LC分析の留意点
永富 康司 先生
アサヒグループホールディングス株式会社 食の安全研究所 主任研究員 (ご所属・役職は2012年4月発行時)
■カビ毒(mycotoxin)とはカビが産生する化学物質で,人や家畜の健康に悪影響を及ぼすものを指します。これらは,食品原料である農作物を汚染するため,食品メーカーにとって注意すべきリスク化学物質です。近年,カビ毒の規制は国際的に厳しくなっており,日本においても2011年にアフラトキシン規制が強化されました。アサヒグループでは以前より,カビ毒に関する研究や分析法の開発を行い,原料および製品の安全性確保に万全を期してまいりました[1]。現在その一環として,製造工程におけるカビ毒の挙動研究を行っており,取得データを基にリスク管理の強化を図っています[2] [3] [4]。今回は,ビールの製造工程におけるカビ毒の挙動について紹介します。
■現在100種類以上のカビ毒が報告されていますが,食品への汚染が頻発し毒性も高い,代表的なカビ毒14種を研究対象として選択しました。これらを高い感度で一斉分析するには,食品分析の分野で急速に普及してきた,高速液体クロマトグラフ‐タンデム型質量分析計(LC-MS/MS)の使用が不可欠です。食品は多量の分析妨害成分を含んでいますが,LC-MS/MSは質量荷電比(m/z)による選別を2度行うため,各々の物質に対して非常に高い選択性を示します。
■当社では,農薬やカビ毒といったリスク化学物質の分析にLC-MS/MSが活躍しており,カビ毒の挙動研究にもLC-MS/MSによる一斉分析法が用いられています(図1)。またここ数年,高耐圧型の超高速LC(UHPLC)による,高速かつ高分離な分析が一般化しつつあります。島津製作所の最新型UHPLC“Nexera”は,高い耐圧性能(130 MPa)に加えて,独自の洗浄機能によるキャリーオーバーの少なさから,カビ毒の迅速一斉分析に大変有効なシステムです。
■ビールの主原料は麦芽と水であり,その製造工程は大きく分けて,糖化,ろ過,煮沸,発酵の4 つに分けることが出来ます(図2)。今回は,麦芽にカビ毒を人為的に添加後,実験室スケールでビール製造を行いました。
■図3がビール製造工程におけるカビ毒の挙動をグラフ化したものです。縦軸は,麦芽に加えたカビ毒量を100%として,各段階での残存率を示しています。挙動追跡の結果,半数のカビ毒(7種:OTA, AFB2, FMB2, AFG1, AFB1, ZON, PAT)は,ビール中の残存率が20%を下回りました。これらは,ビール製造工程を経て大きく減少するため,最終製品の汚染リスクは低いと考えられます。一方で,トリコテセン系カビ毒(4種:NIV, DON, HT-2, T-2)は殆ど減少せず,原料の汚染には特に注意を払う必要があると言えます。更に,ビール粕の分析も行ったところ,減少したカビ毒の多くがビール粕に吸着し,系外へ除去されていることが明らかとなりました。また,酵母発酵によるカビ毒の代謝に関する知見も得ております。
■今回は,カビ毒に絞った話題を紹介しましたが,食品におけるリスク化学物質は多岐にわたります。例えばカビ毒以外にも,残留農薬,残留動物用医薬品,内分泌攪乱物質(環境ホルモン)等があり,いずれもLC-MS/MSによる高感度な分析が有効です。一方で,食品中のリスク化学物質に対する規制は年々厳しくなっており,分析データを基にした高度な品質管理が,益々重要になると予想されます。今後も様々な最新分析技術が,「食の安全・安心」の向上に貢献することを期待します。
参考文献