お客様のご意見・ご要望のご紹介
松本 桂太郎 先生、山下 真理子 先生、小畑 智裕 先生
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 外科学講座腫瘍外科学分野 (ご所属・役職は2026年6月発行時)
プラスチックによる直接的な海洋環境破壊に加え、食物連鎖等を通じた間接的な人間への健康被害が世界的に懸念されている。特にアジアでは海洋のプラスチック汚染が深刻であり、本邦においても、ビニール製レジ袋の使用規制をはじめ、プラスチック生成量の抑制や回収を目指す取り組みが始まるなど、国民的な関心も非常に高い。プラスチックは日光の紫外線と海洋の波などの物理的な力により崩壊・細片化して、マイクロプラスチックやナノプラスチックを生成する(図1)(以下、マイクロプラスチック・ナノプラスチックをMPとする)。
MPには一次MPと二次MPがあり、製造の時点で5 mm以下であるもの(例えば洗顔料等に含まれるマイクロビーズ)は一次MP、環境に放出されたプラスチック製品が紫外線や熱などの物理的な力により破砕、細片化したものや合成繊維の服の洗濯時に発生する繊維などは二次MPと分類される。マイクロプラスチック(microplastics: MPs)は一般に5 mm以下のプラスチック粒子を指し、近年は海洋汚染だけでなく、空気中粒子として吸入される経路(inhalation exposure)が問題視されるようになった。とくに数十µm以下、さらに数µm~サブµm粒子は、上気道だけでなく末梢肺・肺胞領域に沈着しうるため、呼吸器疾患との関連が強く疑われている。
図1 マイクロプラスチックの発生源、サイズ分類と呼吸器への影響
呼吸器領域で注目される疾患群は大きく2つである。
(1) 炎症性肺疾患
ひとつは炎症性肺疾患(COPD、喘息、慢性気道炎症、間質性肺疾患)で、MPは粒子刺激として上皮障害、マクロファージ応答、炎症性サイトカイン(IL-6 等)誘導を引き起こし、酸化ストレスを増幅させるため、既存疾患の増悪因子である可能性がある。呼吸器障害とMPの関連機序として酸化ストレスと炎症が最も強く考えられている。
(2) 肺癌
もう一つは、肺癌である。現段階ではMPが肺癌の直接原因であると断言できる疫学的証明はなされていないが、慢性炎症・酸化ストレス・線維化微小環境を介して発癌促進因子(tumor promoter)として働く可能性が指摘されている。とくに肺は外界曝露臓器であり、PM2.5などの環境因子が肺癌と関連することを踏まえると、MPも同様に「環境修飾因子」として研究対象になっている。
(3) 研究の発展
マイクロプラスチック研究は、①環境中の存在量評価(海水・土壌・大気)から始まったが、2020年代以降は、②人体内検出(血液、胎盤、肺など)、③毒性学(炎症・線維化・免疫異常)、④疾患との関連(疫学・臨床)へと急速に広がりをみせている。特に呼吸器領域では、ヒト肺組織でMPを検出した報告が注目を集め、JennerらはµFTIRを用いてMPを同定し、吸入→肺沈着の経路が証明された(ただし検出下限は約3 µm)。近年は顕微ラマン、µFTIR、熱分解GC-MS(Py-GC-MS)など複数技術を組み合わせ、検体からの定性・定量を試みられている。動物モデルを用いた研究では、PS(ポリスチレン)など代表ポリマーを気道投与し、酸化ストレスとWnt/β-catenin 活性化を介した肺線維化が報告され、呼吸器病態の分子機序の研究が進行している。
MPsの生体影響を評価する上で最大の障壁となっているのが、生体試料からの検出と同定の難しさである。現在主流の分析法には、ナイルレッドなどの蛍光染色法や、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)、ラマン分光法があるが、以下の課題が存在する。
(1) 偽陽性の問題
ナイルレッド染色は簡便だが、脂質などの有機物にも反応するため、生体組織内ではMPsと生体成分の区別が困難な場合がある(図2)。
(2) 探索の非効率性
顕微ラマン分光法はポリマーの化学的同定に優れるが、広大な肺組織スライスの中から数µmの粒子を探索するには膨大な時間を要し、臨床検体のスクリーニングには不向きである。
(3) 組織処理による脱落
既存の病理標本作成プロセスにおいて、疎水性のMPsが組織から脱落してしまう現象が頻発する。
