vol.100 NOW プレカラム誘導体化法を用いたジペプチドの網羅的分析法

執筆者紹介

vol.100 NOW プレカラム誘導体化法を用いたジペプチドの網羅的分析法

陰山 直子 先生

味の素株式会社
イノベーション研究所 (ご所属・役職は2017年7月発行時)

ジペプチドは,アミノ酸単体にはない物理的性質や機能を持つためポストアミノ酸として注目され,幅広い応用も可能ではないかと期待されている。しかし,アンセリンやカルノシンなど一部のジペプチドを除いてその多くは,存在意義や動態,機能が十分に調べられていない。これは,網羅的に分析できる方法がなかったことが一因である。また,特定のジペプチドについては,HPLC-紫外吸収/蛍光法で分析したり,プレ/ポストカラム誘導体化を利用したHPLC法で分析したりしてきたが,生体試料の分析においては特異性や感度も低く,さらには,複雑な前処理が必要であったり,時間がかかるなどの欠点があった。

一方,当社では,独自の誘導体化試薬(3-aminopyridyl-N-hydroxysuccinimidylcarbonate)と検出器に質量分析を用いた高感度・短時間アミノ酸分析法を開発してきた。プレカラム誘導体化反応でアミノ基を修飾することにより逆相カラムでのピーク分離能を向上させ,さらにカラムでは分離できない成分を質量分析計の質量軸で分離することにより,高精度と高速化を両立させた手法である。本法の専用装置として,株式会社島津製作所より自動プレカラム誘導体化機能が付いたLC/MS 高速アミノ酸分析システム(UF-Amino Station)が販売されており,併せて,和光純薬工業株式会社から販売されている誘導体化試薬(APDS タグ® ワコー),専用の緩衝液(APDSタグワコー用ほう酸緩衝液),溶離液(APDS タグワコー用 溶離液),内標準混合溶液(APDS タグワコー用アミノ酸内部標準混合液)を使用することで,簡単にアミノ酸を分析ができるようになっている。我々は,本原理をジペプチドに応用し,四重極タンデム質量分析装置(MS/MS)の各種測定モード組み合わせることによって,高感度・高分解能が得られ,かつ,網羅的に分析する方法を開発した。本論では,プレカラム誘導体化LC/MS/MS を原理とするジペプチドの網羅的分析法について述べる。

ジペプチドの種類は,アミノ酸に比べてはるかに多いことに加えて,Alanyl-Leucine (Ala-Leu) とLeucyl-Alanine(Leu-Ala)などのアミノ酸の順序が入れ替わって質量が一致するものも数多く存在する。そこで,ジペプチドを網羅的に分析する為には,「クロマトグラムでの分離」「質量分析計での検出」の双方での工夫が必要である。我々は誘導体化試薬に着目して,種々試薬の評価を行い,ジペプチド分析に適したPhenyl isocyanate(PIC)を選定した。評価は,「類似しているペプチド類を分離するため,嵩高くないもの」,「MS での検出に有利な構造をもつもの」,「ペプチド構造が推定できる,規則的な開裂パターンを持つもの」の3つの観点で行った。PICを用いたジペプチド誘導体は,MS/MS分析によって図1 に示すとおり規則的に開裂する。

アミノ基を誘導体化したジペプチドが示すMS/MS 分析での規則的な開裂

図1 アミノ基を誘導体化したジペプチドが示すMS/MS 分析での規則的な開裂(例Ala-Leu)

ペプチド測定における3 つの手法-混合ペプチド

図2 ペプチド測定における3 つの手法-混合ペプチド
(Ala-Ala,Leu-Ala,Ala-Leu)の分析におけるイメージ図

 

チーズ中のジペプチド分析図3 チーズ中のジペプチド分析

この規則的な開裂パターン(図1 のⒶ, Ⓑ, Ⓒ)を選択的に活用できるMS/MS の測定モードにより,目的に応じた以下の3 つの手法を構築した(図2)。
①ジペプチドを網羅的に検出:ⒶとⒷの質量差を利用
②N末が同じジペプチドを網羅的に検出:Ⓒを利用
③特定のジペプチドを選択的,高感度に検出:ⒶとⒷの組み合わせを利用
さらに,所有する400種類以上のジペプチド標品で検証したところ,理論どおりに検出されたことから,本手法が有効であることが確認された。

実際の分析では,まず理論上の質量数(図1 のⒶとⒸ)を設定して③の手法で測定を行い,標準品がある場合は,標品との保持時間の照合によって同定する。標準品がない場合は,さらに①の手法を用いて,PIC の構造を持つかどうか(すなわちアミノ基を持つ化合物かどうか),②の手法を用いてN末のアミノ酸が何であるかを特定し,あわせて②と③の手法から,C末のアミノ酸を推定する。これにより,質量数の同じ成分の区別は難しいものの,ジペプチドの特定がある程度可能となる。

実サンプルへの応用として食品に活用し,熱水抽出したチーズを誘導体化して本法で測定したところ,100種以上のピークが検出された。標品と照合することで検出された成分を同定することができ,本法はジペプチドの探索に有用であることが示された(図3)。

近年では解析ソフトを用いて差分解析を行い,精密質量分析データなどから,差が認められた成分の構造推定もある程度可能である。しかし,高価な装置と膨大な解析が必要であり,手軽に測定ができるわけではない。本法はペプチドにターゲットを絞ったことで,特別なソフトウェアがなくても比較的簡便に目的に応じた網羅的分析が可能である。

今後は,現在では難しい質量数が同じジペプチドを分離できる方法や,トリペプチドに応用した分析法を提供することで,食品や生体内でのジペプチドの存在を発見し,その用性や生理学的意義の解明など,様々な研究への展開の一助としていきたいと考えている。

参考文献

  1. 1) Shimbo, K.,et al., Rapid Commun. Mass Spectrom., 23,1483-1492(2009).
  2. 2) Yoshida, H., Kondo, K.,et al., J. Chromatogr. B, 998, 88-96(2015).
  3. 3) Miyano, H., LCtalk vol.59(2005).
  4. 4) Mizukoshi, T., LCtalk vol.97(2016).

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