vol.103 水処理は分析に始まり,分析に終わる
-水処理に欠かせないLC技術-

執筆者紹介

vol.103 水処理は分析に始まり,分析に終わる

榎本 幹司 先生

栗田工業株式会社
主任研究員 (ご所属・役職は2018年4月発行時)

筑波大学大学院修士課程環境科学研究科修了後,栗田工業株式会社に入社し,新規事業探索,土壌・地下水処理,排水処理などを担当。
現在,(公社)日本分析化学会液体クロマトグラフィー研究懇談会に所属し,専門委員としても活動中。

【専門分野】排水処理,土壌・地下水処理
【将来の夢】世界放浪の旅
【趣  味】野球,カヌー

私が社会人となった以前に創刊された歴史あるLCtalkに寄稿させていただける機会をいただき,ありがとうございます。これまでに登場された先生方のような,高尚なお話はできませんが,水処理業界ならではのtalkにしばらくお付き合いください。

栗田工業は,さまざまな水処理に関する技術,商品をお客様に提供しています。水処理では,まず原水の中の処理対象となる物質の濃度を知るために分析を行い,次に処理がうまく行っているかどうかを判断するために処理水の分析を行います。うまく行かない場合は,水処理条件を再検討し,再度処理水の分析を行うということを繰り返すわけですから,まさに「水処理は分析に始まり,分析に終わる」と言えます。

私の主な業務は,汚染地下水や排水の処理条件の技術的な検討です。入社して数年後に土壌・地下水処理事業が立ち上がり,その頃から携わっていますので,20年以上携わっていることになります。地下水の場合,トリクロロエチレンなどの十数種の揮発性有機化合物が処理対象の汚染物質となり,物質ごとに基準が設けられていますので,物質ごとに定量する必要があります。これらの物質は極性が低いので,分析には島津製作所製GCMS-QP2010 を後継機を含め,十数年来,継続して使っています。

地下水処理では,物質ごとに基準が定められていますが,排水処理の場合は,物質ごとではなく,COD(化学的酸素要求量)やBOD(生物学的酸素要求量)が基準の指標となります。これらの分析は比較的,手間と時間が掛るため,排水処理条件の検討においては,まずTOC(全有機炭素)を分析します。このため,当社には島津製作所製TOC計が何台もあり,ほぼフル稼動しているので,排水処理条件の検討はTOC計さえあれば十分で,LC は要りませんね。いえいえ,そうではありません。近年,お客様の産業も多様化し,排水中の有機物成分も多岐に渡るようになり,以下のようなケースでは,TOC濃度の分析だけでは排水処理条件の検討が行き詰ってしまい,各有機物を分別定量しなくてはならないケースが増えてきました。
 

排水中のある有機物は分解するけれど,別の有機物が分解しない
排水中のある有機物が阻害となり,別の有機物が分解しない
排水中のある有機物は分解しているけれど,代謝物が蓄積してしまう
排水中の含窒素有機物が分解して遊離したアンモニアが,窒素規制にも掛かる場合もあり,また生物処理において必要な窒素源になる場合もある


ここで,ようやくLC の出番です。特に,近年LC-MS の性能が格段に向上したため,飛躍的に定量可能な物質が増えました。排水処理の対象となる物質のほとんどは,極性の高い親水性物質です。LC-MS導入前は,GC-MSを利用していましたが,GC-MSで分析できる物質は,アルコール類など一部の物質に限られ,アルデヒドなど誘導体化すればGC-MSで分析できる物質もありますが,操作は煩雑になります。LC-MSの進歩,普及によって,排水に含まれる親水性有機物のほとんどの物質を簡単に分析できるようになり,まさに水処理業界において,待ちに待った大きな技術革新であったと思います。

具体的な水処理業界におけるLC活用事例をご紹介します。紙面の都合上,③のケースのみですが,メラミンを含む排水の生物処理検討時に行う分析の事例をご紹介します。図1 に示したように,メラミンは,アンメリン,アンメリドを経由してシアヌル酸まで分解することが知られています。単一の微生物がメラミンからシアヌル酸まで分解する事例も報告されていますが,一般にはシアヌル酸は,メラミンを分解する微生物とは別の微生物系により分解するケースが多く,メラミンを分解するとシアヌル酸が蓄積する傾向が認められる場合があります。生物処理は,通常は混合微生物系なので,様々な種類の微生物の働きをうまく組み合わせられるように,生物処理の条件を整えることで,シアヌル酸を蓄積することなく,メラミンを処理することができます。

図2 に,島津製作所製LCMS-8040で測定したクロマトグラムの一例を示します。メラミンとその代謝物を一斉分析できるので,効率良くメラミンの代謝挙動を把握することができます。メラミンは含窒素有機物であり,アンモニアを遊離しながら分解するので,実は③の事例のみならず,④の事例にもなっていましたね。このように,排水中有機物の代謝物の挙動を効率的に把握して,最適な生物処理条件を検討する際の判断を効率良く行う上で,LC-MSが非常に役立っています。医薬の分野で薬物の人体中での代謝を把握するために,LC-MSが活用されているのと少し似ています。

メラミンの代謝経路

図1 メラミンの代謝経路

メラミン及び代謝物のクロマトグラム

図2 メラミン及び代謝物のクロマトグラム

 

話は遡りますが,学生時代,環境系の研究室に所属していた私は,毎日分析三昧ではあったものの,手分析ばかりで,LCを見たこともありませんでした。その後,新入社員として,今の会社の総合研究所に配属されましたが,当時新規事業として分取クロマト事業を始めたばかりであったこともあり,研究所の一室に入ると島津製作所製のLCシステムが6,7セットくらい並んで稼動していて,ウィーンウィーンとプランジャーポンプの音がこだましていたのをよく覚えています。今思えば,この時が私とLCとの出会いでした。

以来,フェノールなどの芳香族や有機酸などの分析のために,自分でLCを扱うようになりました。LCMS-8040導入後は,もっぱらLC-MSを使用していますが,MSの検出条件を決めた後のLC条件の検討は,LC-MS導入以前と同様に自分でメソッド開発しながら,想定通りの保持時間でシャープなピークが出てきた時の感動を楽しんでいます。この感動は,LCを扱う誰もが経験することと思いますが,水処理業界では,処理水をLCで測定する時には処理がうまく行っていないとやり直しになりますから,ピークが立ち上がらないことを願いながらクロマトグラムを眺めています。それでもピークが出現してしまった時の落胆は,水処理業界の人しか理解できないかもしれませんね。ピークの立ち上がりに一喜一憂しながらも,これからも,LCのメソッド開発を楽しみたいと思います。

 

参考文献

  • 1) 髙木 和広,農環研ニュース,No. 83,5 (2009)
  • 2) 杉山英彦ら,日本水処理生物学会誌別巻,第31号,52 (2011)

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