前項までに,移動相の脱気が必要な例を示しましたが,ここでは脱気方法を紹介します。 大別すると,オフライン脱気とオンライン脱気に分けることができます。 
 



オフライン脱気は,移動相ピンをポンプ入口部にセットする前にあらかじめ脱気をしておく方法ですが,ポンプ入口部にセットした後に空気の再溶解が始まるため,脱気を充分してもあまり意味がありません。 一方,オンライン脱気は分析中に常時脱気をし続ける方法です。 取り扱いはやや手間を要しますが,分析の信頼性を高めるのに有用です。 それぞれ,長所・短所がありますので,以下に示します。

5-1)加温かくはん(1)

 移動相ビン内溶液の空気溶解量を,飽和溶解量の値へ減らすために用いられます。 倉庫で冷えた溶媒を用いる際や,朝から昼にかけて室温上昇が予想される際,さらに水-アセトニトリルを混合した際は,分析中よりも移動相ビンをセットした時の方が液温が低いことになります。 そこで,少し加温して素早く平衡状態に到達させます。 液温が低いと,液体の密度も異なるわけですから,送液量にも影響します。 この影響を除く効果も目的とします。 
 オンライン脱気の気-液分離膜を用いた脱気や,Heパージによる脱気を行う場合も,あらかじめこの操作をしておくことが好ましいと言えます。

加温かくはん(1)

図21 加温かくはん(1)

<操作>
栓をゆるめた移動相ビンを,室温よりやや高い目の湯浴に入れる。 時々ビンを取り出して栓を閉めて振り混ぜた後,ゆるめて余分なガスを抜く。 丁度,分液ロートの圧力を抜く要領。 ビンが室温よりも少し暖かくなった時点で完了とする。 ビンの外壁を拭って,ポンプ入口部に設置する。 
<長所>
操作が簡便であり,特別な装置は不要。 
<短所>
飽和溶解量への脱気であるので,低圧グラジエントや一部の高感度検出には適さない。 
加温し過ぎると,脱気され過ぎるため,分析中に再溶解を引き起こしてベースラインドリフトを招く。 
<用途>
通常感度のUV,屈折計,蛍光検出。 ただし,カラムオーブン・検出器セル加温や,高圧グラジエントの場合は,検出器に背圧がかけられることが必要。 なお,5-6)の移動相ビン上置きか気泡トラップを併用することが望ましい。 

5-2)アスピレータを用いた減圧脱気

本法も,基本的には余分な溶存空気を手早く除くために用いられます。

<操作>
移動相ビン口にアスピレータを取り付け,ビンを超音波洗浄器で振動するか,移動相をかくはんしながら,吸引し脱気する。 小さな泡が勢いよく出なくなれば終了。 吸引し過ぎると,大きな泡が発生するが,これは移動相の沸騰である。 アスピレータでの吸引中は,接液気体が移動相蒸気となる(=空気の分圧が0に近くなる)ため,溶存空気が飽和溶解量より低いレベルへ脱気されやすくなります。 一方,ビンをポンプ入口部へ設置すると,接液気体は徐々に空気に置換されるため,空気の再溶解が始まります。 また,吸引時に移動相蒸発の気化熱がうばわれ冷えやすいため,この場合にはポンプ入口部へ設置後に液温上昇すると共に,前述とは逆に飽和溶解量減少も,起こりやすくなります。 
アスピレータを用いた脱気
図22 アスピレータを用いた脱気
長所
短時間の操作で脱気できる。 
<短所>
減圧にし過ぎると溶媒組成が変化する。 
屈折計や一部のUV検出などでベースラインドリフトしやすい。 
<用途>
通常感度のUV,蛍光検出。 ただし,カラムオーブン・検出器セル加温や高圧グラジエントの場合は,検出器に背圧が必要。 
液温変化・溶媒組成変化が起こりやすいので高精度分析には不向き。 
移動相溶媒が水だけの電気伝導度検出,電気化学検出の場合は,飽和溶解量以下への過剰な脱気をすることにより,数時間分析が可能となる。 

