vol.85 フロンティアツールを目指して

talkのご執筆
合田 竜弥 先生

2012年10月 発行
合田 竜弥先生

第一三共株式会社 研究開発本部 薬物動態研究所 主任研究員

(ご所属・役職は2012年10月発行時)

「フロンティアツールとしての分析科学」というタイトルで,中村洋先生(日本分析化学会会長)がファルマシアの巻頭言に寄稿されていたのは2001 年(Vol.37, No.11)のこと。その中で「分析化学の存在意義は,新しい方法論を創出して他の分野に提供すること」であり,「分析化学は実験科学に開発武器としての方法論を提供し得る点において,科学の進歩を律速するキーサイエンス」であると書かれていた。加えて,「フロンティア研究はいわゆる格闘技であり,相手より優れた武器を持っているかどうかで勝負が決まる。したがって,プロテオーム研究,メタボローム研究などにおいては,フロンティアツールとしての分析化学の役割はとりわけ重い」とも書かれていた。

製薬メーカーの目的は新薬創出であるが,その創薬根拠は論文等で発表された研究内容であったりもする。その場合,誰もが同じ分析技術を使用可能なことから,莫大な資源を集中投資可能な海外メガファーマに対して,日本企業が関連情報の獲得や開発スピードの点で対等に渡り合うのは困難なことが多い。従って,最初に創薬研究を開始できたとしても,結果的にベストインクラスの新薬創出となってしまう場合が存在する。

一方で,画期的医薬品(ファーストインクラス)の創出には,新しいターゲットや新しいメカニズム等を活用する必要がある。しかし,他社に先んじて新規ターゲット等の『有用な情報』を獲得するためには,単純に言えば他社にはない技術,つまりフロンティアツールとしての分析技術がないと戦えない。なるほど。分析化学を専門とする以上何を志すべきかの明確な方向性を見つけた瞬間だったと思う。

その当時は,「プロテオミクス」がひとつの流行りで,LC-MS を用いた様々な手法が開発されていた。しかし,その大半は同定や相対定量に関する技術であり,微量ペプチドの絶対定量は極めて困難であった。これは,低分子化合物の場合には必ず評価される「操作及び測定時の定量性」といった地味ではあるが根本的な事,例えばペプチドの場合,容器等への吸着等についての評価が十分にされていなかったことが一因と思われる。

フロンティアツールを目指して「LC-MS によるペプチドの高感度定量法」の開発を検討し始めたものの,当時としては理解困難な現象に遭遇し全く成果が得られない時が長く続いた。しかし,ペプチドの吸着能の相転移現象を発見し,その性質を利用した新しいLC(Peptide Adsorption-Controlled; PAC)を開発することで一気に展望が開けた。

新しい概念を思いついた瞬間と,思い通りにシステムを構築できた時の感動は今でも忘れられない。しかし,その背景には,自在に改良可能なLC や,時間や汚れを気にせず利用可能なMS の存在,相転移を勉強するきっかけ等の様々な要因があり,ひとつでも欠けていればできなかったと思う。現在,PAC-LC を用いる事で,数pM レベルで血漿中に存在するペプチドが定量可能となり,さらなる応用展開も見えてきた。

研究機器の発展は途絶えることなく続いており,製薬企業における分析業務も変化し続けている。しかし,ともすると新しい装置を手に入れる事に満足し,装置の本質・可能性を理解せずに使用している場面も散見される。一方で,近年のハイスループット化で機器の共有化が当然となり,必要最小限の装置で実験を行う環境下では,装置を汚すような遊びの実験や,装置の改良はもってのほかであり,新たな分析法を開発するための装置的及び時間的な余裕がないのも事実である。

文頭の誌面で中村先生が「日本では方法論の開発に対する評価が低過ぎる」,「目に見えるものには金を出すが,アイデアや情報のように無形のものを正当に評価するのが不得意」と指摘されている通り,そもそも日本ではフロンティアツールとしての分析法を開発する場が極めて少ないと感じている。島津さんには,今後もフロンティアツールとしての装置 や分析法等の開発を,日本を代表して積極的に行って頂けることを期待しています。

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