LC分析の留意点
森内 章博 先生
花王株式会社 解析科学研究所 (ご所属・役職は2020年7月発行時)
神奈川県小田原市出身。東京工業大学大学院総合理工学研究科修士課程修了後,花王株式会社に入社し,主に化学材料を対象とした 成分分析業務に従事。液体クロマトグラフィー研究懇談会役員。
【専門分野】分離分析,分子構造解析
【将来の夢】南国で悠々自適
【趣 味】野球,釣り,お城巡り,ビオトープ作り
■界面活性剤は物質の界面に作用し,乳化や分散などの機能を示す物質で,そのユニークで優れた物性を活かし,洗浄剤や化粧品,家庭品,医薬,食品など幅広い分野で利用されています。使用目的に応じ,様々な分子構造の界面活性剤が開発され,さらなる高機能化や新しい機能性の追加,安全性の強化を求めて,現在もその開発は進められています。一方,多くの界面活性剤は工業的に合成する過程でさまざまな同族体や構造異性体を含む複雑な混合物となっており,どのような構造の成分がどの程度含まれているかという組成の違いによって,親疎水性や生じるミセル等集合体の物性,洗浄力などの性能が大きく変化します。そのため,分析によって組成を把握することは,機能を制御する上で非常に重要となります。
■そのため,私の入社以前から界面活性剤の組成解析については多くの研究員が取り組み,HPLCやGCを用いた手法で成果が得られていました。しかしながら,図1に示すような,エチレンオキシド(EO)鎖長の異なる同族体分布だけでなく,位置異性体が組み合わさった非常に複雑な界面活性剤については解析が困難でした。これらの位置異性体はその類似した極性からクロマトグラフィーによる分離が難しく,同じ分子量になることから質量分析計による質量分離も困難で,組成情報を知る術がありませんでした。立体的な分子構造の違いは,ミセル等の集合体形成など様々な物性に影響を与える可能性が考えられ,その組成情報を解明することは機能を制御する上で非常に重要なため,新たな分離分析法を模索していました。
■一方,超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)については以前から文献,学会発表等で存じ上げておりましたが,省有機溶媒による環境調和性やハイスループットによる効率化の技術としての印象が強く,特異な分離特性はあるものの,高理論段数が必要な精密な分離に有効であるという印象は薄く,高圧ガスである超臨界流体の取り扱いの難しさや装置の安定性にも不安を感じていました。そんな折に,職場先輩の勧めもあり,九州大学馬場健史教授のSFC分析に関する最新の研究成果の講演を聴講しました。その中でHPLCでは困難な成分分離をSFCで達成された事例についてお教えいただき,SFCは我々の課題に対しても非常に有用な手法となりうるのではないかと考えるようになりました。また,装置の進歩によりデータの頑健性は大きく向上し,SFCで用いる二酸化炭素を利用した超臨界流体は高圧ガス保安法の適用からも除外されるなど実用面での利便性も改善されました。そこで,九州大学馬場教授との共同研究を開始し,上記の界面活性剤の分離にSFCを適用させてみることにしました。
■SFCによる分離を効果的に行うためには,用いるカラムの選択が大変重要となります。HPLCでも同様のことが言えますが,SFCではそれがより強調されて分離挙動が大きく変わります。図1に挙げた界面活性剤についてカラムの検討をしてみると,エンドキャッピングを施していないODSカラム(ODS-noEC)を用いた際に,位置異性体および同族体の分離が大きく向上することがわかりました。エンドキャッピング有りのODSカラムでは位置異性体が全く分離しなかったことから,残存シラノール基が分離に有効に働いていると考えられますが,シラノール基が多数存在するシリカゲルカラムよりもODS-noECの方が良好な分離を示しました。このように,ODS基と残存シラノール基が組み合わさることで分離が向上したことから,ODS基の立体障害効果によって分子形状の異なる位置異性体の分離が促進されたと考察しています。このような分離挙動はHPLCでは見られず,SFC特有のものと思われます。さらに,SFCのもつ低背圧という利点を活かし,このODS-noECカラム(2.1×150 mm)を直列に5本接続し成分の分離度向上を試みたところ,図2に示すように,位置異性体と同族体の全てを分離することに成功しました。
■現在,このようにして得られた分離特性を界面活性剤に限らず,他の対象についても応用を進めています。SFCの利点を活かした分離技術をさらに深め,新たなものづくりに繋げていきたいと思っています。