執筆者紹介

vol.79 体のサインを測る

中澤 裕之 先生

星薬科大学
薬品分析化学教室 教授 (ご所属・役職は2011年1月発行時)

2008年8月中旬,大学研究室で院生の研究指導中に生命中枢の脳幹部に脳梗塞を発症,長期入院・闘病生活を余儀なくされた。この病から学んだことは日頃,自分の体調の変化(初期症状)を疾病の前兆サインとして自ら把握(診断)することが病への対応であり,治療にも繋がることを痛感した。体調変化をどのように捉えるか私見を述べてみたい。

1)臨床検査と市販計測デバイス,キットの活用
自ら体調を計測して健康管理をするのに,検診で行う血液・尿等の臨床検査データは多くの情報を提供してくれる。大事なことは過去のデータと比較して数値が悪化しているサインを見逃さないことであろう。

若年時に臨床検査を受けて,健康時の値を把握しておけば中高年になって問題点を抽出できよう。成人の祝い等の機会に派手なセレモニーよりも公的支援で臨床検査を実施するのはどんなものであろうか?

職場検診や人間ドックの検査結果で中性脂肪,コレステロール,血糖値の高いことを指摘される方は多いであろう。しかし,これらの血液検査項目のデータは数値が高くても自覚症状がなく身体の赤信号を認識できない難点がある。漢方で言う「瘀血(血行不順)」の病態で対処できれば大事に至らずに済む。また,前立腺がんのPSAのように抗原抗体反応を利用して測定される腫瘍マーカーは精度も感度も高く,ある年齢に達したらオプションでも腫瘍マーカーとして臨床検査で把握すべきである。

我々が自覚できるのは様々な疾病に罹患して発生する痛みである。そのシグナルは頭痛,腹痛,腰痛,歯痛等で体調モニターに使っているが,そのシグナルを見逃してはならない。

体温,血圧,尿糖,尿たんぱく,血糖値等は薬局でも購入できる市販キットやデバイスで測定できる項目であり,生活習慣病の評価には有効である。循環器系の疾病を抱えている方は定期的に計測することが必要である。

2)感覚機能による検知

デバイスやキット等の測定のみならず,自身の感覚機能である五感(視覚,聴覚,触覚,味覚,嗅覚)をフル活用することで身体の異常を察知することもできるのではないだろうか?


前述の頭痛等,表在感覚である痛覚での認識は疾病の自己診断に有用である。不眠と関係する「体内時計」のリズムの乱れは血圧の他に,触覚を活用する脈拍数でモニターできよう。目眩や神経障害を疑う痺れの症状は平衡感覚の視点(運動失調など)から平衡機能として評価できよう。

「転倒して腰を痛めた」というような状況は日常生活において誰にでも起こりうる。その時に大切なことは,転倒に伴う治療だけでなく,「何故,転倒したのか?」発生した状況を本人も周囲の人も冷静に振り返ってその要因を解析することである。自分の健康を把握し,治すための方法を解説した,『病気は自分で見つけ,自分で治す!』(ベスト新書・石原結實著)を参考にされたい。また,TV,ラジオ等の健康番組で解説する専門医のコメントは大いに参考になる。

昨年夏は猛暑で熱中症になって命を失うニュースが駆け巡った。思わぬ水分不足は循環器系の重篤な疾病に繋がる。自分の身体の水分不足は尿の色を見れば判断できると入院中のベテラン看護師が教えてくれた。

大便についても同様で,非侵襲的に素人が利用できる「検体」は,他に鼻汁(ある種の脳梗塞では特徴的な鼻汁がみられる),痰,涙,唾液・・・等の色調,形状が役立つのではないか?

疾病に繋がる飲酒,食事,喫煙,過労等の要因は自認でき,自制できる。メンタルストレスに強いと思っているのは自己判断にすぎず,身体の方はボデイブロウを受けている。このような精神的な負荷に対する肉体の酸化ストレスを個人レベルで科学的に計測・評価できれば自己健康管理は更に充実したものになろう。

予防的な視点で,「体調を計測する」ことを述べてきたが,病で失う機能があってもそれを嘆いていたところで前には進まない。その状況を受け入れ,前向きにリハビリに取り組む姿勢が自らを救ってくれる唯一の道である。何が自分に適しているのか,「やらずに決めるな!」でトライしながら軌道修正すれば,日常生活もリハビリとなる。「継続は力なり!!」の気概で「焦らず,怒らず,諦めず」で取り組めば,リハビリは裏切らない。

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