vol.22 顕微赤外分光法を用いた岩石の地質学的温度計解析

FTIR TALK LETTER
壷井 基裕 先生, 木村 雅早 先生

2014年5月発行
壷井 基裕 先生, 木村 雅早 先生

関西学院大学 理工学部


(ご所属・役職は2014年5月発行時)

1.はじめに
 岩石や鉱物は,その誕生から現在に至るまでの様々な情報を記録している。我々はその情報を解析することにより,地球の歴史や成り立ちを理解することができる。物理学者の中谷宇吉郎は,雪の結晶と気象についての研究から「雪は天からの手紙である」と表現したが,これになぞらえるとまさしく岩石は,「地球からの手紙」と言うことができる。これら岩石から情報を引き出すためのツールとして,近年,地球科学分野において,赤外やラマン分光法が盛んに用いられるようになってきた。特に岩石を構成している種々の鉱物から得られる分光学的情報は,岩石がどのような「温度」や「圧力」で形成されたかという「岩石の形成環境」を理解する上で数々のデータを提供する。それら研究の代表例として,顕微赤外分光法により,鉱物中に含まれる水の分析から,変形・変成作用との関係が議論された研究1)や,顕微ラマン分光法によって,ざくろ石などの鉱物中に閉じ込められた石英のスペクトルから,変成作用による残留圧力の推定が行われた研究2)などが挙げられる。従来から地球科学,特に岩石学や構造地質学の分野においては,偏光顕微鏡を用いた岩石薄片の観察により,岩石や鉱物の同定・組織の観察が行われてきた。これらのベーシックな偏光顕微鏡による観察は依然として重要であるが,そこに赤外やラマンによる分光学的な情報が加わることにより,岩石形成環境に関して今まで簡単に得ることができなかった水の含有量や残留圧力といった新たな情報が得られるようになってきた。 そして得られた情報は,地球の成り立ちの解明に新たな制約条件を与えるものとなっている。特に非破壊で,微小領域の分析を行うことができる顕微分光法は,地球科学,特に岩石・鉱物学の研究において必須の手段となりつつあり,それらを使った研究はこの分野の研究に大きな進展をもたらしている。
 本稿では,これら岩石の分析から得ることができる様々な情報のうち,とくに変成岩から得られる情報に着目する。変成岩は,もとあった岩石が,地下深くなどの異なる温度や圧力に曝されることにより,その鉱物組み合わせが変化した岩石である。変成岩の研究において岩石の形成された環境である「温度」や「圧力」を解析することは,変成作用とそのメカニズムを解析する上で重要である。特に岩石が変成作用によってどのくらい高温に曝されたかを示す温度を変成温度といい,「地質学的温度計」という手法を用いて推定する。地質学的温度計には様々な種類のものが存在するが,本研究では主に石灰岩類の変成温度解析に用いられる「ソルバス温度計」に着目する。

2.ソルバス温度計
 岩石は一般に複数の種類の鉱物が集まることにより構成される。これら一つ一つの鉱物は,天然に産する結晶である。鉱物の中には結晶中で,ある元素が占めるサイトが電荷やイオン半径の似た他の元素によって置換される場合がある。また,これらの置換が2種類の端成分鉱物の間で連続的に起こり,連続固溶体を形成するものもある。固溶体鉱物の化学組成に関して温度との相関がある場合,鉱物の化学組成分析から岩石の経験した温度を推定することが可能となる。図1は石灰岩に一般的に含まれる鉱物である方解石CaCO3と苦灰石CaMg(CO32の間に存在する固溶体について,温度と鉱物の化学組成との関係を表したものである。三方晶系の炭酸塩鉱物である方解石と苦灰石の間には,方解石のCaのサイトにMgが置換することで,様々なCa/Mg比を持った連続固溶体が存在する。1100℃以上では2つの炭酸塩鉱物の間に連続的なCa/Mg比の組成変化が見られるが,それ以下の温度では組成にギャップが生じ,2相に分離する不混和領域が存在する。その不混和領域の境界線となる曲線をソルバスと呼ぶ。方解石に着目すると,変成温度が高ければ固溶することができるMgの量も増大することになる。従って,周囲にMgが十分にある環境,すなわち石灰岩中で苦灰石と共存している方解石のMg量は,その岩石が過去に変成作用が起こったときに経験した温度を反映することになる。よって,方解石のMg量を定量し,そのCa/Mg比からソルバスを用いて温度に変換することにより,その岩石が経験した温度(変成温度)を推定することができる。特に方解石-苦灰石固溶体系において,方解石側のソルバスは,温度の変化に対する組成変化の割合が大きく,様々な実験研究によって詳細に決定されている。この鉱物に含まれるMgの定量には従来,電子プローブマイクロアナライザ法(EPMA)や粉末エックス線回折法(XRD)が用いられてきたが,EPMA法では電子ビームによる鉱物試料の損傷による測定の難しさが問題となり,また,XRD法では試料を粉末にする必要があるため,鉱物粒子以下(サブグレイン)の空間解像度での測定が困難であるという問題があった。

