執筆者紹介

vol.89 HPLC の進歩と共に歩んで

原田 勝寿 先生

株式会社ヤクルト本社
中央研究所 分析センター
食品分析研究室
室長 (ご所属・役職は2013年10月発行時)

食生活の欧米化や生活環境の変化などを要因として,生活習慣病の患者数は増加の一途にあり,いわゆる「メタボ健診」の結果に一喜一憂されている方も多いのではないでしょうか。この様な背景から「食」に対する関心が高まり,特定保健用食品(トクホ)など,数多くの機能性食品に消費者の注目が集まっています。しかし,市場の拡大に伴い,粗悪な品質や医薬品成分を原因とする健康被害などの事案も生じています。したがって,機能性食品の開発においては保健機能の検証(エビデンス)だけでなく,安全・安心な商品を提供するために原材料を含めた詳細な成分解析が求められています。もはやHPLC がなくては製品化することが困難な状況にあります。

私は,食品機能性成分の分析法開発に長年携わってきましたが,HPLCに初めて触れたのは入社数年経った頃(20 数年前??),(株)島津製作所初のダブル プランジャーポンプLC-4Aであったと記憶しています(あのボタンの感触が今も蘇ります)。その頃は品質保証を目的とした乳製品中の糖質分析を担当し,配位子交換カラムを使用して単糖と2糖の一斉分析法を構築していましたが,特にグルコースとガラクトースの分離には苦労しました。主に示差屈折率検出器を使用していたのですが,当時の分析機器の性能ではベース ラインが安定しないことが多く,夕方になっても分析が実施できないことなど当たり前の状況でした。

その後,分析機器の中でも特にHPLCの技術進歩(カラム,ポンプ,注入装置,検出器,データ処理装置など)は目覚ましく,今ではルーチン的にLC-MS/MSやLC-QTOF/MSなどが使われています。糖質分析を担当していた頃にはこの様な状況は想像もできず,これら技術の進歩と共に研究を進められたことは大変貴重な経験となりました。さらに,操作の自動化や機器のユニット化などが進み,HPLCは「pHメーター」と同様の科学機器!?となり,たとえ多くの知識・経験がない者でも,その性能を十分に活かした分析結果を容易に得ることができるようになってきています。

今後もこうしたHPLCユーザーは増えることと思われますが,反面,機器に精通したテクニシャンやクロマトグラファーが育ちにくい環境になってしまったことは,非常に憂慮する点ではないでしょうか。今では,分析条件などは容易にネット検索で入手でき,目的とする分析結果が難なく得られることからHPLCは結果を出すだけのツールになってしまい,クロマトグラフィーを追求することに興味や関心が薄れているのかも知れません。さらに,企業においては生産性の向上に重点がおかれ,即戦力となる人材育成が中心となり,クロマトグラファーなどを育成しにくい環境があると思われます(この点は反省しなければならないと考えています)。

クロマトグラファーは,分析機器に関する豊富な知識と分析対象物だけでなくマトリックスについても理解して,これらの情報から前処理,分離モード,検出法などを選択し,分析法を創出しなければなりません。言い換えれば,多くの観察力や洞察力に加え,意欲,根気,経験などが必要と思われます。クロマトグラフィーは研究の「礎」,「要」となる技術であることは間違いなく,有望な若手の研究者らが是非,興味を持ってクロマトグラファーを目指して貰いたいと願っています。

最後に機器メーカーへのお願いとして,機器の使い易さや応用面だけでなく,機器の構造・原理・特徴や進歩の歴史,ポンプやカラムの分解実習,期待される分析機器のブレークスルーなど,分析機器に関する知識が得られ,興味が沸くような教育の場を提供して頂けることを期待します。

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