これらの技術的課題を克服し、肺内MPs の局在と種類を正確に特定する手法の確立が、病態解明への第一歩となる。加えて、コンタミネーション対策とブランク管理が不可欠である。
図2 Nile red染色を行い、蛍光顕微鏡でマイクロプラスチックを同定
我々長崎大学腫瘍外科の研究グループは、呼吸器内科および福岡工業大学(永淵研究室)と連携し、ヒト臨床検体およびマウスモデルを用いた多角的なアプローチでこの課題に挑んでいる。
(1) ヒト肺検体におけるMPsの検出実績
当グループでは、肺癌手術時の切除肺や気管支肺胞洗浄液(BAL)の余剰検体を用いた解析を先行して進めている。福岡工業大学との共同研究により、顕微ラマン分光光度計を用いてヒト肺組織内からポリスチレン(PS)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)などのMPsを検出することに成功した[1]。これは、大気中のMPsが実際にヒトの肺深部に到達・蓄積していることを示す直接的な証拠であり、我々の研究の出発点となっている。本研究は、他の研究同様に、マイクロプラスチックの定量と疾患の間の関連性を証明するには十分である。しかし、前述の課題が存在している。
(2) マウス投与実験における課題と克服
ヒトで確認された現象を検証し、病態メカニズムに迫るため、我々はマウスを用いたMPs 経気道投与実験を行っている。初期の実験では、蛍光標識のないポリスチレンビーズ(3 µm および6 µm)をマウス気管内に投与し、一般的なホルマリン固定・パラフィン包埋(FFPE)による病理標本作成を試みた。しかし、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を行った標本を顕微鏡で観察したところ、組織内に存在するはずのMPsが消失しているという問題に直面した。
詳細な検討の結果、パラフィン包埋や染色の過程で使用されるキシレンやアルコールなどの有機溶媒によって、疎水性であるポリスチレンが溶解、あるいは組織から物理的に脱落していることが判明した。顕微鏡下では、MPsが存在したと思われる球状の空洞(void)のみが確認され、これではMPsが周囲の細胞にどのような影響を与えているかを直接証明することができない。これは、従来の病理学的手法をそのままMPs研究に適用することの限界を示唆している。
● 解決策1:蛍光標識MPsと凍結切片の採用
脱脂・脱水を伴うパラフィン包埋プロセスを回避するため、未固定あるいは短時間固定後の肺組織から凍結切片を作成する手法に切り替えた。さらに、視認性を高めるために蛍光色素を含有させたポリスチレン微粒子を使用した。これにより、DAPIによる核染色と重ね合わせることで、気道および肺胞領域にMPsが確実に局在している様子を蛍光顕微鏡下で可視化することに成功した(図3)。
● 解決策2:経気道投与手技の確立
初期の実験では、MPsが確実に肺深部に届いているか不明瞭なケースがあった。そこで、喉頭鏡とガイドワイヤーを用いた気管挿管下での投与法を確立した。これにより、サーフロー針を用いてMPs懸濁液を確実に気管内へ送達し、肺全体に分布させることが可能となった。実際、この手法を用いたマウス肺の肉眼観察において、蛍光ビーズが肺全体に分布していることが確認されている。これらの改良により、我々はMPsが肺組織内に物理的に留まり、マクロファージによる貪食像や、周囲組織への炎症細胞浸潤を引き起こしている可能性を示唆する像を捉えることに成功しつつある。
図3 マウスへ3 µm蛍光ポリスチレンを経気道的に投与し、肉眼的に肺への分布、蓄積が確認された
(3) 新規イメージング確立
生体組織内でのMPsの挙動をより詳細に、かつ効率的に解析するため、我々は株式会社島津製作所との共同研究により、新たな分析ワークフローを構築した。これは、レーザー顕微鏡による高速スクリーニングと赤外ラマン顕微鏡による精密同定を組み合わせた画期的な手法である。
● 3D測定レーザー顕微鏡(OLS5100)による広域探索
従来の顕微鏡やFT-IRイメージングでは、広範囲の組織切片から数µmの粒子を見つけ出すことは大変困難な作業であり、極めて非効率であった。今回導入したOLS5100は、405 nmの短波長レーザーを用い、サブミクロンの分解能で広範囲のカラー画像と高さ(3D)情報を取得できる。