図1 方解石-苦灰石固溶体系のソルバス
図1 方解石-苦灰石固溶体系のソルバス
 

3.顕微赤外分光分析による方解石に含まれるMgの定量
 炭酸塩鉱物の赤外分光スペクトルを図2に示す。680-1120cm-1の指紋領域には3つの鋭い吸収帯がある。これらは三方晶系の炭酸塩鉱物のCO32-の内部振動モードに対応し,700cm-1周辺はν4モード(面内振動),875cm-1周辺はν2モード(面外振動),1100cm-1周辺はν1モード(対称伸縮振動)の基準振動に帰属される。また,同じ炭酸塩鉱物でも金属元素の種類が異なれば,これらが現れるピーク位置が異なる。これは結晶内での金属元素のイオン半径の差によるものであり,イオン半径が大きくなると現れるピーク位置は低波数側へシフトする(表1)。

図2 方解石・苦灰石の赤外吸収スペクトル
図2 方解石・苦灰石の赤外吸収スペクトル
 
表1 金属元素の違いによる炭酸塩鉱物のν4ピーク波数の違い
表1 金属元素の違いによる炭酸塩鉱物のν4ピーク波数の違い
 

 方解石-苦灰石固溶体系の赤外分光スペクトルにおいて,無機物や生物起源のMgを含む方解石のν1とν4ピークはMg量増加に伴って高波数側へシフトすることが報告されている3)。FeやMnの置換による影響を除くため,FeとMnが0.3mol%以下のデータを用いて,方解石中のMg量に対するν4ピークの検量線を作成した(図3)。この検量線を用いることにより,赤外分光法を用いて方解石のν4ピークを測定することにより,そこに含まれるMgを定量することが可能となる。また,天然においてMgを含む方解石から苦灰石が離溶することもあるが,これは赤外スペクトルを見ることで判断できる。

方解石のマグネシウム含有量(XMg)とν4ピークの関係
図3 方解石のマグネシウム含有量(XMg)とν4ピークの関係
 

4. 天然の岩石への応用
 赤外分光分析によって天然の岩石に含まれる方解石についてMg量を定量し,変成温度を推定することが可能かを検証するため,岐阜県揖斐郡揖斐川町春日の貝月山花崗岩による接触変成帯に産出する石灰岩をケーススタディとしてその有用性を検証した。春日地域には,主に堆積岩類である砂岩,泥岩,チャート,石灰岩と塩基性火山岩から構成されるジュラ紀美濃-丹波帯付加コンプレックスと貝月山花崗岩が分布する(図4)。堆積岩類は後の白亜紀に貫入した貝月山花崗岩により,およそ2.5-3kmの範囲で接触変成による熱変成作用を受けている。石灰岩のほとんどは方解石と苦灰石から構成され,他に石英,滑石,透角閃石,透輝石,苦土かんらん石が含まれる。その多様な鉱物組み合わせは変成の程度によって異なる4)。この接触変成帯についてはSuzuki(1977)5)により変成温度の分布について詳細に研究がなされている。本研究では,顕微赤外分光法による変成温度推定とともに,従来から行われているEPMAによる手法を行いと双方を比較した。

