vol.98 酵素活性をLC で分析

2016年10月 発行
神山 和夫 先生

ハウス食品グループ本社株式会社
中央研究所
(ご所属・役職は2016年10月発行時)

私とLC の出会いは,入社後すぐに分析部門に配属され,食品中の有機成分を分析したときでした。大学では無機分析化学を学びましたが,クロマトグラフを触るのは初めてで,複数の成分をLC カラムで分離できることに大変感動しました。当時は,LC-10AD シリーズを用いて,アミノ酸をポストカラム蛍光誘導体化検出法で分析しました。分離カラムの後の配管に,誘導体化試薬であるο-フタルアルデヒドをぺリスタポンプで送液すると,移動相側の圧力に負けて液漏れさせてしまうことが度々ありました。LC の初心者の私にとっては手ごわいシステムでしたが,LC の原理や装置を理解する上でとても良い教材でもありました。同時期には,GC やGC/MS を用いた分析法を習得するため,GC-17AシリーズやQP-5000 シリーズを愛用していました。私の会社人生は,島津製作所の分析機器で始まったと言えます。

食品会社は,新製品の企画に始まり,研究所での製品開発,工場での生産,消費者の反響,というサイクルを回しています。それぞれの場面で分析技術は活用されています。私は,十数年来,有機化合物の分析法開発や,その分析法を利用して製品開発の理論的裏付けをとる研究に携わってきました。分析法の開発には,いわゆる“お申し出品の分析”も含みます。2000年頃から,食品会社が販売した製品に対して,消費者から異物,風味,外観についてのご指摘が全国的に増えました。消費者が食品に対する感度は年々高まっていると感じています。

話はそれますが,食事のメニューとしての「カレー」は国民食とも言えます。インド式カレーは,香辛料を用いた煮込み料理です。これに対して,日本式カレーは,香辛料の他に,トマトやタマネギなどの野菜,肉やチーズで幾つもの風味を重ね合わせています。特に,油で焙煎した小麦粉によって“とろみ”すなわち粘度を付けることが特徴です。これは小麦粉の澱粉が糊化することによります。具体的には,小麦粉中の澱粉を加水加熱することで澱粉粒から溶出したアミロースが,ソースの粘度を発現します。弊社は日本式カレーを濃縮した固形ルウを製造販売しています。家庭などで,具材を炒め,加水し,固形ルウを加えて更に加熱することで,カレーソース(調理品)が出来上がります。

稀な例ですが,カレーソースの様な液状澱粉食品の粘度は,澱粉分子を消化する酵素であるアミラーゼが意図せずに混入して作用すると,急速に低下します(図1)。10 mU/mL のアミラーゼ活性とは,例えば,唾液が付着したスプーンで鍋のカレーソースを撹拌したとき,鍋中の活性に相当します。実際,弊社には,「カレーソースの粘度が低い」とのお申し出が寄せられます。粘度が低い原因には,澱粉の糊化不足,又は糊化した澱粉の分解が想定されます。私は,後者を特定するために,カレーソース中のアミラーゼを分析してみようと思い立ちました。今回開発したカレーソースに混入したアミラーゼの活性の分析法を以下に記します。

図1 アミラーゼ添加による3% 澱粉液の粘度低下

図1 アミラーゼ添加による3% 澱粉液の粘度低下

既存のアミラーゼ活性の分析法には,血清や尿を対象とした対外診断用医薬品のキットが多種あります。これらの既存法は,オリゴ糖に発色基を修飾した基質に1 U/mL 以上のアミラーゼを作用させ,遊離した発色成分を分光光度計で測定します。一方,混入を想定したカレーソース中のアミラーゼ活性は10 ~ 100 mU/mL もの低量であるため,高感度化を要しました。さらに,粘度を発現させた可溶性の澱粉類は,発色基質に比べて高濃度に共存するため,アミラーゼと発色基質の反応を阻害することが分かり,既存法では太刀打ちできませんでした。