補足キーワード:アスピレ-ター,Aspirator,吸引器

5-3)加温かくはん(2)

 オンラインで加温かくはんを行う方法です。 移動相をカラム・検出器セルの温度に保温することができるため,一定組成送液では,気泡発生もなく,屈折計ベースラインも安定になります。 移動相温度を上げるほど脱気能力は向上しますが,沸騰気泡のサクションフィルタへの進入防止や,サクションチューブやポンプヘッドの保温もしくは温調が必要になります。

<操作
専用のリザーバビンに冷却器を付けて,ホットスターラに設置する。 温調効果を上げるため,湯浴を利用した方がよい。 
長所
溶存空気量安定性に優れる。 
<短所>
装置が大型となり,専用の栓を備えた移動相ビンや水配管が必要。 
混合溶媒系の場合,調製段階と送液段階で比率に誤差が生じる。 
安定化するのに時間を要する。 
ランニングコストが高い。 
<用途>
屈折計,電気伝導度検出,電気化学検出器の高感度分析。 
UV検出,蛍光検出の高感度分析は,高温加温時に適。 

5-4)気-液分離膜を用いた減圧脱気

 移動相ビンと送液ポンプの間に設置するタイプで,単に“脱気ユニット”と呼ばれるほど広く用いられています。 樹脂膜チューブの外側を減圧状態に保ち,膜の透過性を利用して,分子サイズの小さな酸素分子・窒素分子を移動相溶液から排出します。 約70~95%の空気を除くことができるため,グラジエントを含めて流路中での気泡発生によるトラブルを防止できる上,一部の高感度検出に適するようになります。 
脱気ユニット製品ページ

 

<操作
移動相ビンと送液ポンプとに接続する。 樹脂膜チューブ,容量(DGU-3A/4Aは一流路当り約15mL,DGU-12A/14Aは10mL,DGU-12AM/14AMは2mL)の2~3倍ポンプドレインから排出する。 あるいは,ドレインから排出しながら,5秒ほどサクションフィルタを液面より上げて故意に気泡を吸引させ,ドレインから気泡が出てくるのを待ち,出終わってから約10mL排出して移動相交換完了とする。
長所
移動相ビン形状・栓に制限がない(他のオンライン脱気では制限がある)。 
混合溶媒の組成が変化しにくい。 
ランニングコストが安い。 
扱いが容易。 
<短所>
脱気能力が流量に依存する。  注1)
真空ポンプのON,OFFに同調して,脱気能力が変化する。  注2)
  注1)脱気能力は高流量になるほど劣るので,メタノール100%を移動相として流し210nmでモニタすると,流量を上げると吸光度が上がる(図28,DGU-3A/4A)。 また,水-メタノール高圧混合リニアグラジエント時に,ベースラインの吸光度変化は曲線を示す(図29)。 

注2)脱気ユニットには,(1)真空ポンプの回転が一定であるタイプ,(2)真空チャンバー内の減圧レベルが一定に達した時に真空ポンプが自動停止し減圧レベルが再び下がると自動始動するタイプ,(3)真空ポンプが短い一定間隔でON/OFFするタイプ,の3種がある。 (1)は安定化するのに非常に時間がかかるので殆ど市販されていない。 これまで多くのものは(2)であった(DGU-3A/4A)。  このとき,メタノール210nm,THF254nm,THF屈折計ではベースラインにうねりが生じる場合がある(図30)。 近年(3)のタイプが登場し(DGU-12A/14A),うねりは極端に小さくなった。 なお,屈折計の場合は,脱気装置の複数流路を直列に接続する(図31)ことによって,うねりが小さくなる場合がある。
 
<用途>
低圧・高圧混合グラジエントを用いた高精度(保持時間の再現性)分析。 
蛍光検出,電気伝導度検出,電気化学検出を用いた高感度分析。 
UV検出を用いた高感度分析。 ただし,溶存酸素量変動の吸光度への影響が大きい移動相を用いた場合は不適。 
通常感度の屈折計検出の分析。 
 
