執筆者紹介

vol.63 「LC/NMRに魅せられて」

藤本 恵一 先生

住友化学工業株式会社 有機合成研究所 研究グループ(分析物性) (ご所属・役職は2007年1月発行時)

LC/NMRは,HPLCで試料中の混合物を分離しながら,単離することなく各成分のNMRスペクトルを測定することが可能な装置である。 単離しないで有機化合物の構造情報が得られる手段としては,LC/MS,LC/MS/MSが汎用されているが,異性体間の構造の違いを同定したい場合など,MSだけでは決め手に欠けるし,何よりもイオン化しない成分の構造情報は得られない。 従ってLC/NMRは,混合物中の成分の構造解析では強力な武器になる。

LC/NMRの測定に必要な試料量は,LC/MSより1~2オーダー多いと言われている。しかし例えば,医農薬の原体中の微量成分を解析する場合など,試料自体が大量に入手できることもある。 こういった時は,LC注入時の試料濃度を分析カラムの容量に応じて,濃くすることにより,LC/NMRの最大の弱点とされている「感度」がある程度克服できる。 また,製薬メーカーではLC/NMRを,生体中で希薄な状態で存在する医薬品の代謝物の構造解析に使用している。こういったケースでは試料量にも制約があるため,前処理法を工夫することにより代謝物を濃縮し,感度上の問題点を解決している。 さらに,MSでは試料を損なうのに対して,LC/NMRでは,試料を回収できるといった非破壊分析ならではの長所もある。

私もこれまでにLC/NMRを使用して,試料中に含まれる微量成分の構造を数多く明らかにしてきた。LC注入時の試料濃度,注入量,あるいは前処理を工夫して,絶対量として4μg程度の微量成分の化学構造を解明したこともある。 また,それまで何度も単離を試みたが,分解してしまい構造決定できなかった化合物のNMRを測定することもできた。 測定時の試料絶対量は17μgだったが,二次元NMRも併用して構造決定にいたった。

こんな失敗?もしている。 LC/NMRでは,HPLCの移動相に重水素化溶媒を使用する。 通常,最初に目的化合物のHPLC分析条件を確立し,その条件を用いてLC/NMR測定に供するわけであるが,ある時,事前の検討とLC/NMR測定時で化合物の保持時間が著しく異なる現象が認められた。 カラム,流速,溶媒系などすべて同じだったが,ただ1点,条件検討時には,移動相に普通の水(軽水)を使用したところだけが違っていた。 実は重水と軽水は,粘度,表面張力,誘電率等の物理的性質が若干異なる。 この性質の違いが,保持挙動を変化させたようである。 この経験をもとに,今では,HPLC分析条件の確立の段階から,重水素化溶媒を使用するようにしている。

NMRから得られる構造情報の豊富さは,他では替えがたい。 しかしながら,LC/NMRはLC/MSほど一般的に普及していないのは残念である。 私自身は,LC/NMR研究に着手してからまだ日が浅いものの,測定の都度,失敗?も繰り返し,いろいろと興味深い知見が得られ,ますますLC/NMRに魅せられている。 各企業,大学のユーザーおよびNMR装置メーカーに加え,LC装置メーカー,HPLCカラムメーカーも加わって情報交換や,活発な議論が出来る「LC/NMR研究会」の発足を願ってやまない。

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