vol.97 新規アミノ酸分析技術で切り拓く「アミノインデックス技術」の臨床応用

執筆者紹介

vol.97 新規アミノ酸分析技術で切り拓く「アミノインデックス技術」の臨床応用

水越 利巳 先生

味の素株式会社
イノベーション研究所 (ご所属・役職は2016年4月発行時)

本稿では,血漿中の遊離アミノ酸(単独のアミノ酸分子)の濃度バランスにより,身体の状態を統計的に解析・指標化する「アミノインデックス技術」と,この技術を事業化するにあたり必須であった,新規なアミノ酸分析技術について紹介します。

ご存知のように,アミノ酸は「アミノ基」と「カルボキシル基」の両方を有する化合物の総称 です。私たちの身体の20 %はアミノ酸で構成されており,その殆どはタンパク質として存在します。そのタンパク質の約0.01 %は遊離アミノ酸として細胞内や血漿中などに存在し,「アミノ酸プール」とよばれています。食べ物から摂取したアミノ酸は「アミノ酸プール」に蓄えられ, タンパク質の合成や,分解,尿などからの排泄などを通じて常に平衡状態にあり,健康な人の血漿中アミノ酸濃度は恒常性により一定濃度に保たれています。一 方,がんや糖代謝異常,肝臓疾患などの患者さんでは体内のアミノ酸代謝が変化し,その影響で血漿中のアミノ酸濃度バランスが変化することが古くから知られ ていました。しかしながら多くの場合,アミノ酸濃度の変化はダイナミックではなく,単独のアミノ酸濃度の観測だけでは疾患の判別が不十分でした。 それ故,アミノ酸分析の臨床応用は一部の先天性代謝異常など,アミノ酸濃度の変化が大きい疾患などに限られていたと考えられます。

「アミノインデックス技術」は上記の課題を解決するものとして期待しております。バイオインフォマティックス手法により,血漿中の複数のアミノ酸濃度を多変量解析して解析性能を向上させ,更に「アミノインデックス値」として疾病リスクをスコア化することができました1) 2)。例として,がん患者と健康な人の血漿中アミノ酸濃度プロファイルの違いを車輪図に示しました(図1a)。健康人と比較した場合,がん種ごとに濃度バランスの変化が異なり,一度の検査で複数のがんリスクが解析できる可能性が示されました。
また,胃がんの進行度を例に,ステージI からIV までの患者さんの血漿中アミノ酸プロファイルの変動を示しました(図1b)。がん進行の早い段階からアミノ酸濃度が変動する事がわかり,がんの早期発見へ の期待が高まっています。この「アミノインデックス技術」を臨床応用するにあたり,アミノ酸分析の分析時間に大きな課題がある事が分かりました。

sample図1 a: 各種がん患者の血漿中アミノ酸プロファイルの変化 (健康人に対する ROC曲線下面積)
b: 胃がん患者(進行ステージI ~ IV)における血漿中 アミノ酸プロファイルの変化
 
 

これまで臨床分野では信頼性の高いポストカラム誘導体化法(ニンヒドリン試薬とイオン交換 カラムを用いるアミノ酸分析)が用いられてきましたが,血漿中に検出される全てのアミノ酸ピークを分離するためには約120 分の分析時間が必要であり,検診などで多検体に対応するには課題がありました。そこで我々は,独自のアミノ酸誘導体化試薬と,検出器に質量分析計を用いた 高感度・短時間アミノ酸分析法を開発しました3)。誘導体化試薬(3-aminopyridyl-N-hydroxysuccinimidylcarbamate) によるプレカラム誘導体化反応でアミノ基を修飾し,逆相カラム上でのピーク分離を向上させることができました。また,質量分析計での検出により,カラムで 分離できない成分も質量軸での分離が可能となり,分析時間を大幅に短縮することができました。更に本試薬によるアミノ酸誘導体はMS/MS 分析で特異的なプロダクトイオンが生じるため,MRM(Multiple Reaction Monitoring)分析も可能です。約10 分で100 種類のアミノ酸を分離した例も報告しています。

この新しいアミノ酸分析法を島津製作所様のご協力で,LC/MS 高速アミノ酸分析システム(UF-AminoStation)として装置化していただきました。
自動プレカラム誘導体化機能により煩雑な前処理がなく,またユーザー視点で一緒に開発させていただいたAmiNavi® ソフトウェアも搭載しています。誘導体化試薬(アミノタグ® ワコー)や専用の溶離液,内標準混合溶液は全て和光純薬株式会社から販売していただき,血漿のみならず培地や食品等のサンプルでも,簡便にアミノ酸を分析 が出来るようになりました。図2に38 種類のアミノ酸を約8 分で分離した例を示します。

sample図2 プレカラム誘導体化LC-MS(SIM)法をもちいた代表的アミノ酸38 成分の一斉分析例
(アミノ酸略語は文献5 参照)

 

血漿中のアミノ酸分析を行うための前処理から分析までのプロトコールについては,既報では前処理法や検体保管法が明記されていない,血清や血漿の分析データが混在するなど,情報の信頼性のないものが数多く存在していました。そこで,採血後のアミノ酸の安定性の確認4)や,採血から除タンパク質操作までのプロトコール作成を行いました。更に,臨床化学のバリデーション指針を参考に,UF-Amino Station を用いて血漿中の代表的な21 種類のアミノ酸分析(分離に7 分)を検証し,分析の信頼性が高い事も確かめています5)。定量下限値は0.39 ~ 7.55 μM,検量線の相関係数は0.998 以上,添加回収試験による正確度は96 ~ 103 %,ニンヒドリン法によるアミノ酸分析値との相関は傾きが0.91 ~ 1.04,相関係数は0.96 以上でした。

以上のプロトコールを用い,大規模な人臨床研究(1890 例の日本人基準個体( 男性901 例,女性989 例を使用)をもとに収集した,統計的に意味のある健康人の血漿中アミノ酸濃度の基準範囲を世界で初めて提唱し,論文化しました6)。年齢や性別,BMI と血漿中アミノ酸濃度との関連も解析しています。論文化に向けては,臨床化学会やアミノ酸学会のご協力もいただきました。

古くから栄養学的にも注目されてきたアミノ酸ですが,近年のアミノ酸メタボロミクス研究の発展により多くの重要な役割が明らかになりつつあります。
今回紹介させていただきました手法が一般化され,血中アミノ酸濃度の変動と健康状態との関連が一層明らかになっていけば,人々の健康な生活に役立てるもの と期待しております。がんリスクにとどまらず,アミノ酸が大きく関与すると考えられる栄養状態の評価や,運動・美容のサポートなど,様々な領域にもチャレ ンジしたいと考えています。

参考文献

  1. 1) Miyagi, Y.,et al., PLoS ONE, e 0024143(2011).
  2. 2) Fukutake, N.,et al., PLoS ONE, e 0132223(2015).
  3. 3) Shimbo, K.,et al., Rapid Commun. Mass Spectrom.,23,1483-1492(2009).
  4. 4) Takehana, S.,et al., Clin. Chim. Acta.,455, 68-74(2016).
  5. 5) Yoshida, H., Kondo, K.,et al., J. Chromatogr. B,998, 88-96(2015).
  6. 6) Yamamoto, H.,et al., Ann. Clin. Biochem., Mar 31(2015),pii:0004563215583360. [掲載予定]

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