KBr錠剤法の注意点 その2: -KBr錠剤法で注意を必要とする試料-

FTIR基礎・理論編

アプリケーションニュース No.A376 (2005)
"KBr錠剤法の注意点 その1"ではKBr錠剤法で分析すべきでない代表的な試料としてイオン交換を起こしてしまう塩酸塩をご紹介しましたが,今回はKBr錠剤法で分析するとスペクトル形状が変化する可能性のあるL-アルギニンとクエン酸についてご紹介します。

■L-アルギニンの測定

図 1にはL-アルギニンのKBr錠剤法におけるスペクトルを示しました。 測定条件は表 1に示しました。

表1 測定条件

Resolution  : 4cm-1
Accumulation  : 45
Detector   : DLATGS
L-アルギニンのスペクトル
図1.L-アルギニンのスペクトル(KBr錠剤法)

そして図 2A,2Bには前処理不要の一回反射ATR法(DuraSamplIR-II,ダイヤモンド/KRS-5プリズム)で測定したスペクトルと図 1の重ね書きを示しました。ここで一回反射ATR法のデータにはATR補正処理を行ない,比較のために強度を揃えて表示しました。赤線がKBr錠剤法,青線が一回反射ATR法のスペクトルです。
図 2Bを見ると,明らかに 1500〜1750cm-1付近のピーク本数が異なっていることが分かります。また図 2Aのその他の領域においてもピーク形状が異なっていることも分かります。この測定手法によるスペクトル形状の違いの要因としては,KBr粉末に含まれる水分やペレット作製時の加圧などが考えられるため,それらの検証を行なってみました。

L-アルギニンのスペクトル (KBr錠剤法と一回反射ATR法の比較)
図 2A L-アルギニンのスペクトル
(KBr錠剤法と一回反射ATR法の比較)

 

L-アルギニンのスペクトル (1500~1800cm-1付近の拡大図)
図 2B L-アルギニンのスペクトル
(1500〜1800cm-1付近の拡大図)

(1) KBr粉末に含まれる水分のみが影響すると仮定した場合

プレスによる影響を除いてKBr粉末に含まれる水分について検証するため,拡散反射法によってL-アルギニンを測定しました(拡散反射法ではKBr粉末と混合しますが,ペレット状にプレスしないために水分の影響のみを検証することが可能です)。得られた拡散反射スペクトルと一回反射ATR法で測定されたスペクトルの重ね書きを図 3に示します。緑線が拡散反射法,青線が一回反射ATR法です。図 3を見ると,若干のピーク強度の違いはありますが大きな違いは見られません。よってKBr粉末の水分のみが影響しているとは考えにくい結果となりました。

図3. L-アルギニンのスペクトル
(拡散反射法と一回反射ATR法の比較)

(2) ペレット作製時の加圧のみが影響すると仮定した場合

ペレット作製時の加圧の影響を検証するために,L-アルギニンをそのままプレスしてペレット状の試料を作製し,一回反射ATR法でスペクトルを測定しました。図 4には粉末状でのスペクトル(赤線)とペレット状でのスペクトル(青線)の重ね書きを示しました。
図 4を見てもスペクトルに大きな違いは見られません。よってペレット作製時の加圧のみが影響しているとは考えにくい結果となりました。

L-アルギニンのATRスペクトル(粉末とペレットの比較)
図4. L-アルギニンのATRスペクトル(粉末とペレットの比較)

上記の結果から,KBr錠剤法でL-アルギニンを測定した場合,恐らくKBr粉末の水分とペレット作製時の加圧の片方が単独に影響を与えるのではなく,両方が揃ってはじめて影響を与えるのではないかと推測されます。そこでペレット中の水分がスペクトルに影響を及ぼしているかを確認するために,作製したペレットをドライヤーを用いて加熱してみました。
図 5にドライヤーを用いた乾燥時間に対するスペクトルの変化を示します。

赤線がペレット作製直後,青線,緑線,黒線がそれぞれ 1,3,10分間ドライヤーで乾燥させた後のスペクトルです。挿入図は 1500〜1800cm-1の拡大図です。
図 5を見ると分かるように,3500cm-1付近のO-H基による吸収の減少と併せて,1500〜1750cm-1付近のピーク本数が 4本から 3本に変化していくことが分かります。そして 10分後には一回反射ATR法で測定したスペクトルと非常に類似したスペクトルが得られました。

L-アルギニンのスペクトル経時変化(KBr錠剤法)
図5. L-アルギニンのスペクトル経時変化(KBr錠剤法)

本結果から,L-アルギニンをKBr錠剤法で測定する場合,ペレット作製時にKBr粉末中に含まれる水分がスペクトル形状に影響を及ぼすことが分かりました。

■クエン酸の測定

図 6にはKBr錠剤法で測定したクエン酸のスペクトルを示しました。ここには示しませんが,日本薬局方第14改正第一追補に記載されているクエン酸のスペクトルと比較するとピーク形状が異なっています( 1700cm-1付近のピークが日本薬局方では二股に分裂しているほか,全体的にピークが多くなっています)1)
そこで作製した錠剤ペレットをドライヤーを用いて乾燥させた後にスペクトルを測定しました(図 7参照)。赤線がペレット作製直後,青線が3分間ドライヤーで乾燥させた後,緑線が10分間乾燥させた後のスペクトルの重ね書きです。

クエン酸のスペクトル(KBr錠剤法)
図6. クエン酸のスペクトル(KBr錠剤法)

図 7から,ドライヤーでの乾燥に伴って 1700cm-1付近のピーク形状が変化していることが分かります。そして10分後には日本薬局方に記載されているスペクトル形状と同様になりました(時間はドライヤーのワット数などによって異なります)。よってクエン酸をKBr錠剤法で分析する場合,KBr粉末自体に含まれる水分には十分注意する必要があります。

クエン酸のスペクトル経時変化(KBr錠剤法)
図7. クエン酸のスペクトル経時変化(KBr錠剤法)

(参考文献)
1) http://jpdb.nihs.go.jp/jp14supp1/da1tuiho.pdf p.224

<補足キーワード> 乾燥,ディスク,水気


アプリケーションニュース(光分析)一覧はこちら

FTIR測定法のイロハ-KBr錠剤法-はこちら

Top of This Page