イメージング質量分析による医薬品開発への挑戦:iMScope TRIO

田辺三菱製薬 株式会社

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    iMScope™ QT

組織切片など生体試料上の標的物質の局在をMALDI-TOF/MS分析により描き出すイメージング質量分析技術(IMS)は,医学・生物学研究における先端計測技術として増々注目されております。本技術はドラッグデリバリー・薬物動態の研究のみならず,バイオマーカー探索に強力なツールとして期待されており,iMScope TRIOでの測定例も増えてまいりました。
今回は,田辺三菱製薬(株)薬物動態研究所 鍛冶様より,創薬研究における本技術の有用性について伺いました。

Customer

鍛冶 秀文 様

研究本部 薬物動態研究所 マネージャー
鍛冶 秀文 様

*お客様のご所属・役職は掲載当時のものです。

田辺三菱製薬 株式会社
URL http://www.mt-pharma.co.jp/

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イントロダクション

これまで,弊社三条工場のラボにおいて,iMScope TRIOを2年半ほどお使いですが,主にどのような研究でお使いでしょうか?

私は薬物動態研究所に所属しており,医薬品の創製,特に非臨床薬物動態の領域に関する仕事をしています。その中でiMScope TRIOを,動物の臓器や組織中における医薬品候補化合物の分布を見たり,内因性物質・バイオマーカーの変動評価などに活用できることを目指して研究を行っています。

低分子化合物の薬物動態解析(1)

それではまず,薬物動態解析の実例をご紹介ください。

はい。ある低分子化合物のラットにおける分布評価にiMScope TRIOを使ってみました。
使用した化合物は,眼球のメラニンに特異的に結合して蓄積する特性を持っています。開発化合物がメラニンに結合するなどして蓄積する場合,化合物の光感受性を気にする必要性があります。ただし,メラニンに結合分布し,光感受性によって分解した場合でも必ずしも毒性を示すとは限らず,光によってどういった分解物が生じるかを知る事は毒性の懸念を予測する上では重要です。また,比較的早くに消失することがわかれば,多くの場合問題になりません。
そこで,薬物動態の観点からは開発初期段階における化合物のプロファイルとして,メラニンへの結合蓄積性があるか,どういった分解物が発生しうるかを把握しておくことは安全な医薬品を創製する上で重要と考えます。

iMScope TRIOを選択頂いた大きなポイントのひとつは,空間解像度だったと記憶しています。

はい。装置としては,フロントに顕微鏡を付けているところが特長だと思います。
近年はレーザーのスペックがどんどん良くなって,高解像度の分析ができる時代になってきていますが,分析している際に,切片のどの部位を測定したらこういう画像になったのかを把握するのが一番キモだと思っていました。顕微鏡があることで,細かいところを観察でき,正にその部分の測定をしているという整合性が取れます。そのとき初めて超高解像度で正しく分析できたことになると思います。この点は実際に装置を使っている方であれば,「これいいよね」と,ほとんどの方が感じると思います。位置決めをしっかりやって,切片のどの部位を分析したのか,というのはものすごく大事です。高解像度になればなるほど,5ミクロン,10ミクロンずれていたら,全然違うところを見ることになってしまいます。イメージングMSの技術を用いて,評価した化合物は網膜メラニンに特異的に分布していることを5ミクロンの超高解像度で確認することが出来ました。多くの方から,「こんなに細かいところまで見られるのですね」と言われました。iMScope TRIOの高解像度分析を初めて見た方にとってはすごいインパクトのようです。

田辺三菱製薬株式会社様事例:イメージング質量顕微鏡 iMScope TRIO

低分子化合物の薬物動態解析(2)

他の事例もご紹介いただけますか?

ゲンタマイシンという化合物がありますが,これは,ラット腎臓で毒性を発現することが知られています。この化合物が腎臓のどこに分布して毒性を発現しているかを証明した報告が少ない事から,イメージングMSの技術で評価できるかを検証してみました。具体的には,10ミクロンの超高解像度分析での検証です。結果として,近位尿細管・糸球体を認識するレベルの解像度で化合物の分布をみたときに,ゲンタマイシンが近位尿細管に分布して,他の部位にはほとんど蓄積していないというデータを取ることができました。すなわち,毒性発現のメカニズムに近位尿細管におけるゲンタマイシンの蓄積が関係していることを確認できました。

この技術ならではの,もう一歩踏み込んだ解析の結果は得られたのでしょうか?

