執筆者紹介

vol.118 「食品研究におけるSFCの可能性」

岡本 千聖 先生

味の素株式会社 バイオ・ファイン研究所 (ご所属・役職は2022年1月発行時)

日本女子大学理学部物質生物科学科卒業後,2011年に味の素株式会社に入社。臨床検体のアミノ酸分析や代謝物の分析業務に7年ほど従事した後,SFCやLCを使った食品中のおいしさ解明研究に従事し,現在に至る。

専門分野:クロマトグラフィー,メタボロミクス
将来の夢:ヨーロッパ巡り
趣 味:映画,ボルダリング,マラソン

食品のおいしさに寄与する成分は多岐にわたっており,これまでに,アミノ酸や核酸,糖,脂質,無機塩類など既知の呈味成分の分析がなされてきましたが,既存の方法ではおいしさを解明し切れておらず,まだ多くの謎が残されています。この謎を解明するため,LC を用いた水溶性成分分析や,GC を用いた香気成分分析が盛んに進められています。しかしながら,いずれの方法でも捉え切れていない成分群があることが分かっており,網羅性を上げるための新しい分析技術が求められています。

そこで我々が注目したのが,LC,GCとは異なる分離特性を有する超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)です。上記の目的を達成するために,固体から有用成分を抽出する超臨界流体抽出(SFE),カラム分離を行うSFC,質量分析計,分取の4つの装置を組み合わせた構成で研究を行っています(図1)。

sample

図1 弊社保有のSFC 装置構成

SFCは,中極性~低極性成分の分離を得意としています。これらの成分分析で用いられているGCと比較すると,熱分解するような成分に対しては優位性を示します。また,脂肪酸などは誘導体化が不要であることや,分析と同時に分取ができる点も非常に有用です。さらに,技術進歩によりMSと直接接続できるようになり,構造情報も容易に得られるようになりました。SFEは,香気成分の抽出やカフェインの除去など工業用途で活用されていますが,現行装置は,抽出溶媒,温度などのパラメーターを再現性よく調節できるようになり,研究用途で重要となる微細な抽出条件の設定とオンライン濃縮が可能になりました。

これら2つの技術を,目的に応じて組み合わせることで,従来ではできなかった分析が可能になります。今回はその一例として,食品中の香気成分の分析事例(オンライン抽出を活用した一斉分析)と,疎水性成分の分析事例(簡易前処理と精密分離・分取)を紹介したいと思います。

 

1. 香気成分の一斉分析

香気成分は,GCを使ったSPME法,ヘッドスペース法などでサンプルを注入し,MSやにおい嗅ぎ法で検出することが一般的です。これらの分析法は,すぐさまにおいとして感じられる揮発しやすい成分が主なターゲットになります。人は,揮発した成分を外部から直接捉えるオルソネーザル経路と,口腔内で揮発した成分を内部から捉えるレトロネーザル経路の2つの経路で香りを感じます。既存の分析法は,オルソネーザル経路で感じられる揮発性の高い成分の分析には適していますが,レトロネーザル経由で感じられるような口腔内でゆっくりと揮発する成分や,分析中に熱分解してしまうような成分は苦手であり,網羅性は十分ではないと考えています。SFEであれば,揮発性が高くない成分や,安定性の低い成分でも抽出できるため,この課題が解決できると考えました。

まず,性質の異なる代表的な香気成分を選定し,SFC-MSでの分析を試みました。順相条件では,ヘキサナールやイソ吉草酸アルデヒドなどアルデヒド基を持つ化合物でテーリングが認められたことから,逆相カラムを選択しました。逆相の固定相に極性官能基が付いたUC-RP のピーク形状が最も良く,分離も良好でした(図2)。

sample

図2 ヘキサナールと10種香気成分のクロマトグラム

GC法と比較した場合,高揮発成分の感度は及ばないものの保持が弱く,低沸点のチオール化合物や,熱分解しやすいフラネオールのような化合物でもSFCでは捉えることができ,より網羅的に成分を捉えられる結果となりました。

分析方法が確立したので,次に前処理方法としてのSFEの有用性を検討しました。SFE法とSPME法で,異なる成分が捉えられか検討したところ,SFEでしか検出できない成分群が存在することが分かりました(表1)。これらの成分が食品に寄与する成分かは,今後確認する予定ですが,香気成分を分取する新たな手法になる可能性を見出しました。

表1 SFE,SPME法の比較結果

sample
 

2. 疎水性成分の分析事例

疎水性成分を分析する際には,ヘキサン等の有機溶媒を用いて液液抽出を行い,その後,GCやLCで分析を行うことが一般的です。しかし,フードミクスの様な一斉分析の場合は,精製度が低いとデータ解析が困難になり,有用成分を見落とす可能性が高くなります。そこで,我々は分離能が高く,分取・精製が容易なSFCの特徴を生かし,簡易前処理・精密分離・分取装置として活用をしています。

簡易前処理としては,SFCの分離特性を活かし,一定時間ごとに分画し,疎水度に応じて粗分けした後,分取液をGCで分析します。粗精製をすることで,サンプル調製の手間はかかりますが,差分解析が容易になり,キー成分探索の成功に繋がります。

次に,探索により見つけた成分を,さらに精密分離・分取する技術を紹介します。精密分取は未知成分の構造解析等で必須の技術となります。今回は,肉の食感や呈味に影響を与える脂質類(グリセリド)の事例を紹介します。

グリセリドには,モノグリセリド(MG),ジグリセリド(DG),トリグリセリド(TG)がありますが,逆相HPLC の分離度ではそれぞれが持つ異性体を分離し切れません。そのため,分離能の高いGC で測定するのが一般的ですが,MG やDG は誘導体化が必要であること,TG は高沸点のためにカラムやMS 検出に制限があるなどの弱点があります。そこで,前処理なく手軽に分析ができ,疎水性化合物の分離能が高く,分取もしやすいSFC を活用することを考えました。そこで,LCよりも分離能が高く,分取が容易なSFC を活用することを考えました。今回は,モデル化合物としてDG を選択し,構造異性体を分離,精密分取することを目指しました。種々の条件を検討し,DGの異性体分離は,モディファイヤとしてメタノール,カラムはUC-Diol を使うことで達成しました(図3)。

sample

図3 グリセリド類のクロマトグラム

次に,精密分取の条件を検討しました。SFCは,カラム分離後に移動相の超臨界CO2が気化してしまうため,その直前にグリセリドが溶解する溶媒に溶かし込む必要があります。分析に使ったメタノールでは溶解性が低く,分取時に,配管・シールへの吸着が起こってしまい,DGの異性体の精密分取が困難でした。これに対し,アセトン・ヘキサン・クロロホルムをシース液として使うことで,配管への吸着を防ぐことができ,DGを精密に分離・分取することに成功しました。分析・分取条件の詳細は,今後,テクニカルレポートに掲載予定となっておりますので,乞うご期待ください。

これまでの検討の中で,SFC,SFE の技術は,疎水性成分,香気成分の一斉分析や,簡易・精密分取ができる点に特徴があることが分かってきました。今後も,これらの特徴を活かし,食品の呈味研究に活用していきたいと思っております。

関連データ

関連情報