vol.92 アオコが生産する毒素について

2014年10月 発行
朴 虎東 先生

信州大学 理学部 物質循環学科
大学院 理工学研究科 教授
(ご所属・役職は2014年10月発行時)

LCtalk誌が創刊30 周年を迎えられたとのこと,誠におめでとうございます。今後のますますのご発展をお祈りします。

アオコの研究を始めて20 年が過ぎた。諏訪湖のアオコの研究を始めた院生の頃は,日本の研究者がアオコ研究の様々な分野で世界トップの研究業績を発表されていたので,国内に居ながら最先端の情報と指導を受ける幸運な時代だったと思う。1996年2月にブラジルのカルアルでは,アオコ毒によって88人の透析患者さんが亡くなり,世界保健機関(WHO)から飲料水におけるガイドライン値(1.0 μg・L-1)が制定された。そもそも「アオコ」とは富栄養化した湖沼やダム湖の水面が着色する現象を指した言葉だったが,研究分野によっては藻類の大量発生(主に藍藻類)や原因藻類を指す言葉へと変わったようだ。アオコによって生成されている毒素は,大きく神経毒素(anatoxin-a, anatoxin-a(s), saxintotoxin)と肝臓毒素(microcystin, nodularin, cylindrospermopsin)に分けられる。その中で日本の湖沼で検出されているアオ毒素は,肝臓毒ミクロシスチン(microcystin,以下MCと略す),神経毒のアナトクシンおよび肝臓・腎臓・脾臓に壊死を起こすシリンドロスポモップシンである。現在,MCを生産すると報告されている藍藻は,Microcystis aeruginosaをはじめ10種以上が知られている。MCの構造は7つのアミノ酸からなる環状ペプチドであり,構成アミノ酸の違いなどにより今まで90種類(分子量909 ~ 1,115 )以上のMCが構造決定されている 。

アオコの毒素ミクロシスチン( 半致死量が50μg・kg-1) は, 青酸ナトリウム( 半致死量が10,000μg・kg-1)の200倍も毒性が強い。アオコ毒素による野生動物の死亡例は,1870年代にオーストラリアでのノジュラリア(Nodularia spumigena)による被害報告を初めとして,最近ではカナダでの野鳥の大量死まで数多くの事例が報告されている。それにもかかわらず,これら毒性物質による被害防止のために良い対策を立てている国はまだないというのが現状である。日本でも2007年夏に琵琶湖の磯漁港でアイガモ22匹が死亡し,その肝臓からMCが検出された。その他にもアオコ毒の可能性がある鳥の死亡記事は数件あるが,原因毒素の分析まで行った事例は少ない。

ミクロシスチンは,藍藻細胞内に存在し,細胞膜が損傷を受けることで外部に放出すると考えられる。飲料水などを通じ,動物の体内に入ったMCは肝臓に特異的に毒性発現する。肝細胞に発現するトランスポータータンパク質OATP(Organic Anion Transporting Polypeptide)が選択的にMCの細胞内取り込みを行い,細胞内に取り込まれたMCは,標的因子プロテインホスファターゼ1および2Aに共有結合するため,その働きを阻害する。脱リン酸化を行う酵素プロテインホスファターゼの働きが阻害されたことで,リン酸化を行う酵素プロテインキナーゼの働きが亢進するため,タンパク質の過剰なリン酸化を招く。急性毒性の場合,この過剰リン酸化タンパク質は細胞骨格のケラチン,プレクチンの損傷にともなう細胞骨格の破壊およびアポトーシスを誘発することが報告されている。また過剰リン酸化タンパク質が,がん抑制遺伝子p53に影響を与え,発がんプロモーターとして働くことも明らかにされた。MCを長期にわたって曝露されることで発現する慢性毒性では,MCが細胞内のミトコンドリアに毒性影響を示し,活性酸素種を作り出す。活性酸素種は,細胞膜脂質などの過酸化反応を引き起こし,細胞膜を変性させ,アポトーシスおよび肝線維症および肝硬変にともなう肝臓がんを引き起こすことが報告されている。一方,MCは,肝臓の中でシステインおよびグルタチノン(GSH)抱合体として水溶性を高めて排泄される(図1)。

図1 アオコ毒素ミクロシスチンの毒性発現と代謝

図1 アオコ毒素ミクロシスチンの毒性発現と代謝

 

アオコによって生成されたMCが,湖沼・河川・河口域・海洋の水生生物に蓄積される例が国内外で報告されるようになった。長野県諏訪湖では,食物連鎖系を経てMCがどのように他の生物に移行・蓄積していくのか,を確かめるため,水生生物に含まれるMC含量の測定を行った(図2)。その結果,MC-RRと-LR が二枚貝,巻貝および甲殻類から検出された。それ以外の生物に関してのMC含有量は検出限界以下であった。諏訪湖の二枚貝における中腸腺のMC最大蓄積量は,イシガイが420 μg・g-1,ラスガイが297 μg・g-1,ドブガイが12.6 μg・g-1で,貝の種類により大きな差が見られた。哺乳動物を用いた急性・慢性毒性実験でも,MCは強い肝臓毒性を持つことが知られており,MC投与後,そのほとんどが肝臓に集まることから,貝の肝臓に当たる中腸腺に全体の半分以上のMCが存在することは理解できる。また,諏訪湖で採集したイシガイをMCがない水で3か月間飼育すると,そのMC含有量は最初の1割以下までに減少することが分かった。他生物へのMCの蓄積・移行・生物濃縮については,さらに多くの生物について調査を行い,その実態を明らかにすることが必要である。一方,湖沼で発生したアオコは,下流の河川や河口に通じ,やがて海へとたどり着く。その流下の過程でも毒素の生産と移動が起こり各水域の生物への毒性影響と蓄積が懸念されているため,海水魚の食品としての安全性評価も必要である。

図2 諏訪湖におけるアオコ毒素の動態

図2 諏訪湖におけるアオコ毒素の動態
(ミクロシスチンの生産・摂食・蓄積・分解及び流下)

 
 

日本でも飲料水源である水域において有毒藍藻類が発生している例もあり,飲料水を介しての人体への影響が心配される。自然湖沼およびダム湖を上水道の水源としている国々,自然湖沼およびダム湖を上水道の水源としている国々では,水源水域での富栄養化の進行による有毒藍藻類の発生に頭を悩ませているのが現状である。飲料水中の藍藻毒素MCについてのガイドラインを最初に設定した国は,オーストラリアである。同ガイドラインでは,MCの飲料水中濃度で,短期暴露(14日以上暴露)として1.0 μg・L-1,長期暴露(一生の暴露)として0.1 μg・L-1Microcystisの細胞数で500 cells・mL-1)と,二つの基準値を設けている。その後,世界保健機関(WHO)では,成人(60 kg)一人が毎日平均2リットルの水を飲むこととMC-LR の一日摂取許容量(0.04 μg・kg-1body weight・day-1)の研究結果を考慮し,飲料水中MC-LR の濃度1.0 μg・L-1をガイドライン値として採択した。飲料水中MCのガイドラインは,EUを含めほとんどの先進国がWHO値か独自のガイドラインを設けている。米国では,オレゴン州のみが食品中のガイドライン値を制定している。2013年の夏にオハイオ州オタワ郡では,MCが検出されたことから,住民には水道水の飲用禁止の警告がなされた。先進国でありながら,以上の様なMCのガイドラインを設けていない日本(要検討事項、暫定0.8 μg・L-1)でも,これから起こりうる様々な可能性を考慮すると,水道行政に運用可能な独自のアオコ毒ガイドラインについて,その制定が急がれる。

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