11. キャリーオーバー vs. ニードル洗浄テクニック

ニードル表面にはサンプルが薄膜状態で残存しているが,これ対する処置として,(1)全く洗浄しない,(2)洗浄液に浸す,(3)洗浄液を送り込んで洗い流す,という3通りの対処方法がある。
この例では,Chlorhexidine
(注) を使ってテストしている.

(注) クロロヘキシジン;吸着性の高い塩基性サンプル。

No Rinseはニードル洗浄を全く行わない場合であるが,約0.07%のキャリーオーバーが発生している。
Dip Onlyのようにニードルを洗浄液に浸すだけの場合,キャリーオーバーは洗浄無し(No Rinse) と比較して,約半分の量まで減少する。 Dip Onlyでは洗浄液が静止しているため,拡散によって汚れが落ちているだけであり,このため,浸している時間を長くしてもその洗浄効果を高めることはできない。
一方,Active Rinseのようにニードルが洗浄液に浸っている状態で洗浄液の置換を行った場合,つまり洗浄液でニードル表面を洗い流す場合,キャリーオーバーは洗浄無し(No Rinse) と比較して,約1/3の量まで減少する。

 

 
ニードル先端にあいているサンプル吸引のための穴は小さく,そして,この貫通穴が続く先の端面は閉じられている。 このため,ニードルが洗浄液に浸っていても,ニードル先端からのサンプルロスは生じない。-

12. キャリーオーバー vs. ニードル材質

この例もChlorhexidineを使ってテストしているが,ここではニードル表面へのサンプル吸着が化学的な作用で生じている場合を考えてみる。 一般に,ニードルの材質はステンレスであるが,この場合,約0.04%のキャリーオーバーが生じている。 PTFE樹脂やPEEK樹脂は疎水的な性質をもつため,これらをニードル表面へコーティングした場合,キャリーオーバーを低減することができるものの,コーティング効果の寿命が短いという欠点がある。 一方,特殊コーティング製のニードル (注) を用いると,キャリーオーバーは 0.0009%まで減少する。

(注) 弊社LCの場合,SIL-20A(HT) / SIL-HT / LC-2010HTにおいて,このニードルを標準採用している。 また,LC-2010やSIL-10ADvpでは,オプションとしてこのニードルを用意している。

 

この特殊コーティング製ニードルは非常に耐久性が高く,2万回以上の注入動作においても吸着抑制効果を発揮できる。-

13. キャリーオーバー vs. バルブローターシール材質

ニードルシール及びニードル以外でキャリーオーバーが生じる可能性があるのは,6方バルブのローターシールである。
ベスペル®は耐磨耗性能が高く,ローターシールの材料として多くの6方バルブに採用されている樹脂であるが,疎水性サンプルが吸着しやすい上,高pH域において耐薬品性に劣る.デルリン®やテフゼル®は,高pH域において耐薬品性の問題は生じない。 一方,PEEK樹脂はこうした疎水性サンプルの吸着が生じにくい上,全pH域で使用できるという特長がある。

14. ニードル洗浄液の選択

イオン性サンプルを分析する場合,ニードル洗浄液の選択が重要となる.例えば,対イオンを添加したニードル洗浄液は吸着抑制に効果があり,キャリーオーバーを減少することができる。 また,疎水性サンプルを分析する場合も,ニードル洗浄液の選択が重要となる.この場合は,ニードル洗浄液として有機溶媒を使用することにより,キャリーオーバーを減少することができる。
一方,ニードル内部
(注1) あるいはカラム等に吸着した疎水性サンプルは,グラジエント分析の場合,分析の最終段階において高濃度の有機溶媒を移動相として送液することにより,洗い流すことができる。 そして,この高濃度の有機溶媒条件による洗浄は,アイソクラティック分析においても有用である。

(注1) 弊社LCでは,SIL-20A(HT) / SIL-HT / LC-2010(HT) / SIL-10ADvp等の場合,ダイレクト注入方式(移動相がニードル内部を通過する方式)を採用しているため,ここで紹介しているようなニードル内面の洗浄が行われる。
しかし,SIL-10AF/SIL-6A等の場合,移動相はニードル内部を通過しないため,移動相によるニードル内面の洗浄は行われない。 ちなみに,SIL-6Aではサンプル吸引方式(pull-to-fill design)を採用しているが,これはSIL-10AFのサンプル押込み方式(push-to-fill design)よりも1世代前の注入方式であり,SIL-20A(HT)等のダイレクト注入方式(integral needle-loop design)よりも2世代も前の古い注入方式である。

ところで,オートサンプラの液漏れ等によるトラブルを防止するため,不揮発性溶液,例えばリン酸緩衝液をニードル洗浄液として使用するのは避けるべきである。 この代替としては,低pH域用としてギ酸,高pH域用として水酸化アンモニウムを推奨したい。
また,ニードル洗浄液の脱気やパージを実施することにより,安定した性能を維持することができる(注2)

 

 
(注2) 弊社LCでは,SIL-20A(HT) / SIL-HT / LC-2010(HT) / SIL-10ADvp等の場合,ニードル洗浄液流路の一部をサンプル計量時の一流路として利用している.脱気やパージによってニードル洗浄液流路の気泡発生を抑制することにより,安定した性能が発揮できる。
ニードル洗浄液は,移動相と同じような取扱いが必要である.定期的に交換し,また,洗浄液ビンも汚れのないものに交換(あるいは洗浄)することにより,微生物の発生等を防ぐことができる。-