田辺三菱製薬株式会社様事例:イメージング質量顕微鏡 iMScope TRIO

まだ基礎研究レベルですが,投与した化合物がある病態を引き起こす際に,その病態ではどういった内因性物質が動いているかを確認するバイオマーカーの変動解析などもしています。例えば,ゲンタマイシンの投与によって障害が起きた時,投与前と比較して,ある内因性物質の濃度が上がっていたとします。そこに薬剤,あるいは開発候補化合物を投与した結果,その内因性物質の濃度が下り,障害も回復していたとしたら,その内因性物質の変動は病態としては改善したことを間接的に示す事になる訳です。しかも,現象が開発候補化合物の想定薬効のメカニズムに起因していたとしたら,その現象を分析で捉える事はコンセプト通りに効いたことを立証したことになります。さらに,網羅的な解析などで,内因性物質の種類が特定できれば,将来臨床においても有効なバイオマーカーの発見につなげられるかもしれない,という魅力的な話になります。

治療を目指している創薬の部分と,もう一歩踏み込んだ,診断のところまでというお話ですね。早期診断・早期治療は勿論のこと,その予後の効果判定についても有効なバイオマーカーを探していくというお話は,とても勉強になりました。

オートラジオグラフィー(ARG)との比較

従来の組織分布評価方法は,どのような進め方だったのかをお聞かせいただけますか?

一般的に,ある1つのプロジェクトについて,複数の候補化合物が存在する段階ではまだ標識体は合成されていません。非標識の化合物を投与し臓器を摘出して,そのホモジネートを調製してLC-MSで定量するという流れになります。

そして,その後のご研究の順序としてはやはり,オートラジオグラフィー(ARG)でしょうか。

はい。研究開発のステージが進んで化合物が絞られた後は,医薬品承認申請を目的として,そのラジオアイソトープ(RI)標識体を使って体内に入った後にどこに分布あるいは蓄積しているのか,どれだけ経ったら排泄されているのか,という評価を行います。

候補化合物が絞られてきたタイミングで,ARGに進むということですね。

はい。基本は,この化合物で臨床に入ろうというステージになったときに実施します。
ただし,標識体を作るのには高額な投資が必要で,本当にそれだけ投資をする価値があるのかという判断が必要です。いくつもの候補がある段階でARGを行うということは避けます。

ARGと比較して,イメージングMSの長所や短所に関してお聞かせください。

良い点として,まずは,化合物を一つに絞り込む前の早期のステージから評価できるのが一番魅力的です。
二つ目は,質量分析装置の最大の特長に関する部分です。ARGの場合ですと,標識体の組織分布の情報からは未変化体と代謝物の分布の違いを区別することはできません。特に代謝物が複数存在する場合には,その存在比率も分からない状態でのミックスした挙動になって分布や蓄積の情報が得られる事になってしまいます。それが,質量分析装置を使えば,未変化体と代謝物の分布を別々にみることができます。弊社の方でも,安全性部門のメンバーからは,毒性メカニズムの探索に使いたいという要望が出ています。未変化体が毒性を引き起こしている場合と,代謝物が毒性の原因になっているケースがあるからです。

田辺三菱製薬株式会社様事例:イメージング質量顕微鏡 iMScope TRIO

さらに,動物種差を考慮した安全性の考察の際にも有効かもしれません。たとえば,ある毒性がラットで出ているが,この毒性は代謝物に起因しており,その代謝物はラットでしか生成しない,ヒトでは生成しない,というデータがある時などです。ARGだけではなく質量分析でも,視覚的にモノはある。でもこれは未変化体ではなく,ラット特異的な代謝物に起因している毒性だということが立証できれば,ヒトではその毒性は起こらないのではないか,と考察する事ができます。

大変勉強になります。

また,先ほどお話したように,化合物だけではなく,そのときに動いているバイオマーカーも評価できるというメリットも大きいです。

本手法の特長である,ノンターゲティングなアプローチですね。逆に,欠点はどうでしょうか?

測定対象化合物がイオン化される保証はない,というのが最大の欠点ですね。標識体分析の場合と異なり,質量分析の場合,イオン化されない化合物は検出できないので,すべての化合物の評価に使えるかというと,Yesとは言えないと思っています。

そうですね。全身ARGが完全にイメージングMSには置き換わることは難しいと考えられる理由ですね。感度に関してはいかがでしょうか?

