KBr錠剤法の注意点 その1: -KBr錠剤法で分析してはいけない試料(塩酸塩)-

FTIR基礎・理論編

アプリケーションニュース No.A370 (2005)
日本薬局方第 14改正以降,一般試験法の項目が「臭化カリウム錠剤法」から「臭化カリウム錠剤法又は塩化カリウム錠剤法」に変更になったことは多くの方がご存知だと思います。しかしながら何故このような表記に変更になったのか,またどのような試料の場合にどちらの手法を用いるべきなのかについてはあまり知られていません。そこで今回はKBr錠剤法で分析すべきでない代表的な試料(塩酸塩)を用い,KBr錠剤法とKCl錠剤法の比較をご紹介します。

■錠剤成型器(ミニハンドプレス)

今回試料調製に用いた錠剤成型器(MHP-1)を図 1に示します。この付属品を用いると直径4mm(従来品では3mm)の錠剤が非常に簡単に作製できます。また以前よく使われていた錠剤成型器と比較しても真空ポンプを必要とせず,短時間で錠剤作製が可能な手動式プレス器です。

測定条件については,日本薬局方に準じて波数範囲 4000〜400cm-1で測定を行ないました。詳細な測定条件は表 1に示します。


表1 測定条件

Resolution 4cm -1
Accumulation
45
 
Detector DLATGS

 

錠剤成型器(MHP-1)の外観
図 1. 錠剤成型器(MHP-1)の外観

■L-システイン塩酸塩の測定

図 2にはKCl錠剤法で測定したスペクトル(青線)とKBr錠剤法で測定したスペクトル(赤線)の重ね書きを示しました。更に図 3には図 2の900〜700cm-1における拡大図を示しました。
図 3を見ると,KBr錠剤法では本来ピークが存在していないはずの 800cm-1にピークが確認されます。また 775cm-1付近のピーク位置についてもKBr錠剤法では幾分低波数側にシフトしていることが分かります。このスペクトルの違いは,塩酸塩の場合,KBrによって試料を希釈する際に塩素イオンと臭素イオンの間でイオン交換が起こるために生じる現象です。またここには示していませんが前処理不要の一回反射ATR付属装置で測定したところ,KCl錠剤法と同様のスペクトルが得られました。

L-システイン塩酸塩のスペクトル
図2. L-システイン塩酸塩のスペクトル
図2の拡大図
図3. 図2の拡大図

また図 4には,KBr錠剤法で測定したL-システイン塩酸塩のスペクトルにおける経時変化を示しました (波数範囲は図 3と同じです)。青線がペレット作製直後,赤線が 2分後,緑線が 10分後のスペクトルです。
図 4を見ると,800cm-1のピークは徐々に強度を増し,逆に 840cm-1のピークは減少していることが分かります。更に 775cm-1付近のピークは徐々に低波数側にシフトしていることも分かります。このことからも,L-システイン塩酸塩をKBr錠剤法で分析した場合,徐々にイオン交換していることが分かります。

L-システイン塩酸塩のスペクトル
図4 L-システイン塩酸塩のスペクトル (KBr錠剤法)

■ジフェンヒドラミン塩酸塩の測定

日本薬局方にはジフェンヒドラミン塩酸塩(塩酸ジフェンヒドラミン)の分析手法は,KBr錠剤法ではなくKCl錠剤法と示されています。そこで実際に両手法で分析した場合,どのような違いがあるのか確認しました。
図 5にはKBr錠剤法及びKCl錠剤法で測定したジフェンヒドラミン塩酸塩のスペクトルの重ね書きを示しました。赤線がKBr錠剤法,青線がKCl錠剤法です。
これを見ると,明らかに 3000cm-1付近のスペクトル形状が異なっていることが分かります。また低波数領域においても様々な場所において違いが見られます。図 6に違いが見られる波数範囲( 1500〜400cm-1)の拡大図を示します。

ジフェンヒドラミン塩酸塩のスペクトル
図5. ジフェンヒドラミン塩酸塩のスペクトル
図5の拡大図
図6. 図5の拡大図(波数範囲1500~400cm-1

ジフェンヒドラミン塩酸塩を一回反射ATR法で測定したデータについてはアプリケーションニュースNo.A 323(pdf,40kB)をご覧頂くと分かりますが,KBr錠剤法では明らかにイオン交換によってスペクトルが変化したと思われます。一方KCl錠剤法の場合,一回反射ATR法と同様のスペクトルが得られています。これは仮にKCl錠剤法において試料との間でイオン交換が起こったとしても,同じ塩素イオン同士が交換されることによって,結果として試料構造に変化が生じないためです。

このように,塩酸塩の中にはKBr錠剤法で分析するとイオン交換を起こす試料がありますので,KBr錠剤法で分析する場合には異なった分析法で確認する必要があります。


アプリケーションニュース(フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR))一覧はこちら


FTIR測定法のイロハ-KBr錠剤法-はこちら

Top of This Page