ATRの注意点 その1:プリズムの違い,試料状態変化

FTIR基礎・理論編

FTIR TALK LETTER vol.1(2003)
ATR法(全反射法,内部反射法)は前処理が不要であることや試料の表面情報が得られる点などから,フィルム,ゴム,プラスチック,液体試料などの測定に広く用いられてきました。 さらに,顕微鏡ATR対物鏡,1回反射ATR測定装置などの登場により,微小物,微小領域の測定や従来法ではプリズムとの密着が悪く測定しにくかった粗面のものや湾曲した試料,粉体試料などの測定が簡便かつ感度良く測定できるようになっています。
このATR法は,もぐり込み深さが波長に比例しているため低波数側のピーク強度が相対的に強く現れることや,屈折率の高い試料はピークが歪んだりベースラインが曲がるという特長を持つことはよく知られていますが,それ以外にもピーク位置や強度の変化が起こることがあります。

1. プリズムの違いによる部分的なピークシフト

ZnSeプリズムを用いたATRスペクトル

屈折率の高い試料のATRスペクトルはその透過スペクトルに比べピークが歪んだり,低波数側にシフトすることはよく知られています。 しかし,樹脂など屈折率1.5前後とされている物質のATRスペクトルにおいても同様の現象が部分的に起こることがあります。
図1,2はPET(ポリエチレンテレフタレート)フィルムを1回反射ATR測定装置MIRacleにて測定した結果です。 プリズムはZnSe(屈折率2.4,図1)とGe(屈折率4.0,図2)を用い,分解2cm-1,積算40回で測定しました。

Geプリズムを用いたATRスペクトル

両スペクトルを比較すると,1505.51,1340.58,871.86cm-1など比較的小さなピークは一致していますが,1712,1244,1096 cm-1付近など大きなピークには明らかな差異があり,どれもZnSeプリズムによる結果の方が低波数側にシフトしていることがわかります。 また,724.30 cm-1のピークはピーク位置としては一致していますが,ピークの幅に違いが見られます。
これは,物質の屈折率は波数によって変化しているためで,一般に強い吸収のある波数付近で大きく変化します。 屈折率が比較的小さいZnSeやダイヤモンド(屈折率2.4)などのプリズムを用いた場合はこの変化による影響を受けやすいため,屈折率の高くない試料の場合でも,他の方法で測定したスペクトルやGeプリズム(屈折率4.0)で測定したスペクトルと比較する際は注意が必要となります。

2. 試料状態変化の影響

押し付け強さの違いによる低密度ポリエチレンのATRスペクトル

図3. 押し付け強さの違いによる低密度ポリエチレンのATRスペクトル

固体試料をATR法で測定する際は試料をプリズムに押し付ける必要があります。 この押し付ける力によって試料の状態が変化すれば,それがスペクトルの差異として現れることがあります。 図3は1回反射ATR測定装置デュラサンプラーIIを用いて,低密度ポリエチレンを3段階の押し付け強さで測定した結果です。
図3より,押し付け強さの増加により1472cm-1付近のピークは増加し,逆に1462cm-1付近のピークは減少していることがわかります。 全体的なピーク強度に大きな差異はないので密着(面積)の差はほとんどないといえます。
両ピークはCH2はさみ振動によるピークですが,1472cm-1付近のピークは結晶性ピークであることから,試料をプリズムに押し付ける力が加わったことにより結晶性など試料の状態に変化が起こったと考えられます。

ATR測定では試料をプリズムに密着させることが不可欠ですが,その'押し付ける'という行為により測定結果が影響を受けることがあるため,試料間の微小な違いや変化の確認などを目的とした分析の際は注意が必要です。

3. まとめ

今回は屈折率の波数による変化や押し付け強さの違いによるスペクトルへの影響についてご紹介しました。 次回は「ATRの注意点その2」として試料とプリズムとの密着具合のスペクトルへの影響についてご紹介いたします。

 

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