LC分析の留意点
蛭田 勇樹 先生
慶應義塾大学薬学部 創薬物理化学講座 助教 (ご所属・役職は2014年1月発行時)
■ポストゲノムの時代を迎えた現在,タンパク質の機能解明は非常に重要な研究課題となっている。特定のタンパク質の機能解明には,種々のタンパク質の中から特定のタンパク質の機能を損なわずに分離する技術が求められている。また,バイオテクノロジーの進歩により,種々のバイオ医薬品が上市されている。これらのバイオ医薬品はタンパク質やペプチドなどの生体高分子がほとんどで,生理活性や薬理作用を損なわないような温和な条件での分離が求められている。
■これらの分離法として,HPLCが汎用されているが,C18などの疎水性固定相と有機溶媒を含む移動相を用いる方法が一般的である。それに対して,本研究室では,温度応答性高分子である poly(N-isopropylacrylamide)(PNIPAAm)を用いた温度制御型の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)システムを開発してきた。このシステムは,PNIPAAmを分離担体表面に導入し,温度変化に伴う固定相表面の親水/ 疎水変化を利用した方法であり,水系移動相のみを用いた環境負荷の小さい分離精製手法であり,有機溶媒を使用しないため,環境に与えるリスクも少なく,医療現場での使用にも適していると言える。また,ポリマーの共重合組成により,分離するターゲットに合わせた下限臨界溶解温度(Lower critical solution temperature, LCST),固定相表面電荷の制御が可能であり,ステロイド,アミノ酸,タンパク質の分離に成功している。特にタンパク質に関しては,活性を失わずに分離することが可能である。本論では,温度制御型HPLCシステムを基礎として,1. アミノ酸誘導体ポリマーを用いたペプチド分離,2. 前処理用固相抽出カラム,これら2つのトピックについて述べる。
1. アミノ酸誘導体ポリマーを用いたペプチド分離
●上述したようにPNIPAAmを分離担体に導入したHPLCシステムは親水/疎水変化を利用した分離システムであり,化学物質の疎水性を表す指標である分配係数LogP値の違いを利用して分離を行っていた。本研究では,さらに分子認識能を持つモノマーをNIPAAm と共重合させたコポリマーを充填剤に用いることで,LogP値が同程度の生理活性ペプチドの分離を行った。
●Bradykinin は血圧降下作用をもつペプチドであり,キニノーゲンから血漿カリクレインやトリプシンによって作られ,肺に存在するキニナーゼにより分解される。降圧作用のほかに,神経細胞に作用して痛みを感じさせる物質でもあり,また,炎症の発生にも関与しているなど多彩な作用を有する。Bradykinin(以下BK)とそのβ2-recepterantagonist であるD-Arginyl-[Hyp3,Thi5,8,D-Phe7]-Bradykinin(以下BK-A)の分析を行い,アミノ酸誘導体導入ポリマー修飾カラムの分離能を評価した。
●PNIPAAm修飾カラムでは,retention factorに大きな差は見られず,BK とBK-Aを分離することができなかった。それに対して,Phenylalanine誘導体モノマーを5 %導入したP(NIPAAm-co-Phe-OMe 5 %),及び,Tryptophan誘導体モノマーを5 %導入したP(NIPAAm-co-Trp-OMe 5 %) 修飾カラム(図1)では,いずれもBK-Aのretention factorがBKよりも大きかった。これは,アミノ酸部位の芳香環に由来するπ-π相互作用が分離に関与していることを示唆している。また,P(NIPAAm-co-Trp-OMe 5 %) 修飾カラムの方がretention factorに優位な差が見られた。これは,PhenylalanineのPhenyl基よりもTryptophanのIndole基の方が大きな相互作用を示しているからであると考えられる。
●このように,機能性モノマーをPNIPAAm修飾カラムに応用することで,これまでに達成することができなかった分離を可能にできることが示唆された。今後,アミノ酸誘導体ポリマーを応用したキラル分離を行っていく予定である。
2. 前処理用固相抽出カラム
●タンパク質医薬品の製造において精製プロセスは非常に重要であり,精製カラムにより試料中から目的物質のみを夾雑成分と分離,抽出できる有用なツールの開発が求められている。測定試料に不純物が含まれたままHPLC分析を行うと分離能の低下,カラムの劣化,再現性の低下などの問題が起こると考えられる。そこで不純物を取り除く前処理が必要となってくる。固相抽出(SPE)はサンプルの精製,濃縮に広く利用されており,前処理にも応用が可能な技術である。本研究では,上述した温度制御型HPLCの技術を応用した温度制御型SPEを開発した。
●抗てんかん薬であるフェニトイン(PHT)は血漿中のタンパク質に結合した薬物と遊離型薬物として存在する。薬効や毒性に寄与してくるのは血漿中の遊離型薬物濃度であるため,遊離型分率を精度良く評価することが求められる。そこで,温度制御型SPEを用いて,人血清アルブミン(HSA)とPHTの分離を目指した。まず,HASとPHTそれぞれの単一での溶出挙動について評価した。
●充填剤には,分級されていない安価なシリカゲル表面にPNIPAAmに疎水性基としてbutylmethacrylate(BMA)を共重合させたハイドロゲルを修飾したものを用いた。図2に示すように,HSAはほとんど保持されずに,すぐに溶出され,PHTは保持され分離可能であることが示唆された。PHTの保持はBMAによる疎水性相互作用が影響していることが考えられる。今後,HSAとPHTの混合溶液の分離挙動を評価し,PHTの結合型と遊離型の分離を行って行く予定である。
■最後に,執筆の機会を与えて頂いた金澤秀子教授にこの場を借りてお礼申し上げます。本稿の作成にあたり実験をして頂いた研究室の学生,山本忠平氏,坂田和貴氏に感謝いたします。