に硫黄化合物)による影響を抑え,有機リン系農薬がより高精度に分析できるようになった。また,測定値の算出も,手操作からクロマトパックC-R1Aを用いた自動解析へと進んだ。その後さらに改良されたC-R2A~6AなどやC-R7Aも使用したが,内標準法などの多様なデータ解析の精密化とデータの保管も可能となり,さらにPCによる解析へと発展した。使用したGCは,7A,9A,14Aと年々進歩し,一部キャピラリーカラムを使用するようになった。17A以降は,キャピラリーカラムのみで測定を行うようになった。

一方,カルバリルはGCを用いた精密分析が困難であり,比色法が用いられていたが,高速液体クロマトグラフ(HPLC)の導入に伴い,蛍光検出器(FL)を用いた測定を行った。後年になり,ポストカラムシステムを利用したHPLC-FLを用いて蛍光誘導体化を自動化し,カルバリルを含むN-メチルカルバメート系農薬を一斉に高精度かつ簡易に測定できるようになった。食品中の残留農薬分析にポストカラムシステムを利用した最初の例であった。島津LC-10Aシリーズで構築したカルバメート分析システムが日々の分析に活躍した。

近年,食品中残留農薬の分析は,アセトニトリルあるいはアセトンによる抽出と簡易な分配,または,これらを一体化したQuEChERS法による前処理の後,ミニカラムによる精製を行い,超高速・超高分離能を有した超高圧送液によるLC-MS/MSが用いられるようになった。多くの農薬がLC-MS/MSで測定され,HPLCに適さない農薬はGC-MSまたはGC-MS/MSで測定されている。しかし,一斉に多種多様な農薬を一つの条件で分析すると,夾雑物も多く取り込まれることから,保持時間のズレや感度変動などが起こる。高精度に正しい結果を導くためには,データの解析や結果の判断に熟練を要することとなる。

厚生労働省から公示されている食品中の残留農薬等(農薬,飼料添加物および動物用医薬品)にかかわる試験法は,基準設定当初からしばらくの間は告示として発出され,基本的に手法の変更は認められなかった。対象食品や対象農薬の増加に伴い,規定の試験法では高精度な分析が困難な場合が散見されるようになり,平成11年10月1日厚生省告示第216号で告示法に同等以上の性能を有すると認められる試験法が加えられ,より高精度な分析に向けた改良ができるようになった。ポジティブリスト制度が導入される前の平成17年1月24日食安基発0124001号で不検出の基準を有する農薬等以外は通知として試験法が発出され,併せて事務連絡として,分析上の留意事項,ミニカラム等の一般名と代表的な商品名の例も示された。不検出基準農薬等に対する告示試験法は,全て個別試験法(平成26年12月1日現在19通り,そのうち農薬の試験法は7通り)で示された。通知試験法には,平成26年12月1日現在,一斉試験法が8通り,個別試験法が267通りある。これらのうち,農産物を対象とした残留農薬の試験法は,一斉試験法3通り,個別試験法210通りである。個別試験法は,揮散性が高い農薬や不安定で植物成分等により分解されやすく抽出に際し特別な措置が必要な農薬,基準に代謝物等が含まれる農薬などの他,従前から告示されていた分析法などが示されている。

一斉試験法は,試料からアセトニトリルで抽出し,定容してその一部を採り,中性または酸性で塩析してミニカラムで精製した後,GC-MSまたはLC-MS/MS(またはLC-MS)で定量する。個別試験法は,主にアセトンで抽出し,ミニカラム(一部はオープンカラム)で精製した後,ECDやFPD,NPDなどの選択性検出器を装着したキャピラリーGCあるいは紫外分光光度型検出器(UV)またはFLを装着したHPLCで定量,もしくはGC-MSやLC-MS(/MS)で定量し,確認する。

個別試験法は,一斉試験法に比較して操作が煩雑であるが,同じ農薬を分析する場合は一般に精製効果が高く,より高精度に分析できる。抽出時に分解されやすい農薬に対応するため,安定剤の添加や液性を変えての抽出などの工夫が加えられている。また,内標準物質やサロゲートの利用,ディーン・スターク蒸留装置,水蒸気蒸留装置,密閉型抽出装置の利用など,抽出方法や測定方法にも特殊な手法が一部取り入れられている。

 

[個別試験法における特殊な手法の例]

○ 試料調製

  • 酸性条件下で抽出:アゾシクロチン等,2,4-D等,アセキノシル,キャプタン等など
  • 塩基性下での抽出:イミノクタジン,イミベンコナゾール,エトキシキン,ニコチンなど
  • 試薬添加での抽出:イミノクタジン(塩酸グアニジン),カルタップ等(L-システイン),
    ピリフェノックス(塩酸ヒドロキシルアミン)など
    注)( )内は添加する試薬を示す。
  • 内標準物質の利用:ニコチン([2H3]メチルニコチン)
  • サロゲートの利用:酸化プロピレン(酸化プロピレン-d6)
 

○ 抽出方法

    • ディーン・スターク蒸留装置:DCIP,ジチオピル等,ダゾメット等,ピリメタニル,ブチレートなど
    • 水蒸気蒸留装置:sec-ブチルアミン,モリネートなど
    • 密閉型抽出装置:1-メチルシクロプロペン
    • 透析膜法:ホセチル
    • 高速溶媒抽出(ASE)法:フルカルバゾンナトリウム塩

     

  • ○ 測定方法

    • カラムスイッチング HPLC-UV:ピリチオバックナトリウム塩
    • パージアンドトラップ GC-MS:酸化プロピレン
    • ポストカラム HPLC-FL:アルジカルブ等,イミノクタジン,メチオカルブなど

 

近年の機器,特にLC-MS/MSやデータ解析用ソフトの発達はめざましく,感度や定性・定量性の向上と共に夾雑成分による汚れ対策にも配慮されている。したがって,ほとんど精製しなくても,希釈が精製効果的な働きをして,極めて簡易に測定できるようになってきた。分析における精製は,測定機器への負担を軽減する(汚れ防止,分析後の夾雑物排出における時間短縮など)意味合いが強くなってきた。

操作手法のみを習得して漠然と分析しても,それなりに結果は出てくる。しかし,正しい結果を効率よく導くために,また,誤認等を的確に判断するためにも,測定対象とする農薬の基本的な性質や知見,測定原理,基本的な手技などの把握が大切と考える。広い見識と技能の下に,優れた残留農薬分析が実施され,人々の健康の保全に役立つことを期待する

* Quick(高速),Easy(簡単),Cheap(低価格),Effective(効果的),Rugged(高い耐久性),Safe(安全)をコンセプトとして開発された抽出・前処理の手法

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