vol.81 NOW 多次元ナノフローLC-MS を用いた ペプチド・タンパク質の定性・定量分析

執筆者紹介

vol.81 NOW 多次元ナノフローLC-MS を用いた ペプチド・タンパク質の定性・定量分析

山田 尚之 先生

味の素株式会社 イノベーション研究所 主席研究員 (ご所属・役職は2011年10月発行時)

生体内に存在するペプチド・タンパク質を包括的に解析するペプチドミクス・プロテオミクスは,生体メカニズムの解明,創薬ターゲットやバイオマーカー探索の分野で重要な技術である。その要素技術である高感度ナノフローLC-MS/MS は,生体内の極微量のペプチド・タンパク質を同定する定性分析で進化し,近年は定量分析へと展開している。この要素技術は,バイオ医薬分野においても,抗体医薬やバイオシミラーの詳細な一次構造解析・糖鎖構造解析など,極めて重要な役割を果たしている。

生体試料は幅広い存在比の多種多様なタンパク質群から構成されているため,分離能と感度に対する分析法への要求は極めて高く,プロテオミクスはナノフローLC が使われる数少ない研究領域である。内径が50-75 μm のナノカラムと呼ばれる細いカラムが用いられ,内径に対応し流量も50-200 nL/minといった超低流量のHPLC システムが必要となる。これにより,カラムから溶出するペプチドの濃度が高くなることで,質量分析のS/N の向上が期待される。最近は数社から,ナノフローLC が販売されているが,まだまだ一般的には,マニアックなHPLCの印象を持たれているのではないか?

高感度を達成するためには,配管やバルブなどHPLC システム全てにわたって非特異的吸着をできる限り軽減することが肝要である。また,試料の拡散防止や分析時間の短縮を図るために,システムのデットボリューム,スウェプトボリュームを最小限にする必要がある。これに伴い,配管の内径が小さくなることで,背圧が上昇したり,配管が閉そくしたりするトラブルが起き易くなる。私たちは,ナノフロー液体クロマトグラフ Prominence nano(島津製作所製)のプロトタイプから使用し,改良を重ねていただいたことで,低吸着で詰まりにくく,安定で再現性の高い連続測定を実現している。

生体試料中のタンパク質同定能を上げるためには,前処理による分離が重要である。イオン交換やアフィニティークロマトグラフィーを用いてオフラインで分画後,各画分をトリプシン消化し,得られたペプチドを1 次元ナノフローLC-MS/MS で分析する手法が主流である。しかし,大変な手間と時間がかかるため,私たちは図1 に示した2 次元ナノフローLC-MS/MS を採用している。分離モードの異なるクロマトグラフィーを組み合わせることにより,ペプチドの分離能が格段に向上することが期待される。また,全ての分離分析をオンラインで行うことが可能なため,再現性の向上と省力化が可能である。酵素消化により得られたペプチド混合物は,最初にイオン交換カラム(内径 1 mm × 長さ50 mm)に導入される。吸着されなかった成分は,逆相トラップカラム(内径 0.2 mm)に捕捉される。次にバルブA を切り替えてトラップカラムを脱塩した後,バルブB を切り替え,トラップカラムに保持されたペプチドを分離ナノカラム(モノリス 内径0.05 mm × 長さ50 mm;GL サイエンス製)を経て,グラジエント溶出により質量分析計に導く。イオン交換クロマトグラフィー緩衝液の塩濃度を段階的に上げることで多次元ナノLC を行う。

2次元ナノフローLC 図 1 2次元ナノフローLC

 

例として,ウシ血清アルブミンのトリプシン消化物の分析結果を紹介する。還元アルキル化したウシ血清アルブミンのトリプシン消化物を前述のイオン交換カラムとモノリスカラムからなる2 次元ナノフローLC-MS/MS で測定した(LC: Prominence nano 島津製作所製,MS:OrbitrapMS サーモフィッシャーサイエンティフィック製)。イオン交換クロマトの溶出ステップを2 段で実施し,得られた質量分析データはタンパク質同定ソフト(Mascot,マトリックスサイエンス製)で解析した。帰属できたアミノ酸配列は66.6 %と一般的な1 次元ナノLC-MSによるカバー率と同等あるいは若干高い値であった(peptide probability score >95 %, FDR 0.0 %)。次に,ウシとヒト由来の血清アルブミンを等量混合した試料について,イオン交換クロマトグラフィーを11段で分析した。その結果,ウシ,ヒト由来のアルブミンを各々区別して同定することができ,それぞれ91.6 %および93.8 %とカバー率が著しく向上した。

バイオ医薬品や抗体医薬などのペプチドマッピングにおいては,できる限り全配列を観測すること,微量に含まれる類縁体を分析できることが望まれる。そのために,トリプシン以外の特異性の異なる酵素を用いて,複数のペプチドマップを作成することがある。多次元ナノフローLC-MS/MS を用いることで帰属配列カバー率が上昇することは,バイオ医薬分野においても大変有用と考えられる。

多次元ナノフローLC による自動化というメリットを実現するためには,頑健性と安定性の両立が必要である。試料間の比較や定量分析を行う場合には,グラジエントの再現性も重要である。図2 のマスクロマトグラムのように,ナノフローLC-MS であっても高い再現性を有している。高感度・高分離能と頑健性を有する自動分析を達成するためには,LCのみでなく,質量分析計,特にナノスプレーイオン化の頑健性も重要なポイントである。こちらについては,別の解説を参照いただければ幸いである[1]。

ヒト血清アルブミンのトリプシン消化物の1 次元ナノフローLC-MS クロマトグラム(高い再現性)

図 2 ヒト血清アルブミンのトリプシン消化物の1 次元ナノフローLC-MS クロマトグラム(高い再現性)

謝辞
ナノフローLC プロトタイプ版の改良をしていただいた株式会社島津製作所分析計測事業部の皆様にお礼申し上げます。掲載データについては,弊社,徳永絢香さん,湯地玲子さんに感謝します。

引用文献

  1. [1] 「プロテオミクスのためのナノエレクトロスプレーイオン化質量分析計:高感度と使いやすさの両立」
    山田尚之,化学と生物, Vol.45, No.9, 2007,
    https://www.an.shimadzu.co.jp/case-studies/bridge/bridge06/index.html

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