触媒の劣化評価 -触媒反応セルを用いた水酸化コバルトの酸化実験- - アプリケーション
コバルト化合物は、化学工業分野ならびに石油化学工業分野において、広範に利用される物質です。特に水酸化コバルトCo(OH)2は、その特殊な物理的特性により、リチウムイオン電池、ガス検出器、不均一系触媒などの分野で広く応用されています。また、Co3O4やCoO(OH)を製造する際の前駆体としても利用されます。さらに、燃料電池の酸素還元反応(ORR)用電極に含まれるPtを置き換えるための安価なCo(OH)2の触媒の開発は、高い関心を集めています。*1
ここでは、高温触媒反応セルを用いて、新しい触媒の表面で起こる反応過程を調べた例を示します。3 barの酸素雰囲気下でシリカ担持型Co(OH)2を焼成し、処理前と処理後の表面を分析しました。
実験方法

Fig.1 触媒反応セルの概略図
測定は高性能Kratos AXISシリーズ XPS装置を用いて行いました。触媒反応セルは、通常の反応容器と同じ条件で実験を行うことができるため、反応条件を冉現して反応処理を行った後に、触媒表面で起こった化学的な変化を分析しました。
Fig.1に触媒反応セルの概略図を示します。
反応セルは、ステンレス製真空容器の中に封入された石英ガラス製反応室で構成されます。シンプルな試料移送機構により、反応実験後に試料を大気に曝すことなく分析することが可能です。
結果と考察
まず、用意された試料を試料ホルダーに載せて分析室に移送し、サーベイスペクトルおよび高分解能スペクトルを測定しました。コバルトおよび酸素のピークが明確に認められ、さらに吸着炭素由来と考えられるピークも認められました。
Fig. 2左図は、ピークフィッティングを施した反応前の高分解能Co 2pスペクトルです。780.8 eVに存在する最も高いピークは、Co(OH)2に由来します。ダブレットピークのどちらも定性的に同じ情報を含むため、ここではシェークアップピークを含めCo 2p3/2ピークに対してのみフィッティングをおこないました。高結合エネルギー側に存在するピークは、原子中の不対電子もしくは多電子励起に関係すると考えられます。*2

Fig.2 水酸化コバルト触媒のCo 2pスペクトル
(左)未処理 (右)酸化処理後
未処理触媒の酸化状態を確認した後、反応セルにて熱処理実験を行いました。処理過程では、試料を加熱しながら3 barのO2ガスを導入しました。加熱とガス導入を10分間おこなった後、触媒試料を取り出して分析し、表面の化学状態に変化がないか調べました。
150 ℃と200 ℃までの加熱では、Co 2pスペクトルに変化は認められませんでした。C 1sの強度は減少しましたが、これは酸化により不定形炭素がCOやCO2などの形態で脱離したことに起因すると思われます。しかしながら試料を250 ℃まで加熱すると、Co 2pスペクトルに明らかな変化が認められました(Fig. 2右図)。 Co酸化物に関しては、単にCo 2p3/2スペクトルのピーク位置だけで酸化状態を判別することは不可能です。しかしその代わりに、Biesingerらによる報告を参考にすると、シェークアップピークの形状によって酸化状態を正しく判別できる可能性があります。*3
これは、多くの第一列遷移金属やアクチノイドによく見られます。ここでは、785.6 eVおよび789.5 eVの2つのコンポーネントでフィッティングされた高結合エネルギー側シェークアップピークにより、酸化物がCo3O4であると同定されました。

Fig.3 酸化反応前(黒)と反応後(青)の
水酸化コバルトのO 1sスペクトル
Fig.3は、反応前と酸素雰囲気下での反応後のO 1sスペクトルです。
ピーク位置のシフトが明確に認められます。
この531.7 eVから530.3 eVへのシフトは、酸素の環境が水酸化物から定価数酸化物に変化した際に特徴的に見られるものです。
未処理試料のスペクトルに現れる低結合エネルギー側のショルダーピークは、吸着炭素もしくは低濃度のオキシ水酸化物に起因するものと考えられます。
まとめ
触媒反応セルを用いたCo(OH)2の酸化反応実験について報告しました。触媒反応セルを用いることにより、工業用炉と同様の高温高圧環境下で試料を処理することが可能となりました。各処理過程後のXPSスペクトルを詳細に解析したところ、一旦200 ℃以上で焼成すると、触媒の表面が水酸化物から酸化物に変化することがわかりました。さらに、Co 2pスペクトルのピークフィッティングから、CoがCo3O4の状態で存在することが分かりました。
参考文献
[1] B. Wang,J. Power Sources, 152, 2005, 1–15
[2] J. Yang, H. Liu, W. N. Martens, R. L. Frost, J. Phys. Chem. C 2010, 114, 111–119
[3] M. C. Biesinger, B. P. Payne, A. P. Grosvenor, L. W. M. Lau, A. R. Gerson, R. St.C. Smart, Appl. Surf. Sci., 257, 2011, 2717–2730