vol.87 NOW 医薬品配合変化の追跡 - HPLC-PDA システムによる経時的解析

執筆者紹介

vol.87 NOW 医薬品配合変化の追跡 - HPLC-PDA システムによる経時的解析

安田 誠 先生

帝京大学薬学部
医薬化学講座
医薬品分析学研究室
助教 (ご所属・役職は2013年4月発行時)

カテコールアミン系の医薬品は交感神経興奮薬,パーキンソン病治療薬などとして,1960年代から広く用いられている。生体成分でもあるレボドパ,ドパミン,ノルアドレナリン,アドレナリン,合成品のドロキシドパ,カルビドパ,メチルドパ,ドブタミン,イソプロテレノールである(図1)。これら医薬品は,カテコールアミン系化合物の特徴として,アルカリ性薬物との混合や光によって容易に分解し,着色(褐色~黒色)することが添付文書およびインタビューフォームに記載されている。

 

sample

図1 カテコールアミン系医薬品

 

しかし,実際は嚥下困難なパーキンソン病患者には簡易懸濁法による経管投与が頻繁に行われていることから,患者家族が懸濁するような在宅医療の現場において特に配合変化のリスクが高くなっている。当然のことではあるが,配合変化による医薬品の分解は治療効果の著しい減弱につながるため回避する必要がある。レボドパの含量低下に着目した酸化マグネシウムとの配合変化については,レボドパの分解とその予防的措置についての報告がある。着色の直接原因はメラニンによることが明らかになっているが,詳細な分解過程やその他の分解産物についてはほとんど知られていない。

レボドパの酸化マグネシウムとの配合変化による分解過程を明らかにするため,分光光度計で紫外可視吸収スペクトルを経時的に測定したところ,可視領域においては主にメラニンによる吸収の増加が起こり,一方の紫外領域では非常にダイナミックなスペクトルの変化が観測された。この反応液をHPLCにより解析した結果,レボドパは完全に消失し新たなピークが複数出現した。最も大きなピークがレボドパの最終産物(以下,FDP-D)と考えられたため,大量に分取精製した。FDP-D は277 nmに特異的な吸収極大を持ち,質量分析およびNMRにより解析した結果,レボドパの分解産物としても報告のない未知の化合物であることが明らかとなった。同様の未知分解物は他のカテコールアミン系薬物の配合変化においても確認されたことから,カテコールアミン特有の分解過程があると推察された。

このような配合変化の追跡の第1段階としては,HPLC-PDAシステムによる経時的解析が最も有用であると考えている。特にPDA検出器は非破壊的であるため,分離後の試料を回収し次の機器分析(NMR等)に利用できる点で優れている。

具体例としてレボドパの配合変化について紹介する。分解反応は恒温を維持したオートサンプラーにセットしたバイアル内で進行させた。一定時間毎に分解途上にある試料を分析することで,特徴ある吸収スペクトルを持つ10個程のシグナルが検出された(図2,3;peak番号は溶出順)。しかし,生成量が少なく,ピーク分離が不十分な成分もあり,PDA検出器の特徴である2D等高線クロマトグラムや3Dクロマトグラムでは長時間にわたるピークの変遷を追跡するのは困難であった。そこで各ピークの極大波長におけるクロマトグラムを抽出し,ピーク面積と反応時間をプロットした(図4)。その結果,増加し続けるもの(FDP-D,peak 1,5,6,8),増加した後減少するもの(peak 2,3,4,7,9)に大別できた。前者は分解後の最終産物,後者は中間体であると考えられる。また,中間体の生成と消失のタイミングがそれぞれずれていることも考慮すると,レボドパの分解は単一経路でなく,多段階かつ分岐して進行することが示唆された。今後はそれぞれの最終産物がレボドパから直接生成するのか,あるいはどの中間体を経て生成しているのかを明らかにする必要があり,緩和な反応条件や分解反応の停止条件を検討している。平行して中間体の分離を達成するため,カラムおよび移動相条件を検討しているが,HPLC-PDAシステムであればスペクトル情報が得られるため,保持時間が変動してもピークの同定は容易である。

sample

図2 レボドパ配合変化時の3D クロマトグラム

 
sample

図3 レボドパ分解産物の吸収スペクトル

 
sample

図4 レボドパ配合変化の追跡

 

HPLC-PDAシステムは最新の技術ではないが,単にUV-VIS検出器の拡張版でもないことに気付かされる。私としてはさらに,2Dや3D表示を時系列でアニメーション表示できるか?シグナルの増減や変化率を2Dでプロットできるか?多波長あるいは吸収スペクトル形状に対応したPDA用のフラクションコレクターはないか?といったことを思っているのでバージョンアップを期待したい。また,目移りするような新技術・高度な機器も次々と開発されているが,私はまだまだ既存の分析機器を大切に使っていきたいと思うのである。最後に,広く用いられている医薬品の分解過程が完全には明らかにされていなかったこと,医薬品由来の未知化合物が身近に存在することは非常な驚きでもあり,一日も早い解明を目指したい。

関連情報