vol.105 NOW 毛髪表面上に存在する皮脂の脂肪酸解析

執筆者紹介

vol.105 NOW 毛髪表面上に存在する皮脂の脂肪酸解析

上中 麻規子 先生

サンスター株式会社 (ご所属・役職は2018年10月発行時)

2013年サンスター株式会社入社。分析部門においてHPLCを用いた口腔ケア商品の成分分析,GC-MSを用いた食品中臭気成分の高感度分析法開発,SEMやFT-IRを用いた生体試料評価などを担当。現在,研究推進センター安全性分析グループにおいて,ICを用いた食品素材スクリーニング法開発やLC-MSを用いた化粧品有効成分の皮膚透過性試験などに従事。

【専門分野】経皮吸収
【将来の夢】旅行で全都道府県制覇
【趣  味】旅行,果物狩り

サンスターの分析部門は,口腔ケア商品,ヘアケア・スキンケア商品,健康食品,と社内で取り扱う幅広い分野に関して,基礎研究から製造販売まで,商品開発の様々なステップで評価解析を行っている。今回は,ヘアケア商品の開発における基礎研究の一例を紹介する。

図1のAさんとBさんは,どちらの毛髪がべたついて見えるだろう?どちらも整髪剤をつけていない写真だが,おそらく毛髪の束感やテカリといったところから,Aさんの方がべたついていると感じた人が多いのではないだろうか。このように,髪がべたついて見える人がいる一方で,そうでない人もいるが,このような両者の違いがなぜ生じるのかを調べることとした。

図1 AさんとBさんの毛髪の写真

図1 AさんとBさんの毛髪の写真

皮脂腺から分泌された皮脂は,フケやにおいといった原因だけでなく,皮脂が毛髪上へ移行することでテカリや束感が生まれる結果,周囲にべたついた不快な印象を与えてしまう。そこで,皮脂を解析することで見た目のべたつき感の原因を明らかにすることを目的として研究に着手した。皮脂には,トリグリセリド,遊離脂肪酸,ワックスエステル,スクワレンなど,様々な成分が含まれていることが知られている。先行研究 1)によれば,洗髪後は皮脂組成においてトリグリセリド比率が高いが,時間経過とともにトリグリセリド比率は減少し,逆に遊離脂肪酸比率が上昇すること,さらに洗髪後時間経過とともにべたつきの自覚症状が増加することが報告されている。また,頭皮および毛髪上の脂質組成を調べた別の先行研究 2)より,頭皮にはトリグリセリドが多く,毛髪上には遊離脂肪酸が多いことが報告されている。そこで,遊離脂肪酸とべたつき感は関連性が高いのではないか,という仮説をもとに,毛髪がべたつく人とべたつかない人の脂肪酸解析を行った。

実験の流れを以下に示す。まず23名の被験者を,アンケートおよび専門パネルによる目視評価により,毛髪がべたついて見えるべたつき群とべたついて見えない非べたつき群に,群分けを行った。続いて被験者には,皮脂採取2日前の入浴時に指定のシャンプーで洗髪してもらい,その後は皮脂採取当日まで洗髪や整髪剤の使用を中止してもらった。皮脂採取当日は,皮脂量測定器により頭皮の皮脂量を測定した後,1人あたり脱脂綿5枚を使用し,スワブ法により毛髪全体から皮脂を採取した。メタノール及びクロロホルムにより皮脂を抽出し,被験者1人分の脱脂綿5枚を1つの分析バイアルに濃縮した。各サンプルはLC/MSで分析し,遊離脂肪酸に着目して詳細な解析を実施した。

LC/MSの分析条件を次に述べる。装置はUHPLCおよび精密質量を測定できる質量分析計を用い,カラムはODSカラムを用いた。炭素数の長い脂肪酸も分析できるよう,アセトニトリルおよび 2-プロパノールを含む溶離液を用いた。

全ての脂肪酸の標準試薬を入手することが困難であるため,以下の2つの考えのもと,脂肪酸分析を行った。

  • 精密質量で特異的に検出:標準試薬が無くても,精密質量が分かればある程度の定性分析が可能(図2)。
  • 特定の標準試薬の測定結果から他の脂肪酸の保持時間(RT)を予測:ODSカラムを用いた場合,炭素数が多くなるに従いRTが遅くなり,二重結合が多くなるに従いRTが早くなる(図3)。これは,1. の定性分析をサポートする情報になり得る。
図2 精密質量でピークを絞り込んだ例図2 精密質量でピークを絞り込んだ例
 
図3 脂肪酸による保持時間の違い

図3 脂肪酸による保持時間の違い

 

また,脂肪酸分析をする上での注意点を3つ紹介する。

  • システム由来のコンタミネーション:一部の脂肪酸は,潤滑剤としてHPLCのポンプシステムなどに使用されている場合がある。ポンプの出口とカラムを直結し,ピークが検出される場合はシステム由来,ピークが検出されない場合はキャリーオーバーと判断できる。システム由来と判明した場合は,ポンプとオートサンプラーの間に短いカラムを入れると良い。システム由来の脂肪酸はカラムでトラップされた分溶出時間が遅くなり,試料のピークと分離することが可能になる。
  • 雰囲気由来のコンタミネーション:実験室の環境によっては,雰囲気中からも脂肪酸の一部がコンタミすることがある。対処法として,水系溶媒のポンプと,ミキシングポンプの間に,短いカラムを入れる。すると,有機溶媒のグラジエントに関係なく,水系溶媒にコンタミネーションした脂肪酸はカラムにトラップされて出てこない。
  • その他の注意点:操作ブランクを設ける。遠心分離を利用し,フィルター濾過は極力避ける。コンタミネーションの濃縮を避けるため,使用溶媒量を少なくする。

 

結果として,頭皮の皮脂量は群間に差がなかった。一方脂肪酸については,脂肪酸全体に対する不飽和脂肪酸の割合を算出すると,べたつき群では非べたつき群より毛髪上の不飽和脂肪酸の割合が有意に高いことがわかった。なお,被験者によって皮脂の採取量がバラバラであるため,被験者ごとに検出された脂肪酸の面積値の合計を100 %とし,各脂肪酸比率を算出して解析を行った。

以上から、見た目のべたつき感には皮脂量ではなく遊離脂肪酸中の不飽和脂肪酸の割合が関係していることが示唆された。

この研究結果は,べたつきの原因となる脂肪酸を効果的に除去するために,新しく皮脂除去成分PEG-20ラノリンを配合した商品に生かされている。

 

参考文献

 

  • 1) 加藤圭子他,頭部の皮脂と洗髪,臨牀看護,26(3),414-420(2000)
  • 2) 坂本哲夫他,FRAGRANCE JOURNAL,22(10)(164),65-72(1994)

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