執筆者紹介

vol.105 定量分析の要は,検量線と分析技術者

大塚 克弘 先生

株式会社総合環境分析 (ご所属・役職は2018年10月発行時)

日本大学農獣医学部農芸化学科卒業後,乳業会社で牛乳をパックに充填する製造ラインで働く,その後,株式会社総合環境分析入社,環境分析,水道水分析,計量管理者,営業など様々な仕事を担当。現在,技術部次長。

【専門分野】環境,水道水のGC, LC分析
【将来の夢】楽しい隠居生活
【趣  味】鎌倉の遺跡探索と案内

弊社は,環境計量証明業として1983 年に設立しました。環境計量証明業とは,計量法に基づいた環境分析測定の事業所になります。私は1989年に入社し,まだ弊社が設立してから6年しか経って居らず,当時はプレハブ建ての小さい会社でした。今はプレハブ建てではありませんが,今も小さい会社です。入社当時,分析技術者は10人ぐらいしか居らず女性ばかりで,男性は私を含めて2人でした。その頃は,分析試料として環境水(河川,湖沼など),浄化槽排水,下水排水,工場排水などを扱ったBOD,COD,蒸留分離分析などの手分析が主流でした。私の当初の分析担当は,蒸留装置を使った分析でシアンやふっ素などでした。

当時,弊社で所持していた分析機器は吸光光度計,原子吸光光度計,ガスクロマトグラフ(ECD,FPD,FID)程度で,高速液体クロマトグラフ(HPLC)はまだありませんでした。分析機器の殆どが島津製作所製だったのを覚えています。環境分析としては,まだ法規制項目も現在より少なくこの程度で十分でした。

1993年に水質汚濁防止法施行令が改正して揮発性有機化合物9 項目,農薬3項目,重金属1項目が有害物質として追加され,GC/MSやHPLCの購入が必要となりました。農薬3項目のうち,チウラムの分析方法に固相抽出-HPLC 法が採用され,HPLC の中古を買って分析をしていました。かなり古いHPLCで,オートサンプラーや脱気装置もなく,手動で試料を注入していたので,大量検体が入荷すると大変だったのを思い出します。

2003年になると水道法における水質基準の陰イオン界面活性剤の検査方法が固相抽出-HPLCに替わりました。また,2012年には,ハロ酢酸3 項目の検査方法にLC/MS,非イオン界面活性剤の検査方法に固相抽出-HPLC法がそれぞれ追加されました。2013年には,直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩(LAS)が「水生生物の保全に係る水質環境基準」に追加され,分析方法として固相抽出-LC/MS/MSが採用されました。

2015年には,水道水基準のフェノール類の検査方法に固相抽出-LC/MS が追加になり,2016年には,ホルムアルデヒドの検査方法に誘導体化-HPLC法,誘導体化-LC/MSが追加になりました。ざっと,環境分析及び水道水分析のLCについての変遷を追ってきましたが,この業界でのHPLCの歴史は浅いのです。

我々の様な環境分析・水道水分析の受託分析は公定法に忠実に行わなければならず,独自の分析方法が認められることはまずありません。そこで,独自性を出すためには,短納期,大量検体処理が求められますが,その上で精確なデータが如何に担保されているかが重要になります。水道水分析では,「水道水質検査方法の妥当性評価ガイドライン」(平成24年9月6日付け健水発0906 第1号別添)があり,環境分析では,直接的な企業に対するガイドラインはなく,「環境測定分析を外部に委託する場合における精度管理に関するマニュアル」(平成22年7月環境省水・大気環境局総務課環境管理技術室)というガイドラインがあります。精度管理に関しては,細かい部分での決まりがないので,会社としての特徴が活かされることになるでしょう。

入社して1年位してすぐに,精度管理に興味をもちました。きっかけは,定量分析をする上で,どこまで精確な値を求めるかを精度管理に求めようとしたからです。というのは,人によって精確さを求めていつまでも分析時間をとっている人が居るなどに対して,何か基準が欲しかったのです。私もそうでしたが。

その時に一番興味を持ったのは,検量線でした。検量線は,定量分析において最も重要なパラメーターとしての役割を果たしています。検量線はHPLCであれば,毎回作成する必要があり,その検量線の出来栄えによっては,計算される試料のデータすべてに大きな影響を与えます。また,検量線からHPLCの調子を計ることもできます。

新規項目導入時には,検量線の善し悪しでまず最初の分析の問題点が浮き彫りになり,改善の足掛かりになります。検量線のばらつき程度を評価する上で,最も簡便なのは,検量線作成時によく解析ソフトで算出される寄与率(決定係数)R2で評価することがあります。ところが,R2は 0 ~ 1 の値を取りますが,どの程度が良いのか基準がありません。もちろん,1であれば良いのですが,そこで,私が2006年に次の式を導いてみました。sample

2は寄与率(決定係数)の推定値,ψ1 は検量線の最低濃度の変動係数(100 %を1とした場合),xは標準物質の濃度,αは標準物質の最低濃度の倍率です。この式は,目標とする検量線の最低濃度の残差による変動係数,検量線幅(定量範囲)とプロット数からR2を推定するもので,ある程度の目安になるものと思ってください。この式から,最低濃度の変動係数が0.2,検量線幅は上限値が最低濃度の10倍まででプロット数が4であると,R2は約0.995 になります。弊社では,HPLCのR2は,0.995以上にして管理しています。実際の経験上でもこの程度が管理しやすい値だと思います。

一昨年,LC/MS 担当者が次々と退職してしまい,HPLCを触ったこともない技術2課(GC,LCの部署)の石川が担当することになりました。引継ぎの時も,もちろん検量線のR2を0.995以上にすることを目標の一つにしていて,3か月の引継ぎでよく熟していたと思います。しかし,それから半年近く経って分析操作に慣れてきたときに彼が入院してしまいました。急な事態に,技術2課は混乱しました。LC/MSを測定できるのが,水道水中のハロ酢酸分析を習いたての技術2課の小路だけでした。石川が退院するまでの1か月の間に,LC/MSで測定する水道水の農薬45項目,環境基準のLASが入荷することになっており,農薬はすべての項目ではありませんが12検体,LASが2検体でした。

その時は,ブランク,回収率,変動係数の確認を取りつつ,もちろん検量線のR2が0.995以上になることも確認し,夜遅く又は休日出勤をして,2人で格闘しながらどうにか仕事を終わらせました。検量線を中心に評価して改善を図ることと,担当技術者の分析スキル能力によって効率良くLC/MSの分析が可能になったのだと思っています。

この原稿を執筆しているときに,小路と話をしていて,「あの時はよく喧嘩もしながら短時間で良く熟したな」と今だからこそ笑い話ですが,当時は壮絶なものでした。

 

参考文献

 

  •  1) 大塚克弘,環境と測定技術,Vol.33,No.8(2006)

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