あくまでも一般的な話になりますが,感度としてMALDIは,LC-MS,LC-MS/MSと比べると,現状レベルでは見劣りしています。

感度向上に関しては,田辺三菱さんのご協力を頂きながら前処理の部分の検討を進めていますね。

あとは,何をターゲットにして,どこまでを求めるのか,それと使用用途だと思っています。高感度にイオン化する化合物であれば薬効用量での評価になるので,薬効メカニズム解明という使い方ができるでしょう。でも,そうでないものだと薬効評価レベルをみるのはちょっと難しいと思います。ただ,毒性のメカニズムの評価ですと,候補化合物の投与量も分布量も多くなるので,検出できるレベルになると思います。そういった使用用途とすれば,魅力のある評価方法ですね。

顕微鏡レベルの解像度という観点も,ARGと比較される背景ですね。

イオン化の問題があるために,完全な置き換えというのは,今の定量ARGの成果をイメージすると難しいかもしれません。
iMScope TRIOに関しては,全身分布を評価するというよりも,ある組織にフォーカスするという使い方でパフォーマンスを発揮すると思っています。それは高解像度分析ができる点です。全身分布を見るためではなく,腎臓なら腎臓,脳なら脳,肝臓なら肝臓に絞って,化合物,代謝物,バイオマーカーがその中でどういう分布・変動をしているかを正確に見る方が,適切な使用になるのではと考えています。

なるほど。つまりARGの代替になるものではなくて,ARGではわからない内容の一部をこの技術で補完できる可能性があり,結果として,創薬研究を促進させるという構想ですね。

はい。すべてをイメージングMSでやろうとすると無理があるので,まずは切片を使って目的対象が存在するかをラフに調べる。その後に,あるとわかった部分について,質量分析で詳細解析をするというやり方です。

各手法で得意なところがあるので,欠点を補完するというよりもむしろ,長所を伸ばしていくという考え方ですね。

今後の期待

さて,本技術に対して今後期待されることは何でしょうか?

やはり,定量の部分ですよね。そこでは前処理が重要です。特にマトリックスを,再現良く如何に均一に塗るか,という部分です。その点に関しては,自動塗布装置が必要です。実際に,蒸着タイプのiMLayerは,とてもいい装置だと思っています。セミナーなどで成果を発表したときにも,高感度化や定量評価をしている研究者の方々は自動化の部分にとても興味を持って聞かれていました。

定量以外ではいかがでしょうか?

開発化合物自身を追いかけることは当然として,それ以外をお話します。今は非臨床の研究を担当しており,薬効評価は実験動物を使って研究していますが,その薬効評価に適用したいと思っています。疾患メカニズムが新規のものになれば,その薬効評価も難しくなります。その評価に使えるバイオマーカーを見つけたいと思っています。それが実際臨床に行って,ヒト血液のパラメータの中でも反映していれば,それを指標に,投薬した時に治療効果をモニターするマーカーにできますので。

創薬において,今のARGよりも早い段階からイメージングMSを実施するだけではなく,臨床のフェーズに入ってからも使用するということですね。以前,鍛冶さんのご講演においても,バイオマーカーの探索を想定しておられ,臨床におけるバイオマーカーの変動成績が次のターゲット探索の可能性に繋がる,というお話しを聞かせていただいて,すごく感動した記憶があります。 最後に,分析機器業界全体に対して,何かご意見とかご要望があればお聞かせ願いたいのですが。

私の仕事の領域としては,非臨床の薬物動態が中心ですが,扱っているサンプルとしては,臨床研究由来であったり,実際の臨床現場のものも増えてくる傾向にあります。製薬会社の目指すところは患者さんの健康です。ぜひ島津製作所さんとは,分析のための分析装置ではなくて,もうひとつ,大きい視点で,健康に導いていくための装置開発,例えば,病気を予見するマーカーを分析する機器および分析法の開発などに協力させて頂けたらと思っています。

当社としても,診断に加えて予後の確認,つまり治療そのものの評価もできるような分析機器の開発で,継続して貢献してきたいと思っております。本日はありがとうございました。

インタビュアーコメント

イメージング質量顕微鏡 iMScope TRIO

イメージング質量顕微鏡
iMScope TRIO

イメージング質量分析技術に関しては,そのコンセプトのユニークさから,提唱当初から高い期待が持たれておりました。近年では,ハードウエアの進歩は勿論のこと,実用化を目的とした前処理技術についての研究も進んできております。今回の鍛冶様のお話からは,医学分野の基礎研究のみならず,創薬研究の最前線でも様々な場面で使用される時代になってきていること,改めて実感することが出来ました。
ユーザーの皆様からの高い期待を励みにして,引き続き,"「人と地球の健康」への願いを実現する"ための技術開発を精力的に進めたいと思います。

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