vol.70 超高感度分析技術が可能にする 新しい医薬品開発ストラテジー

talkのご執筆
山下伸二 先生

2008年10月発行
山下伸二先生

摂南大学薬学部 薬剤学講座 教授

(ご所属・役職は2008年10月発行時)

21世紀に入り,新たに承認される医薬品の数は日米欧ともに年々減少している。 その最大の原因は,臨床試験の成功確率の低さにある。 現在我が国では,臨床試験の段階まで到達した新規医薬品候補化合物のうち,最終的に医薬品として承認される確率はわずか8%という,極めて深刻な状況にある。 これは,画期的な新薬を待ち望んでいる多くの患者に対して不利益をもたらすのみでなく,医薬品開発にかかるコストの急騰と開発時間の長期化により,製薬産業の衰退を招くことになる。 特に欧米のメガ企業に比べて体力に劣る日本の製薬企業にとってはまさに危機的な状況と言っても過言ではない。

実際に開発が中止された事例として,in vitroで強い活性を示し,前臨床で薬効・毒性に関する十分な検討を経て選択された化合物であるにもかかわらず,ヒトにおいてその有効性・安全性を担保出来なかったというケースが多く報告されている。 これは,1) ヒトにおいて吸収が不十分,あるいは血中からの消失が極めて早く治療に必要な血中濃度が確保出来ない,2) 治療に有効な濃度の薬剤が標的部位に到達しないため有効性が担保出来ない,3) 標的部位以外の正常組織に過剰に移行し有害な反応(毒性)を引き起こす,など体内動態(吸収・分布・代謝・排泄)面での不適切さに起因するところが大きいと考えられる。

この様な状況下,本年我が国では,マイクロドーズ(MD)臨床試験の実施が認められた。 MD臨床試験とは,本格的な臨床試験の開始前に,薬効用量の1/100または100μg以下という非常に低い投与量 (マイクロドーズ) の被験化合物を健常人に単回投与する試験であり,第Ⅰ相臨床試験の実施前に行うことによって,被験化合物のヒトにおける薬物動態の検証を可能とした画期的な試験である。 しかし,最近の新規医薬品はターゲット分子に対するaffinityが高く,薬効用量も低くなる傾向にあるため,その1/100以下という極めて微量で投与された薬物およびその代謝物の血中・尿中濃度をいかにして正確に定量するかが,MD試験実施における大きな課題として残されている。 日本のガイダンスでは,MD臨床試験における被験物質測定法として,加速器質量分析計(Accelerator Mass Spectrometry:AMS),高感度の液体クロマトグラフ質量分析計(LC/MS/MSなど),およびPositron Emission Tomography(PET)等を用いた画像解析法の三種の方法が記載されている。 このうち,PETは主として組織への薬物移行をreal timeで解析するという特殊な目的に用いられるため,血中濃度などの定量にはAMSもしくはLC/MS/MSが利用される。

AMSは極めて検出感度が高いものの, 14 C等の放射性同位元素による標識化に多大な手間とコストがかかる上,現在日本で利用可能な施設は加速器分析研究所のみであるため,出来るだけ非標識化合物による試験の実施が望ましい。 現在,高感度LC/MS/MSを用いることによって,多くの薬物についてそれ自身およびmajorな代謝物の検出が可能であることが示されている。 しかし,最近,米国FDAからヒト特異的代謝物の毒性試験に関するガイダンスが公示されたこともあり,製薬企業にとってはヒト特異的代謝物を早期に検出することがMD臨床試験の主たる目的の一つとなっている。 今後,血中あるいは尿中に存在する微量な代謝物を精度良くかつ網羅的に検出出来るTOF MSなどの高感度分析技術,あるいは反応性代謝物の検出を可能にする生体高分子解析技術などの開発によって,我が国におけるMD臨床試験の実施を促進し,ひいては効率的な医薬品開発が可能になるものと期待される。

本年筆者は,東京大学の杉山雄一教授とともに,日本におけるMD臨床試験の基盤作りとその有効活用法の構築を目的としたプロジェクトをスタートする機会を得た(本年度のNEDO「基礎研究から臨床研究への橋渡し促進技術開発」プロジェクトとして採択された)。 本プロジェクトの遂行には機器分析企業の協力が必須であることは言うまでもない。 今後,島津製作所にもいろいろな形でご協力いただければ幸いである。

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