vol.116 「誰もやっていないこと,世界で一番になるすごい研究をしよう」

味の素株式会社 宮野 博 先生

2021年7月 発行
宮野 博 先生

味の素株式会社
(ご所属・役職は2021年7月発行時)

四日市にある東海事業所で食品や医薬品,医薬中間体の品質保証と品質管理の業務(GMP,HACCP,ISO,バリデーション…)に従事して,1999年7月,6年ぶりに研究所に戻って上司から言われた言葉である。無理難題!と思ったが,上司の命令は絶対である。悩みに悩んだ末,2つのテーマを立ち上げた。その1つがメタボローム解析である。メタボローム,当時この造語は既にあったが,認知度はほぼ0%で,私も知らなかった。そのテーマ名は「内在性代謝物の網羅的解析」であった。2000年前後はヒトゲノムの全配列解析が終盤をむかえ,またLC/MSの進歩と相まってプロテオーム解析の全盛期であった。「遺伝子とタンパク質だけで十分,代謝物を網羅的に調べても新しいことは何も得られない。どうしてそんな無駄なことするのか!」と身内からもバッシングを受けた。社内外でメタボローム解析の意義を説明するのが,私の仕事の1つになっていたが,部下の頑張りのおかげで,131種類の代謝物を一度に測定できるようになった。

しかし,同じ前処理と方法で多種多様な代謝物を測定して問題ないのかという疑問と限界を感じていた。そこで,代謝物の構造に着目して,アミノ酸,クエン酸回路内代謝物,ケト酸,ジペプチド等それぞれに適切な前処理と分析,具体的にはプレカラム誘導体化LC/MS/MSによる定量法の開発を目指すことにした。が,LC/MS/MSは高選択性で高感度な測定法として,2000年代前半はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで,「なぜ面倒なプレカラム誘導体化をするのか意味が分からない」と,このアイデアも随分と非難された。

アミノ酸分析に絞って話を進める。アミノ酸は,タンパク質の構成成分であり,遊離アミノ酸としても重要な機能を有している。また,膨大な代謝物の中で,アミノ酸は「ハブ」として代謝状態の全体を俯瞰できる指標でもある。

イオン化効率を高め,試薬とアミノ酸との結合部位が衝突誘起解離で特異的に開裂するようなLC/MS/MS用アミノ基プレカラム誘導体化試薬を設計し,selected reactionmonitoringでアトモルレベルのアミノ酸を検出でき,precursorion scanでMSクロマトグラム上にアミノ酸のみが抽出できるようになった。この方法は夾雑物の多い試料中の微量アミノ酸分析,例えばFlux解析研究等に応用された。

ある日,私が退社しようとしていると,担当者が「20種類のアミノ酸を2.8分で分析できた」と報告してきた。そのような研究は命じていないのに…。このクロマトグラムは特許にもあるが,ロイシンとイソロイシンは分離していないし,ピーク形状が悪く,長年分析を生業としてきた私には到底受け入れられない代物であった。

しかし,この分析研究屋には思いもつかぬ方向に話が進み始めた。
「この分析があれば,ビジネスになる!」

丁度その頃,疾病や健康状態によって体内の遊離アミノ酸のバランスが変化するという知見が社内で得られていた。現在のインフォマティックスの先駆けの研究である。しかし,アミノ酸分析に一検体2時間以上を要していたので,データ収集に膨大な時間がかり,仮にアミノ酸バランスが健康をチェックする指標になることが証明されても,この測定法での実用化は難しいと考えられていた。因みに,同じ建物の1階でアミノ酸インフォマティックス研究が,3階で私たちの研究がそれぞれ行われていたのだが,当事者はお互い関連のない研究と考えていた。が,幸いこの2つの研究が結び付いた。

詳細は省略するが,私たちのアミノ酸分析研究は,「高感度化で得られた発見・知見を研究開発に活かすこと」に,「データ収集の短時間化とインフォマティックス事業の鍵技術」という視点が加わった。そのため,感度より分離能を高める試薬を開発し,定量性を高めるために分析時間を2.8分より少し長くした。また,簡単に測定できるように,試薬をセットするだけでアミノ酸測定ができるLC-MS専用装置(LC-MS/MSではない)を開発した。これが9分間で38成分以上のアミノ酸・アミノ酸関連物質の一斉分析できるUF-Amino Station(島津製作所,図1)であり,APDSタグ(富士フイルム和光純薬)である。この技術により,アミノ酸インフォマティックス研究は開発,事業化への階段を駆け上がり「アミノインデックス」として2011年に上市した。現在,「複数のがんについて,現在がんである可能性」を一度に評価するAICS(AminoIndex Cancer Screening)と「10年以内に脳卒中・心筋梗塞を発症するリスク」,「4年以内に糖尿病を発症するリスク」,「現在認知機能が低下している可能性」,「血液中の必須・準必須アミノ酸の低さ(栄養状態の評価)」を評価するAILS(AminoIndex LifeStyle diseases)がある1)。アミノインデックス誕生経緯については,オープンイノベーションの事例として紹介されている2)

ところで,アミノ酸は臨床化学的に重要な指標として,これまでも多くの報告があった。しかし,それぞれの研究者独自の分析方法で,試料の種類(血液か血清か血漿か),採血時間,試料の取扱い(血漿分離,保管や前処理など),定量用の標準物質などが統一されていなかった。つまり,論文間のデータ比較は難しかった。アミノインデックス研究では,疾病を有する多くの方々の血液だけでなく,それを1桁以上上回る数の健康な方々の血液も同条件で分析しなければならなかった。そこで,科学的な検証された血漿アミノ酸分析法による健康人の血漿アミノ酸濃度データベースを整備するため,採血からの検体の管理の取扱手順を検証し,UF-Amino Stationによるアミノ酸濃度測定をバリデートした。また,富士フイルム和光純薬から認証標準物質(Certified Reference Material:CRM)のアミノ酸混合標準液が安定供給されるようになった。この条件で測定された日本人の健康人の血漿遊離アミノ酸濃度の基準範囲は現在公開されており3), 4),生体内アミノ酸研究が加速・発展しやすい環境を整えることができた。

この一連の研究は,社内は言うに及ばず,また先に挙げた企業だけでなく,大学,病院,アミノ酸学会,臨床化学会,エスアールエルなど,多くの方々のご指導,ご支援に基づくものである。上司の一言から始まった苦難(?)の研究ではあるが,アミノ酸分析を通じて人々の健康に資することが少しはできたように思う。関係者に感謝!

参考文献
1) https://www.ajinomoto.co.jp/products/aminoindex/
2) 清水洋,一橋ビジネスレビュー,62, 144-158 (2014)
3) 中山聡,宮野博,ぶんせき,2019(2), 58-66 (2019)
4) H. Miyano, A. Nakayama, Chromatography, 42, 17-27 (2021)

 

図1 UF-Amino Stationと38成分アミノ酸の分析例

執筆者紹介

東京大学大学院薬学系研究科修了,味の素株式会社入社,同社理事,イノベーション研究所基盤技術研究所長を経て現在同社アドバイザー。日本分析化学会理事,クロマトグラフィー科学会理事,日本アミノ酸学会評議員,新アミノ酸分析研究会アドバイザー,薬学振興会評議員。

【専門分野】分析化学
【将来の夢】クロマトグラフィーを使わないアミノ酸分析
【趣  味】(今年は)ジャイアンツのイースタンリーグ観戦

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