図24   気-液分離膜を用いた減圧脱気装置
図25  気-液分離膜を用いた減圧脱気によるベースライン安定化例
気-分離膜を用いた減圧脱気のイメージ
図26   気-分離膜を用いた減圧脱気のイメージ
高流量下では脱気能力が低下するイメージ
図27  高流量下では脱気能力が低下するイメージ
流量と吸光度
図28  流量と吸光度 (DGU-3A/4A)
真空ポンプのON,OFFによりベースラインが変化する影響
図30 真空ポンプのON,OFFによりベースラインが変化する影響
A:DGU-12A/14A, B:DGU-3A/4A
脱気能力流量依存性が高圧グラジエントベースラインに及ぼす影響を誇張したイメージ
図29 脱気能力流量依存性が高圧グラジエントベースラインに及ぼす影響を誇張したイメージ(水-メタノール,カラムなし)
複数流路を直列に接続することによって,屈折計ベースラインのうねりが小さくなる場合がある 
図31  複数流路を直列に接続することによって,屈折計ベースラインのうねりが小さくなる場合がある。 

* 本ページはLCtalk特集号5(1991年)をhtml化して一部修正を加えたものです。
従って,最新の装置情報・技術情報とは一致していない所があります。

5-5)Heパージによる脱気

 移動相にHe(ヘリウム)をバブリングすると,溶解している空気が追い出されて代わりにHeが溶解することになります。Heは,図32に示したように各溶媒への溶解度がおしなべて低く,またその溶解度は図33に示したように温度の影響がわずかしかありません。従って,溶存酸素の影響が強いUV検出や蛍光検出は勿論,屈折計においても高感度で安定したベースラインが得られます。本法は,Heパージ,あるいはHeガスバブリング,スパージ(sparge)などと呼ばれています。
 ただし,移動相ビン中でHeパージをしても,ビンが開放になっている状態(図36)では,逆に余計ベースラインが安定しない場合があります。何故なら,接液気体に常に空気が含まれることになり,空気の完全な追い出しが不可能になるからです。さらに,He流量を変えると空気の分圧も変動し,ベースラインドリフトが生じることになります。 従って,Heパージをする場合は,できるだけ密閉加圧式で行うことが望ましいと言えます。
脱気ユニット製品ページ

<操作>
 密閉加圧式のHeパージは,図35のような流路が必要となる。注意点は移動相ビンのキャップに専用の密閉キャップ(DGU-10Aなどには標準付属品として含まれる)を用いることである。まず,初期にHe流量を上げて(圧力で調整する。例えば 0.02~0.05MPa =0.2~0.5kgfcm-2)10~30分流し,移動相中から空気を追い出す。次に排気バルブを閉じると,接液気体は少し加圧された状態となる。この時点で移動相は「分析に使える」状態になる。以後,ポンプの送液により移動相が減った分だけ,Heガスが供給されることになる。
 分析終了時は,排気バルブを開けた後,調圧弁の圧力をゼロにするか,INバルブがあればそれをOFFにする。このとき,He OUTチューブを通してHeが徐々に抜けるために(空気は入りにくくチューブ内が減圧になり),He OUTフィルタから移動相が逆流することがある。リーク用抵抗管がユニット内にあれば,空気が逆流することにより,この問題を防止できるが,これが無い場合はHe OUTチューブとユニットの接続部を緩めて空気を導入する。
 また,ユニット内のリリーフバルブは,調圧弁がこわれた場合や,高い圧力に設定し過ぎた場合,Heを逃がして移動相ビンに過剰な圧力がかかることを防止する。勿論,より安全性を高めるため,移動相ビンにもシートやネットを巻いて安全対策する(図37)ことが好ましい(シートやネットはDGU-10Aの標準付属品に含まれる)。
 なお,溶媒ガストラップは,移動相中の揮発性溶媒蒸気が室内に拡散するのを防ぐために用いるが,密閉加圧式でないHeパージの場合に,接液気体の圧力を一定に近づけるのに役立つ。