開発した分析法の概要は,澱粉モデル食品の粘度低下を起こす100 mU/ml 以下のα-アミラーゼ活性を定量するものです1)。試料中のα-アミラーゼと蛍光基質を反応させ,基質反応生成物を検出します。食品試料中に存在する (i) 蛍光基質反応を阻害する可溶性の澱粉や澱粉分解物をゲルろ過クロマトグラフィー及び陰イオン交換クロマトグラフィーで, (ii) LC検出を阻害する疎水性の夾雑成分を逆相クロマトグラフィーで,精製除去しました。

実験では,モデル食品として食塩含有3 % 澱粉液又はカレーソースに,入手しやすい枯草菌由来α-アミラーゼを3 ~ 100mU/mL となる様に添加し,40 ℃で30分間処理後,粘度が低下した懸濁液を試料としました。

  • (i) プレ精製として,試料をゲルろ過カラム(G-25,3.5 mL)で脱塩後,陰イオン交換樹カラム(DEAE,1.5 mL)で澱粉類を溶出除去後にα-アミラーゼを溶出しました。この分画に,蛍光基質であるDQスターチを反応させ,BODIPY 基の配糖体である発色物を得ました。
  • (ii) ポスト精製として,アセトニトリルを加えて反応を停止後,逆相カラム(C18,100 mg)で精製し,逆相LC で分離,蛍光検出器で測定しました(図2)。2段階の逆相クロマトグラフィーにより,カレーソースに由来する色素を分離除去することができました。
図2 新分析法のLC クロマトグラム

図2 新分析法のLC クロマトグラム

 

図3 は,3 % 澱粉液中のα-アミラーゼを従来法,プレ精製の無い新分析法,新分析法で分析した場合のα-アミラーゼの相対活性です。従来法では1 ~ 100 mU/mL の活性を検出できなかったのに対し,新分析法では粘度低下を起こす最小量のα-アミラーゼ活性を定量することができました。カレーソースでも同様の結果でした。

図3 新分析法によるα-アミラーゼの相対活性

図3 新分析法によるα-アミラーゼの相対活性

お客様から「カレーのとろみがない」とのお申出を頂いた場合は,回収品を顕微鏡で観察し,澱粉粒が消失しているときには,アミラーゼが作用したと推測できます。今回の分析法では,一歩進んで,アミラーゼの活性が残存していたことを数字で示せることができました。カレーソースに混入する可能性のあるアミラーゼの起源は?というと,調理時において,風味付けに加える蜂蜜や味見のときに食器を介して混入した唾液などがあると推測しています。

カレーソースの調理時を想定して,高温時でのアミラーゼの作用の程度を調べました。ヒト唾液α-アミラーゼを60 ~ 80 ℃のカレーソースに添加した場合,80 ℃ではほぼ作用せず,70 ℃では作用,60 ℃では作用後も残存しました2)。一方,蜂蜜の場合,粘性液から分離精製されたアミラーゼは80 ℃以上で失活すると言われていますが3),粘性液である蜂蜜のままでカレーソースに大匙1杯を加えると,酵素失活させるには100 ℃で20分間を要しました。アミラーゼの作用には,温度だけでなく,共存物質などが影響することが分かりました。

カレーのとろみは,人によって好みの粘度があるようです。固形ルウに配合されていた小麦澱粉の他,ジャガイモなどの野菜からの澱粉や繊維質が加水加熱により粘度を発現します。野菜の品種や切り方,煮込む時間にも影響されます。そして,ごく稀に混入したアミラーゼが作用することもあり,分析法を開発しましたが,活躍する機会が少ないことを望みます。加工食品の業界では,食材中の酵素は,加熱などにより失活させかつ鮮度を維持することが求められます。今後は,食材中の酵素活性を制御するための研究に取り組んでいきたいと考えています。

ハウス食品グループ 千葉研究センター

ハウス食品グループ 千葉研究センター

 

参考文献

  • 1) Koyama, K. et al.,Biomed. Chromatogr., 27, 583-588 (2013).
  • 2) Koyama, K. et al.,Food Sci. Technol. Res., 19, 989-992 (2013).
  • 3) Nagai, T. et al.,Int. J. Food Prop., 11, 137-145 (2008).

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