vol.70 NOW 「薬物トランスポーター研究におけるLC/MSの功績」

NOWのご執筆
楠原 洋之 先生

2008年10月発行
楠原 洋之先生

東京大学大学院薬学系研究科 分子薬物動態学教室 准教授

(ご所属・役職は2008年10月発行時)

薬物トランスポーターは膜蛋白であり,多様な構造的特徴を持つ低分子化合物の細胞膜透過を制御している。 生体内では,医薬品の吸収部位である消化管や排泄臓器である肝臓や腎臓,血液脳関門(脳毛細血管内皮細胞)など血液組織関門に発現し,医薬品の体内動態(血液中での滞留性や組織分布)を支配している。 筆者は1) 薬物トランスポーター分子の同定とその基質選択性の解明,2) in vivoでの医薬品体内動態における重要性の評価,3) 医薬品体内動態の個体間変動要因として併用薬との薬物間相互作用やトランスポーター遺伝子の多型を明らかにすることを目的として研究を行っている。

2000年と2006年にLC/MSを研究室に導入した。 LC/MSの導入により薬物動態領域におけるトランスポーター研究は大きく発展した。 LC/MS導入前は, 3 Hや 14 Cなど放射性同位元素で標識された化合物を用いた輸送実験が中心であったが,標識体が入手できる化合物は限られている。 HPLCによる分離分析も行っていたが,定量感度や測定のスループット,測定条件確立のためにかかる時間等を考慮すると,少なくとも筆者の研究室ではルーチンに非標識体を利用するという状況には至らなかった。 LC/MSを導入したことにより,測定感度やスループットが劇的に向上するとともに,簡単なトレーニングで学生でも定量系を構築できるようになった点は非常に大きい。 その結果,上市されている医薬品を広く解析のターゲットとすることが可能になり,医薬品体内動態における薬物トランスポーターの重要性を示すデータを多く得ることができた。 1例として,BCRPでの例を紹介する。

BCRPは分子内にATP水解活性を持ち,ATPの加水分解と共役して,細胞外へ異物を排出するトランスポーターである。BCRPは肝臓や消化管で生体異物やその代謝物の胆汁排泄や消化管吸収の抑制に働くことが明らかにされていた。 筆者らは,BCRPが血液脳関門を構成する脳毛細血管内皮細胞の血液側細胞膜に発現している事を見出し,血液中へと積極的に異物を排出することで,血液中から脳内へと移行する正味の薬物量を抑制していると期待していた。 しかし,期待とは裏腹に,放射性標識されたBCRP基質(DHEASやmitoxantrone)で検討したところ,BCRPを発現しないよう遺伝的に改変したマウス(BCRPノックアウトマウス)の脳内濃度はコントロールである野生型マウスの脳内濃度とほぼ等しかった。 この結果には落胆したが,さらに,非標識体を用いて,BCRPノックアウトマウスで脳内濃度が増加する化合物を探索したところ,植物エストロジェンや発ガン性物質,医薬品等を見いだすことができ,BCRPは血液脳関門の関門機構として重要であることを示すことが出来た。 また脳以外でも,BCRPは精巣や精巣上体の血管内皮細胞に発現し,BCRP基質となる化合物の組織内への移行を抑制していることを明らかにした。 さらに,過剰発現細胞を用いたin vitro輸送実験により,BCRP基質の一部は血液脳関門に発現する薬物トランスポーターであるP-glycoproteinの基質ともなることを見いだした。 共通の基質となる薬物については,血液脳関門で2つのトランスポーターがくみ出しに働くために,1つを欠損しても大きな脳内濃度の変化が生じなかったものと考えている。 これらの発見は,LC/MSで測定条件が簡便に確立できること,1検体あたりの測定時間が短時間である点におうところが大きい。 現在,LC/MSは研究室の必須の備品として,ほぼ毎日24時間,365日稼動しており,新しい発見に貢献してくれている。

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