<長所>

  • 脱気能力は最も優れている。
  • 脱気能力の送液流量依存性はない。
Heパージのイメージ

図34 Heパージのイメージ

溶媒1mlに対する気体の溶解量

図32 溶媒1mlに対する気体の溶解量(分圧1atm,25℃)
* 1気圧(1atm) = 1.013×105Pa

水1mlに対するCO2,O2,N2,He溶解量への温度影響

図33 水1mlに対するCO2,O2,N2,He溶解量への温度影響
(気体分圧1atm)

<短所>

  • Heガスボンベ・レギュレータ・配管が必要となる。
  • 密閉加圧式でないと,ベースライン安定性が保てない場合があるため,移動相ビンの口径・形状に制限がある。
  • 揮発性溶媒を含む移動相を脱気する際には,溶媒組成が変化することがある。(密閉加圧式で定常状態に入った後は,組成変化は起こりにくい)

<用途>

  • UV検出をはじめとする各種検出での高感度検出(密閉加圧式の場合。なお,開放系の場合は,蛍光検出・電気伝導度検出・電気化学検出での高感度検出)。
  • 低圧・高圧混合グラジエントを用いた分析(それぞれの移動相ビンに単一溶媒を入れる場合は,高精度分析が可能)。

図35 Heパージによる脱気(密閉加圧式)

「ビンの口開放でのHeパージはnot good!」

図36 「ビンの口開放でのHeパージはnot good!」

密閉加圧器式の移動相ピンの安全対策

図37 密閉加圧器式の移動相ピンの安全対策

 ところで,Heパージのランニングコストは,方式の違い(例えば密閉加圧式か開放式か)や,使用法,機種の違いによって大きく異なりますが,例を示しておきます。

<DGU-10A(密閉加圧式,全4流路)のランニングコスト計算例>
 (条件;2流路のみ使用,移動相1Lビン×2,1日20時間運転,He圧力0.3kgfcm-2,初期パージ20分,He(99.995%)ボンベ7m3=15000円*)

  • 初期パージ 300mL/min×20min×2=12L
  • 定常状態 10mL/min(リーク流量)×1200min=12L
  • 移動相減少分補給 約2L

 トータル1日当り約26L(56円)
 *Heボンベ7m3の市価は7000~20000円と幅がある。

* 本ページはLCtalk特集号5(1991年)をhtml化して一部修正を加えたものです。
従って,最新の装置情報・技術情報とは一致していない所があります。

5-6)脱気方法以外

 脱気方法ではないが,送液ポンプへの気泡流入を減少できる可能性のあるものとして,「移動相ビン上置き」や「気泡トラップ」などが考えられます。

<移動相ビン上置き>
 移動相ビンを,図38のように送液ポンプより高い位置に設置します。 これにより,ポンプ入口部に少し圧力がかかるようになるため,IN側逆流防止弁の動作不良が減る(逆流防止弁が正常であればあまり関係はありません),ポンプ入口部に気泡が入ってもやや圧縮される,などの効果が期待されます また,サクションチューブ内の小さな気泡は,浮力によってポンプに入りにくくなります。 
 このように,“移動相ビン上置き”はメリットが多いため,オンライン脱気ユニットを用いている場合でも実行して頂くことをおすすめします。
<気泡トラップ>
 気泡トラップを移動相ビンと送液ポンプの間に設け,図39,40サクションチューブを流れる気泡が,送液ポンプに入らないようにすることができます。 トラップ内に移動相を引き込む(トラップ内から気泡を吸い出す)時には,シリンジ入口に注射器を接続して吸引します。 
 本法の短所として,(1)移動相交換に時間を要する(例えば,少なくとも内容量の10~20倍は液を流す必要がある)(2)低圧グラジエントを行うポンプ入口部には使えない(正常なグラジエントが出来なくなる)などがあり,オンライン脱気ユニットを用いている場合は,使う意味はありません。 
移動相ビン上置きの例
図38  移動相ビン上置きの例
気泡トラップ原理図
図39 気泡トラップ原理図 
図40 気泡トラップ設置図 
   

* 本ページはLCtalk特集号5(1991年)をhtml化して一部修正を加えたものです。
従って,最新の装置情報・技術情報とは一致していない所があります。