図4 岐阜県揖斐川町春日地域の地質図
図4 岐阜県揖斐川町春日地域の地質図
 

 顕微赤外分光分析用の岩石薄片試料は,岩石チップ(縦2cm×横3cm×厚さ1cm)を切り出し,片面を研磨剤3000番まで研磨したのち,熱可塑性仮接着剤(クリスタルボンド)を用いてスライドガラスに接着した。スライドガラスに貼付した反対側の面を研磨し,最終的に研磨剤3000番を用いて厚さ約30-50µmにした。このプレパラートをホットプレート上で加熱して仮接着剤を溶解させ,岩石試料をスライドガラスから剥がし,透過分析用岩石薄片を作成した。岩石薄片試料は顕微赤外分光器(島津製作所製,IRPrestige-21, AIM-8800)を用いてアパーチャー50µm×50µm ,分解能0.5cm-1,積算64回の条件で透過赤外吸収スペクトルを測定した。測定は1試料につき30ヶ所以上の方解石結晶の中心部分を測定した。図5に貝月山花崗岩接触面から約2kmの範囲に広がる石灰岩の変成温度分布を示した。顕微赤外分光法によるν4のピークからMg量を定量し,最も高いMg含有量から石灰岩が被った変成温度を算出した。変成温度は,顕微赤外分光法では650-400℃,接触面近傍では約650℃で,貝月山花崗岩から1km離れるごとに温度が約100℃下がる結果となった。これは先行研究5)によって報告されている変成温度分布と調和的である。また,顕微赤外分光法により推定した変成温度と,EPMA分析により推定した変成温度を比較したところ良い相関が見られた(図6)。

図5 顕微赤外分光法によって推定された変成温度(℃)
図5 顕微赤外分光法によって推定された変成温度(℃)
 
図6 顕微赤外分光法とEPMA法による推定変成温度の比較
図6 顕微赤外分光法とEPMA法による推定変成温度の比較
 

5.まとめ
 現在まで,石灰岩における方解石-苦灰石ソルバス温度計を用いるためには,EPMAやXRDを用いた変成温度推定が主流であった。しかし,電子線を使用するEPMAは炭酸塩鉱物測定時の電子ビームによる試料損傷に注意が必要であり,またXRDによる分析方法ではサブグレインでの分析が難しいという問題があった。顕微赤外分光法を用いることにより,結晶の同定とMg含有量の2つの情報をスペクトルとして得ることができる。これにより,苦灰石の離溶を含まない方解石結晶を判別し,方解石の正確なMg量を定量することが可能となった。また,顕微赤外分光法は非破壊分析であり,岩石薄片を作成する以外に特殊な加工は必要なく,迅速に測定できるメリットも大きい。顕微赤外分光法による方解石-苦灰石ソルバス温度計を用いた石灰岩の変成温度推定法は地質学研究において新たなツールとなる可能性を秘めている。

参考文献

1) S. Nakashima, H. Matayoshi, T. Yuko, K. Michibayashi,T. Masuda, N. Kuroki, H.Yamagishi, Y. Ito, A. Nakamura,Tectonophysics, 245, 263-276 (1995).
2) M. Enami, T. Nishiyama, T. Mouri,American Mineralogist,92, 1303-1315 (2007).
3) M. E. Böttcher, P. L. Gehlken, D. F. Steele,Solid State lonics, 101-103, 1379-1385(1997).
4) 鈴木和博,地質学雑誌, 81, 487-504 (1975).
5) K. Suzuki,Contributions to Mineralogy and Petrology,61, 79-89 (1977).
6) L. M. Anovitz and E. J. Essene,Journal of Petrology,28, 389-414 (1987).
7) 産業技術総合研究所"20 万分の1 地質図岐阜" (1992).
8) C. K. Huang, P. F. Kerr,American Mineralogist,45, 311-324 (1960)

関連情報

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