HPV-1 開発秘話

高速度ビデオカメラ HyperVision HPV-1
0. イントロダクション

ドライバーショットのインパクトの瞬間、ゴルフボールはどう変形するのか、
エンジン内のインジェクタノズルから、どのようにガソリンは噴出しているのか、
ガラスが割れる瞬間、ひび割れはどのように伝わっていくのか、
まばたきよりも早い、刹那の時間における超高速現象を可視化するためには、高速度ビデオカメラによる撮影が欠かせません。
2005年に当社が世に送り出したHyperVision HPV-1は、製品開発、不良原因の究明、理工学・医学の研究、スポーツ科学など、高速度撮影が必要される分野において、これまで見ることのできなかった超高速現象を可視化することを可能にしました。
最高撮影速度100万コマ/秒と、高解像度な画像取得を両立した当時最先端の技術の裏には、さまざまな困難と挑戦がありました。
1. センサチップ内にメモリを持つCCDイメージセンサ

(所属は当時のもの)
1999年、島津製作所 基盤技術研究所の近藤泰志(当時)のもとに、ひとつの共同研究の依頼が舞い込みました。
近畿大学工学部 土木工学科の江藤教授(当時)から示された研究内容は、「イメージセンサチップにメモリを内蔵して、超高速度ビデオカメラを開発する」という、荒唐無稽とも言える提案でした。
近藤は急ぎ江藤教授を訪問しました。そこで聞いた詳細は、CCD構造を利用して画素に隣接したメモリを作り、CCDイメージセンサに内蔵するという画期的なアイデアであることが分かりましたが、実現可能性には疑問が残りました。
しかし調査を進めるうちに、この高速CCDの基本アイデアは世界的に著名なウォルター・コソノスキー教授が論文発表したものであることが判明しました。さらに、江藤教授はこれまでに国内の高速度ビデオカメラメーカーと共同で、世界初の固体撮像素子型高速度ビデオカメラを開発した実績を持つことも分かりました。
このような背景から、「センサチップの中にメモリを内蔵するCCD」の実現化について漠然とした期待が芽生え、研究が開始されました。
2. CCDメーカーとの共同開発

(設計上、画素が斜めに配列しているので、チップを斜めにしてパッケージしている)
このプロジェクトの要となるのは、江藤教授が構想した高速CCDをいかにして実際に製造するかでした。
CCDの製造には高額なコストがかかり、一度に大量のセンサを作る必要があります。そのため、国内で対応可能なメーカーは見つかりませんでした。
そんななか、江藤教授のご尽力により、オランダの大手電機メーカーであるP社が共同開発に応じてくれたのです。
江藤教授と当社の征矢研究員(当時)はドイツに渡り、P社のエンジニアの協力の下で高速CCDの設計を開始しました。
P社は当時、CCD技術の先端を担う企業であり、世界的に高名な研究者が多く所属していました。
彼らはこの研究テーマに興味を持ち、積極的に協力してくれたため、高速CCDはP社の最先端技術で製造することが可能となりました。
ついに高速CCDは完成し、待ち構えていた当社の田窪研究員(当時)の評価装置で動作試験を行いました。
動作試験は成功。ついに、100万fpsの高速撮影を実現することができたのです。
3. 実用化に向けた試練
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せっかく開発した技術も、お客様に使ってもらわなければ意味がありません。
そのために、試作した少量の高速CCDチップを用いて試作カメラを製作し、市場を見極めるためにユーザーの実験室に持ち込んで撮影デモを行いました。
その結果、ユーザーから高い評価を得ることができ、多くの大学や企業から購入希望が集まりました。なかでも、展示会で偶然試作機を目にした、とあるプリンターメーカーの技術部長からは
「このカメラなら、これまで見えなかったインクジェットの液滴が確認できる」と評価をいただき、
高精細プリンターの開発に不可欠として、複数台の注文を内示いただけました。
こうしてプロジェクトは順調に進んでいるかに見えました。 -
インクジェットプリンタの吐出の様子
試作中の高速CCDにより撮影
4. HPV-1の発売
ユーザーの高評価を受けて、製品用チップの製造をP社に発注したところで、事態は一変しました。
このタイミングでP社はCCD部門を売却し、高速CCDの製造は別の工場に移管されることになったのです。
CCDの製造は極めて繊細であり、工場が変わると製造条件を再現することが難しくなります。
結果として、新たな工場で製造された高速CCDは動作せず、事実上の歩留まりゼロという状態に陥ってしまいました。
当社は、新しい工場のプロセスエンジニアと協力して、何度も改良と試作を繰り返しました。
その間、プリンターメーカーは納品を辛抱強く待ち続け、当社の経営幹部は諦めずに開発継続を後押ししました。
最終的に、安定して動作する高速CCDの実現には3年もの歳月を要しました。
そして、これらの艱難辛苦を乗り越え、2005年3月23日に、HyperVision HPV-1は世界初の100万fps高速度ビデオカメラとして発売されました。
5. マーケティング

President, Hadland Imaging
HPV-1発売後しばらくは、インクジェットプリンターや宇宙開発などの研究用途において好調な売れ行きを示しました。
しかし、日本国内で超高速撮影を必要とするユーザーは限られており、販売台数は伸び悩んでいました。
このような状況を打開するためには、海外販売に力を入れる必要がありました。
しかし、HPV-1は輸出規制品であったため、販売対象は米国と欧州に限定され、これらの地域での効果的なマーケティングが必要とされました。
そのようななか、米国販売代理店の中に、驚異的な販売成績を上げている営業担当がいました。ランボー氏です。
彼は超高速ビデオカメラに関する知識も、最先端研究を行っているユーザーに関する知識も豊富であり、米国における販売は彼を中心に展開されることとなりました。
また、製品開発メンバーは、彼を通じて超高速撮影を行うユーザーについて多くの知見を得ることができました。
6. CMOSイメージセンサへの挑戦
HPV-1の販売が広がるにつれ、ユーザーからはさらに高速な高速度カメラが求められるようになりました。
しかし、CCDはさらなる高速動作を行うと過度の発熱による故障の危険性が高まること、
強すぎる光が入射すると電気的に不安定になるという弱点があることが明らかになっていました。
この課題を解決するため、開発メンバーはCCDからCMOSイメージセンサ(CIS)へとセンサを刷新する決断を行いました。
しかし、CCDとCISでは原理も構造も異なるため、設計・製造のすべてを一からやり直す必要がありました。
そこで、自社の高速度ビデオカメラの将来を賭けて、CIS研究の第一人者である東北大学の須川教授を訪問し、
撮影速度1,000万fpsで動作する高速CISの共同研究を打診することとなったのです。
島津高速度ビデオカメラの黎明期であるHPV-1開発秘話についてご覧いただきました。
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