2.1.1. EIの特長

 EI,つまり電子イオン化法または電子衝撃イオン化法はGCMSでもっともよく使用されるイオン化法で,定性および定量の両方の分析で非常に有用です。

 EI には次のような特長があります。
(1) EI はGCMS分析でもっともよく使われるイオン化法
EI はGCMS分析でもっともよく使用されるイオン化法です。ほとんどすべての市販GCMS装置は,EIを標準イオン化モードとして採用しています。
(2) EI は分子のフラグメント化を引き起こし,そのスペクトルパターンは試料化合物の同定に用いられる
EI は,イオン化の際,多くのフラグメントイオンを生成します。このスペクトルパターンは試料化合物の同定に利用されます。
(3) ライブラリ検索が利用できる
ライブラリ検索が利用できます。70eVの電子照射により生成されたマススペクトルを,マススペクトルライブラリに登録されたスペクトルと比較し,試料の同定を行います。
(4) オープン型のイオン源が使用される
オープン型のイオン源が使用されます。イオン源内部の真空度は主にキャリアガスの圧力で決まり,大体 10-2Pa以下になっています。

2.1.2. EIで生成される分子イオン

 電子イオン化法では,フィラメントからの電子が分子の電子を1個たたき出し,分子を壊すことなく化合物分子をイオン化することがあります。この場合,生成されるイオンは,非常に小さい電子の質量を無視すれば,化合物と同じ質量をもっています。これを「分子イオン」といいます。このイオンは化合物の分子量に対応している意味で重要なイオンです。

2.1.3. EIで生成されるフラグメントイオン

 EIでは70eVのエネルギーを持つ電子がイオン化によく使用されますが,このエネルギーは化合物を壊すのに十分なエネルギーです。これにより分子は「フラグメント化」されます。一般に,分子はまず振動状態の分子イオン M+*が生成され,次に,内部に過剰なエネルギー持つ不安定なM+*が崩壊しフラグメントイオンm+が生成されます。
 この際,普通,化合物は弱い結合部分で分解します。したがって,フラグメントパターンは化合物の化学構造を反映したものになっています。

2.1.4. EIプロセスの全体像

 電子衝撃により,安定イオンな分子イオンM+または不安定な分子イオンM+*を経て分子構造に関係したフラグメントイオンが生成されます。たとえば,多くの炭素を持つ直鎖の炭化水素では,M+*が簡単に壊れ,多くの小さな質量をもつイオンが多く生成されます。

 メタンの場合,分子イオンは CH4+です。例えば,フラグメント化により,1個の水素が抜けるとフラグメントイオン CH3+が生成されます。それぞれのフラグメントイオンは一定の確率で生成されるので,イオン化の条件が同じであれば,再現性のあるスペクトルパターンが得られます。

2.1.5. EI マススペクトルの生成

 イオン生成は確率事象です。どのようなフラグメントイオンが生成されるかは,あらかじめ予言することはできません。多数のイオンが生成されると一定のマススペクトルパターンがあらわれてきます。つまり,だんだんにライブラリーに登録されているマススペクトルに似てきます。測定スペクトルは,実際は,ある一定時間イオンを集積した結果です。この時間が長くなればなるほど,良好なスペクトルが得られます。

2.1.6. 電子エネルギーとEIスペクトル

 この図は70eVの電子を用いてイオン化したときのエチルアセテート (MW=88)のマススペクトルです。マススペクトルライブラリのスペクトルの大部分がこのエネルギーで測定されているので,未知の試料の同定には70eVのイオン化がよく使われます。
 電子のエネルギーを変えると,スペクトルが変わります。一般的な性質として,

(1) 70eV近傍がイオン信号がもっとも強い。
(2) エネルギーを下げると,フラグメントの量が減少し,分子イオンの割合が増加するが,信号量は減少する。約10eV以下の電子ではイオンは生成されない。