4.3.1. 定量分析 

 試料中に分析対象成分がどのくらいの濃度含まれているかを調べるのが定量分析です。

 定量分析では分析対象成分のピークの現れる保持時間を定性分析で確認しておく必要があります。SIM定量ではこの保持時間が未知試料の対象成分ピークを探すために使用されます。

 標準試料として異なった既知の濃度の対象成分を含む試料を準備し,分析,濃度とピークの大きさ(面積)との関係をあらわすグラフ(検量線)を作成しておきます。これに,未知試料の面積を当てはめて,未知試料の濃度を求めます。

 GCMSの定量方法は複数ありますが,よく使われるのが,「絶対検量線法」と「内部標準法」の2種類です。

4.3.2. 絶対検量線法

■対象成分のピーク面積(ピーク高さ)を用いて定量する
・ スキャンモード:マスクロマトグラムのピーク面積(ピーク高さ)で定量
・ SIMモード:SIMクロマトグラムのピーク面積(ピーク高さ)で定量

 

絶対検量線法による定量の流れ

同じ分析条件で分析を行った場合,対象成分のピーク面積(ピーク高さ)は,成分の量に比例すると考えられます。この性質を利用したのが,絶対検量線法です。

絶対検量線法の操作手順は,次の通りです。
(1)分析対象成分の標準混合溶液を,3~5段階程度の濃度に調製します。この濃度段階の数を,レベルと呼ぶことがあります。
(2)これらをGC/MSに一定量注入して分析を行い,記録されたクロマトグラムからピーク面積を算出します。これを各段階の濃度試料について行います。この時,同じ条件で分析を行う必要があります。
(3)横軸に標準試料の濃度,縦軸にそのピーク面積をプロットした検量線を作成します。検量線は定量成分ごとに異なります。
(4)検量線を作成した分析と同じ条件で未知濃度試料の分析を行い,ピーク面積を測定します。
(5)未知試料のピーク面積を検量線にあてはめて対象成分の濃度を算出します。

4.3.3. 内部標準法

■対象成分と内部標準(IS)のピーク面積比(ピーク高さ比)を用いて定量する
・スキャンモード:マスクロマトグラムのピーク面積比(ピーク高さ比)で定量
・SIMモード:SIMクロマトグラムのピーク面積比(ピーク高さ比)で定量

 

 内部標準法(内標法)では,標準試料と未知試料に内部標準物質と呼ばれる成分を一定量添加し,検量線の横軸に,対象成分の濃度ではなく,内部標準物質と対象成分の濃度比をとります。この方法では,分析装置の感度やサンプル導入量に変化があった場合の変動が補正できます。

(1)分析対象成分の標準混合溶液を,3~5段階程度の濃度(レベル)に調製します。
(2)これらに,一定量の内部標準を添加します。
(3)これらを,GC/MSで測定します。
(4)調製した各分析対象成分と内部標準の濃度(量)比を横軸に,それらのピーク面積比を縦軸にプロットして検量線を作成します。
(5)未知濃度試料に内部標準を添加します(通常は標準試料と同じ濃度(量)を添加します)。
(6)GC/MSで測定します。
(7)検量線に,面積比を当てはめて濃度比を求め,その濃度比に内部標準濃度を乗じて対象成分の濃度を算出します。

 特に,前処理を行う必要がある場合,内部標準を前処理を行う前に添加し,前処理でのばらつきを補正することがあります。そのような場合の内部標準を,特に「サロゲート」といいます。

4.3.4. SIMモード

長所
■スキャンモードに比べ,感度が良い

短所
■マススペクトル情報が得られない
■目的成分の情報しか得られない

 GCMSで定量を行う場合,SIM(Selected Ion Monitoring)モードがよく使用されます。

 このモードは,測定対象化合物ごとにその化合物特有のm/zをあらかじめ決めておき,そのm/zのイオンだけをモニタリングする方法です。SIMモードでは,指定したイオンのみを四重極ロッドを通過させてクロマトグラムを作ります。このモードでは,全体のマススペクトルは得られず,シミラリティ検索を行えません。しかし,定量に使用する特定のイオンを採取している時間が長く,データの統計的なばらつきが減少しますので,スキャンより1ケタぐらい高感度な測定が可能です。微量成分の検出に最適なモードです。

4.3.5. 定量分析に用いるイオンの選択

ターゲットイオン:定量に用いるイオン
確認イオン:同定に用いるイオン


イオンを選択するポイントは,
1. 強度が大きい(感度が良い)
2. 質量が大きい(選択性が良い:他の成分と重なりにくい)

 SIMモードでは,どのm/zのイオンに着目して分析を行うかが重要です。一般的に,以下のようなイオンを選びます。

(1)感度を上げるために,強度が強いイオンを選択する。
(2)選択性が高く,他の成分と重なる可能性が低いイオンを選択する。質量の大きいイオンが,比較的この条件を満たします。

定量用のイオンは,その役割から2つに分けられます。
(1)ターゲットイオン:定量に用います。
(2)確認イオン:定量化合物の確認 に用います。

 ある化合物のマススペクトルは一定ですので,ターゲットイオン強度に対する確認イオンの強度比も一定です。測定された比を,正しいマススペクトルの比と比べることで,ピークの誤同定検出や,他の成分が混じっている可能性についての判断が可能になります。

4.3.6. スキャンとSIMのデータ比較

感度重視のSIM,定性重視のスキャン

 SIMモードでは特定のm/zでデータを採取し,クロマトグラムを描かせます。一方,スキャンモードでも,マスクロマトグラムを使い特定のm/zのクロマトを描かせることができます。どちらの方法でも定量は可能ですが,この2つを比較してみましょう。

 

 SIMモードでは注目するイオンしか分析していませんので,高感度なデータが得られます。スキャンモードで作ったマスクロマトグラムはある特定のm/zのイオンを採取している時間が短いため,ノイズ部分の平均化がなかなか進まず,ベース部分のゆらぎが大きくなり,SIMと比べると,感度は悪くなります。一般的には,SIMモードはスキャンモードに比べ,感度が10~50倍程度向上します。

 定性を行うときは,感度を少し犠牲にしても,スキャンモードを用いてマススペクトルを採取し,ピークの同定を行います。注目する成分のピークが同定できたら,そのピークに着目して感度の高いSIMで微量定量を行います。

 最近では,スキャンとSIMの特長をいかした,各サンプリングポイントでスキャンモードとSIMモードを切り替えるScan/SIM同時測定モードが開発され,利用できます。