LC分析の留意点
望月 直樹 先生
横浜薬科大学 食品有機化学研究部門 (ご所属・役職は2019年10月発行時)
東京薬科大学大学院博士課程前期修了後,鐘紡(株) 化粧品研究所,日本ゼオン(株) 生物科学研究所,アサヒビール(株) 中央研究所,同酒類研究所醸造科学部課長,同福島工場品質管理部長,同分析化学研究所食の安全評価部長,アサヒグループホールデングス(株) 理事 食の安全研究所長を経て,定年退職後,横浜薬科大学教授。
【専門分野】食品有機化学
【将来の夢】食品を有機化学で大いに語ること
【趣 味】文楽鑑賞,映画鑑賞
■LC-MS/MSの進化発展は著しい。LCとの出会いから,LC-MS/MSの食品分析への展開,そして現在の課題について紹介する。
①LCとの出会い
■大学の卒業研究で天然物化学を専攻し,ショウガ科植物に含まれるセスキテルペンの単離精製に,シリカゲルカラムクロマトグラフィーを使用した。これがLCとの最初の出会であった。分離するスポットが,TLCのRf値で0.3付近になる様な展開溶媒を探し,その溶媒をオープンカラムクロマトグラフィーの溶離液に使用することで,切れの良い分離が可能となった。更に,2重結合と錯体を形成する銀イオンクロマトグラフィーを用いることで,2重結合の数や位置等が異なる各種セスキテルペンの分離に成功した。大学院に進み,合成化学を専攻したが,天然物で鍛えた分離のテクニックが大いに役立ち,合成した化合物を効率的に単離精製することができた。
■最初の就職先である化粧品会社では,天然由来の界面活性剤の開発に携わり,各種植物からイオン交換樹脂を用いてトリテルペン配糖体を分離精製した。転職した化学会社では,構造活性相関を用いた抗菌剤の開発に従事した。合成の傍ら,化合物のオクタノール/水分配係数 log PowとHPLC保持時間との相関性に興味を持ち,HPLCの分析にのめり込んだ。
■ビール会社に移り,酵母を用いた立体選択的変換反応に着手し,キラルカラムクロマトグラフィーを用いた光学異性体の分離分析に没頭した。本研究を酵母代謝物の研究に進展させ,ビール醸造中の香気成分の変化を,GC/MSを用いて解析した。その後,工場で品質管理部長を2年間経験し,HPLCやGCを用いたビール製品の品質管理分析法を構築した。
②食の安全とLC-MS/MS
■2000年に工場から研究所に戻ったが,当時は食品の安全性の問題が,世の中で大きな注目を集めていた。食の安全性を検証する分析は,デリケートな部分が多く,最先端かつオーソライズされた分析手法を用いる必要がある。こうした課題に対応するため,LC-MS/MSを分析に取り入れた。LC-MS/MSは,2段階のm/z選択で高い選択性が確保できる為,分析種を誘導体化することなく,食品の複雑なマトリクスから目的とする物質を分析することができる。最初のターゲットは,環境ホルモン(内分泌かく乱物質)のビスフェノールAであった。分析の前処理には,固相担体を充塡したカートリッジカラムを用いた。こうした固相カートリッジを用いることで,多検体を迅速に処理することが可能となり,夾雑物を除くことでLC-MS/MS分析におけるイオンサプレッションを防いだ。
■2006年に残留農薬等のポジティブリスト制度が施行され,LC-MS/MSの食品分析への活用に拍車が掛かった。食品の残留農薬分析では,何百種類の農薬を一斉に分析することが求められる。前処理には,操作が簡易であるQuEChERS法を用いた。
③HPLCカラムの進歩
■食品分析におけるLC-MS/MSの活用と共に,高速・高分離のニーズが高まり,高耐圧形HPLCであるUHPLCが広く用いられるようになった。UHPLCの普及は,分析時間の短縮だけでなく,使用する溶媒量の削減にも大いに貢献した。使用するカラム充塡剤の微粒子化に伴い,ODSカラムのエンドキャッピング技術や,カラム充塡精度が改良され,カラムの品質は格段に向上した。更に,ODS以外の種類のカラムも数多く開発された。
■2008年には,中国の粉ミルクにメラミンが混入される事件が起こった。このメラミンのLC-MS/MSによる分析では,水溶性化合物の分析に適するHILIC(Hydrophilic Interaction Chromatography)を用いた。HILICは,移動相の有機溶媒比率が高い為,MSの感度を高められるという利点が挙げられる。HILICを用いた分析を水溶性のヒスタミン等の芳香族アミンや,Trp-P-1等の発癌性ヘテロサイクリックアミンの分析に展開した。
④マイコトキシンの分析
■マイコトキシン(カビ毒)は,カビが生産する2次代謝産物であり,健康被害をひき起こすことが問題となっている。アフラトキシンはAspergillus属菌により産生され,ナッツや穀物を汚染し,強い発癌毒性を有する。アフラトキシン関連物質の一斉分析では,従来は誘導体化してHPLC-FLで分析が行われていたが,LC-MS/MSを用いることで,誘導体化なしに分析することが可能となった。
■フモニシンは,Fusarium属菌が産生するカビ毒であり,世界中のトウモロコシを汚染し,食道癌の原因物質として注目されている。フモニシンのLC-MS/MSを用いた分析では,キャリーオーバーが問題視された。その原因は,HPLC流路内におけるフモニシンの金属部分への吸着であった。対策として,オートサンプラーのニードル部の洗浄工程の最適化と,金属フリーカラムの使用が有効であった。
■マイコトキシンの分析には,化合物の特徴に合せて,特殊なカラムを活用した。ゼアラレノンは,Fusarium属菌が産生するカビ毒で,女性ホルモン作用を有している。ゼアラレノン誘導体の一斉分析では,フェニル基結合形カラムを用いた。フェニル基結合形カラムは,ゼアラレノンの様な芳香環を有する化合物に対して,高い分離能を示した。
■トリコテセン系カビ毒は,Fusarium属菌が産生するカビ毒で,麦類を汚染し,消化器系や免疫機能に毒性を示す。トリコテセン系カビ毒の一斉分析には,ペンタフルオロフェニル(PFP)基結合形カラムを用いた。PFP基結合形カラムは,3-acetyldeoxynivalenol(3-acetylDON)と15-acetylDONの位置異性体の分離に対して,十分な効果を発揮した。
⑤現在の課題
■大学では,次の様な課題に取り組んでいる。カビ毒に関しては,一般財団法人日本食品検査と共同で,研究を進めている。
■昨今,カビ毒の研究分野では,モディファイドマイコトキシンが大きな話題となっている。トリコテセン系カビ毒のDONは,植物体内で配糖体(DON-3-glucoside)のモディファイドマイコトキシンに変換されることが報告された。それらの配糖体は,人体に取り入れられると加水分解され毒性を発揮することが示唆されている。現在,配糖体を含めた一斉分析を構築している。