我々の共同実験では、MPsを投与したマウス肺の未染色切片に対し、OLS5100を用いて広範囲スキャンを行った。その結果、生体組織とは異なる球状の形状と、レーザーに対する特異的な反射輝度を持つ粒子を、低倍率の広視野画像から瞬時に特定することに成功した。このスクリーニング工程により、解析すべきターゲット位置(座標)を絞り込むことが可能となり、解析時間を劇的に短縮できることが実証された。
● 赤外ラマン顕微鏡(AIRsight)による確定診断
OLS5100で特定された座標に対し、赤外ラマン顕微鏡(AIRsight)を用いた点分析を行う。AIRsightは、物質固有の分子振動情報を得ることで、その粒子がポリスチレンであるか、あるいは生体由来のタンパク質・脂質であるかを明確に区別できる。実際に、OLS5100で観察された直径3 µm程度の球状物質に対し、AIRsightでラマンスペクトルを取得したところ、ポリスチレン特有のピーク(1001 cm-1付近のベンゼン環呼吸振動など)が明瞭に検出され、周囲の肺組織(タンパク質由来のピーク)と明確に判別された。
この広範囲探索 + 微小領域同定のコンビネーションは、微細なMPsの探索効率を飛躍的に向上させるだけでなく、形状情報(3D)と化学情報(スペクトル)の両面からエビデンスを得ることで、偽陽性を排除した信頼性の高いデータ取得を可能にする。これは、今後の大規模な臨床検体解析における標準的手法となり得る強力なツールである。
我々のこれまでの研究により、ヒトおよびマウスの肺組織内にMPsが物理的に存在し、留まることが確認された。また、その観察には凍結切片などの特殊な工夫が必要であることも明らかになった。研究のフェーズは、そこに在るかの確認から、それが何を引き起こすかの解明へと移行している。今後は以下の3点を主軸に研究を展開する。
(1) 疾患モデルマウスを用いた増悪因子の特定
健常マウスへの投与だけでなく、肺気腫(COPD)、肺線維症(ブレオマイシン誘導)、気管支喘息(卵白アルブミン誘導)などの既存疾患モデルマウスに対し、環境中濃度を模したMPsを経気道投与する実験を行う。我々の予備実験(マッソン・トリクローム染色やCOL-I染色)では、MPs投与群において線維化が強い傾向が見られている。今後は、MPsのサイズ(ナノ vs マイクロ)や材質の違いが、炎症性サイトカイン(IL-1β, TNF-α等)産生や、線維化マーカー(α-SMA, Col-1)の発現にどのような差異をもたらすかを、定量的かつ統計的に評価する。また、MPs単独の影響だけでなく、喫煙やアレルゲン暴露と組み合わさった際の複合汚染リスクを明らかにする。
(2) 分子メカニズムの解明
MPsが肺上皮細胞やマクロファージに取り込まれた後、どのようなシグナル伝達経路が活性化されるのかを解明するため、RNA-seqを用いた網羅的遺伝子発現解析を行う。我々の予備検討では、MPs投与により特定の炎症経路や細胞死に関わるパスウェイが変動する可能性が示唆されている。特に、酸化ストレス応答、細胞老化、および組織修復不全に関わる遺伝子群に注目し、MPsが慢性炎症や発癌のトリガーとなる分子機構を特定する。
(3) 臨床検体解析の拡大とデータベース化
長崎大学病院の豊富な臨床検体(肺癌切除検体、BAL液)を活用し、より大規模なMPs蓄積調査を行う。島津製作所と確立した高速スクリーニング技術を活用し、患者の居住環境(都市部 vs 郊外)、職業歴、喫煙歴などの臨床背景と、肺内MPsの蓄積量・種類の相関を解析する。特に、肺癌患者の腫瘍近傍にMPsが多く蓄積しているかという問いは、発癌リスク評価において極めて重要であり、重点的に取り組む。
マイクロプラスチック汚染は、もはや海洋だけの問題ではなく、呼吸器系臓器を脅かす重要な課題である。長崎大学のチームは、独自の凍結切片によるMPs保存技術や確実な気管内投与モデル、そして島津製作所との連携によるレーザー・ラマン融合解析技術を武器に、世界に先駆けて肺内MPsの病態生理学的意義を解明しようとしている。
検出のフェーズを超え、MPsが細胞・組織に与える機能的・器質的障害の本質に迫ること。その知見を基に、プラスチック汚染による健康被害の予防ガイドライン策定や、新規治療戦略の創出に貢献すること。これが我々の目指す最終的なゴールである。環境科学、医学、そして工学技術が融合したこのプロジェクトは、SDGsの観点からも社会的意義の極めて高い挑戦である。