vol.114 HPLCは薬物治療と薬剤師の可能性を拡げる

独立行政法人国立病院機構 大阪医療センター 矢倉 裕輝 先生

2021年1月 発行
矢倉 裕輝 先生

独立行政法人国立病院機構 大阪医療センター
(ご所属・役職は2021年1月発行時)

●はじめに

私が液体クロマトグラフィーと深く関わるようになったのは学生時代ではなく,卒後,現在の施設で勤務するようになってからです。現在,私は病院薬剤師として主に感染症領域の薬物治療に携わっており,特にヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症の日常診療において日々患者さんと面談を行いながら,抗HIV薬を用いた薬物治療の個別最適化を目指して研究を行っています。この研究目的を達成するために,如何にLCが臨床現場ならびに研究において活躍しているかご紹介したいと思います。

●薬剤の溶出挙動の相違が副作用を変える

抗HIV薬は新規化合物をいち早く患者さんに届けるために,まず設計しやすい剤型で製剤化され,販売されます。その後,検討が加えられ,より服薬しやすい剤型に変更が行われます。エファビレンツと呼ばれる薬剤が,当初非常に大きいカプセル剤から錠剤に変更された際に,同薬剤の特徴的な副作用であるめまい,ふらつき症状を呈する患者さんが続出しました。薬剤の崩壊および溶出挙動の相違の可能性を考え,当時は病院にLCがなかったため,母校の製剤学研究室で溶出試験をすることとなりました。各剤型を胃および腸を想定した環境下に暴露し,経時的な薬剤の溶出率をHPLCで測定しました。私が考えていたとおり,剤型間で溶出挙動が異なり,それは患者さんが訴える症状とリンクするものでした。

●薬剤を懸濁した際の有効成分の安定性

抗HIV薬はほぼ一生涯の投与が必要であるため,簡便な服薬ができるように,販売されている剤型は殆どが錠剤もしくはカプセル剤です。しかしながら,偶発的な事故等でそのままでの投与が難しい場合はお湯等で崩壊,懸濁させた上で投与しますが,懸濁した際の有効成分の安定性が懸念されます。そのため,前述の検討同様,再度母校でHPLCを用いて,懸濁時の熱安定性について検討を行うこととしました。殆どの薬剤は問題がありませんでしたが,当時頻用されていたテノホビルジソプロキシルフマル酸塩(TDF)は追加で行ったLC/MSを用いた検討と併せて,経時的にエステルの加水分解が進行することがわかりました(図1)。

図1 TDFのクロマトグラム

図1 TDFのクロマトグラム

●抗HIV薬の血中濃度測定

現在の抗HIV薬はウイルスの増殖プロセスをブロックすることで,ウイルスの増殖を抑制する薬剤です。そのため,体内からのウイルスの完全な駆逐は難しく,常に標的細胞内に必要最低レベル以上の薬剤を維持する必要があります。また,抗HIV薬は市販前の臨床試験,いわゆる治験を国内で実施することなく,海外データのみで承認されることから発売時点での日本人の薬物動態に関するデータはほとんどありません。そのため,抗HIV薬の投与開始後は血中の薬物濃度を測定する必要がありますが,様々な問題から現時点では保険診療の範囲では測定ができません。臨床研究として研究班のシステムを利用することで測定はできますが,外部での測定になるため,検体提出と結果報告に一定の時間差があり,早く結果が必要な臨床現場のニーズに応えることができていない現状があります。

●念願のHPLCが来た

このようにHPLCを用いた検討を行いたい場合は大学に出入りしていました。しかしながら,HIV感染症患者さんの血液を用いた検討は,感染のリスクがあるため大学では実施できず,臨床現場のニーズに応えることができていませんでした。

何とか,製剤学的な検討結果と臨床現場における客観的な評価指標となる,薬物血中濃度測定結果をリンクさせていきたいと考えていたある日,上司から他の施設でHPLCを更新するため,現在使用しているHPLC不要となるとの話が出ているが必要か?との話が舞い込んできました。私は二つ返事で,是非お願いしますと返答しました。

後日,コントローラー,ポンプ,脱気装置,オートサンプラ,カラムオーブン,UV検出器,蛍光検出器からなる「Shimadzu LC-10A VPシリーズ」が運ばれてきました。島津アクセスのサービスマンの方に据え付け,セッティングをして頂き,血液検体の前処理を行った上で,逆相系カラムを用いていざ測定へ。初めて測定を行った薬剤は,頻用されている薬剤の一つであるラルテグラビルでした。再現性もよく,安定性した測定ができると確認できた時,研究だけでなく,必要時にすぐに測定が行うことができるため,実際の医療現場におけるニーズにも対応できるようになったと実感した瞬間でした。その後,測定薬剤も増やし,現在では主要な薬剤の殆どを測定することが可能になるに至っています。更に測定を続けていく中で,タイミングよく機器の更新についても許可がおり,すべての機器をLC-20シリーズに更新して頂くことができ,非常に快適な環境で測定をさせて頂いております。現在は日々の測定を行いつつ,少しでも多くの施設で測定が可能となるよう,MSによる測定方法のみが報告されている薬剤について,HPLCでの測定が可能となるよう検討を行なっています。また,現在の新型コロナウイルス感染症の流行を鑑み,効果が期待されている薬剤の一つであるファビピラビルについて,暴露のリスクを最低限にできるよう,極力簡便な手技で前処理が済む血中の薬物濃度の測定系の確立についても検討を行なっています。

●さいごに

医療の現場では様々な薬剤の効果,副作用モニタリングの指標として血中の薬物濃度のモニタリングが行われています。患者さんの背景はそれぞれ異なるため,測定結果はもちろん異なります。しかしながら,同一の薬剤を投与した際に患者背景がほぼ同様であるにも関わらず,異なる現象が起こることがあります。その際,製剤学的観点からのアプローチを行うことは薬剤師が発揮すべき職能の一つであり,LCは原因究明のための強力なパートナーであると考えます。更にLCは,コマーシャルベースでは利用できない薬剤の血中の薬物測定についても検討を加えることで測定できる可能性があり,薬物治療の可能性を拡げる有用なツールと考えます。このようにLCは臨床現場における「不確かさ」を「確かさ」に変える可能性を持っていると思います。

最後になりましたが,今回私のようなものに様々な分野でHPLCを活用され,活躍されている方々が愛読されているLCtalkへの寄稿の機会を頂けましたことにつきまして,深く感謝申し上げます。

執筆者紹介

神戸薬科大学大学院薬学研究科博士課程修了。現在,国立病院機構 大阪医療センター 薬剤部 研究教育主任,同 臨床研究センター エイズ先端医療研究部 副HIV感染制御研究室長。日本エイズ学会 理事。

【専門分野】HIV感染症
【将来の夢】薬物治療の個別最適化,子供の結婚式に出席する
【趣  味】車いじり,お酒など

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