移動相比率の検討と分離の改善
LCtalk64号LAB
今回は,カラムを用いたフローインジェクション(FI)様分析につづく,LC-MS分析条件を詰めていく段階のお話です。
移動相比率の検討
ここまでくれば,あとは目的に合った移動相比率を決定するだけです。 ・・・とは言え,いろいろと条件を変更していると,ここでかなりの時間を使うことになります。 結果に一喜一憂しながら条件を変更していくその過程は結構興味深いですが,時間がかかりすぎるのが問題です。 ここでの大幅な時間短縮を目的として,ハイスループット分析に対応できるカラムを利用します。 目的化合物がいつ溶出してくるのか?夾雑成分は分析の妨害をしないか?などをハイスループット分析でシミュレートするのです。 その結果から候補条件を探し,最終的にカラム長を 150 mmに変更し,適性流速に戻せば完成です。
最近ではハイスループット分析が注目され,目的に合致すればそのままの条件を利用することも増えています。 しかし,分析対象化合物が多い場合や複雑なマトリックス中の分析には,やはりクロマト分離が分析の成否を分けるため,安易な判定をしないよう心がけています。
逆相系カラムに対する保持が極めて弱い化合物もあるので,有機溶媒比率を検討するだけで終わらない場合もあります。 対処法としては A) カラム温度を下げる方法がありますが,根本的に問題を解決するためには,B)イオンペア法を用いるのが一般的です。 LC-MS分析では,比較的揮発性の高いイオンペア試薬が用いられます。 パーフルオロカルボン酸類(塩基性化合物用),ジブチルアンモニウム酢酸(酸性化合物用)などが市販されているので,これらを利用するのが良いでしょう(HPLC用のイオンペア試薬は不揮発性塩に相当するため,LC-MS分析では使用することができません)。
アミノ酸を未修飾で分析する場合,正イオンで検出するにはアミノ基へのイオンペア試薬(例えばヘプタフルオロ酪酸)を用います。 逆に負イオンで検出する場合には,カルボン酸に対するイオンペア試薬(ジブチルアンモニウム酢酸)を用います。 図1にはヘプタフルオロ酪酸を用いた醤油中のアミノ酸分析例を示しました。

ただし,イオンペア試薬自体非常にイオン化しやすいため,ヘプタフルオロ酪酸のようなイオンペア試薬は負イオン分析に用いるとイオンペア試薬イオンが主に観察され,質の良い全イオンクロマトグラムが得られません。 (イオン抑制を示すこともあります。 もちろん,分析対象化合物は逆の極性で検出されるため,検出極性を正しく設定していればそれほど問題にはなりませんが・・・) したがって,正・負の極性反転分析(正負同時分析・マルチシーケンス分析)はイオンペア試薬が検出される極性の分析結果はよくありません。 また,イオンペア試薬を用いた直後に,イオンペア試薬が検出される極性で分析を行う場合にも,しばらくは,あまり良好なデータが得られないことが多いようです。 これは,流路内にイオンペア試薬が残っていることが原因です。
分離条件の改善について
クロマトグラフィーではもちろん分離が大切ですが,分析対象化合物が検出できなければ,クロマトグラムが得られず,クロマトグラフィーは成立しません。 このシリーズでお話した手順も,検出について注意を払いながら分離条件を決めていくという極めて基礎的なアプローチに基づいています。 検出(イオン化)に最も影響する因子は移動相ですが,同じ移動相を用いて分離が改善できればこれほど便利なことはありません。
"同じ逆相系のカラムでも個性があるので,分析目的に合ったカラムを探す"ことは実践的な問題解決法の一つと考えています。 例えば,Shim-pack FC-ODS,VP-ODS,XR-ODSの固定相はいずれもオクタデシル基ですが,成分によって分離挙動が異なる場合もあります。 |
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また,特長的な固定相がシリーズで揃っているPhenomenex社Synergiシリーズ(Max,Fusion,Hydro,Polar)を試してみるのも手です。
移動相など分析条件固定で,これら4種類のカラムを用いて分離を比較し,その結果から最も分析目的に合致したカラムを選ぶわけです。 図2には,Maxと Polarによる農薬成分の分離を示しました。 僅かな違いであることも多いですが,劇的に変化することもあり,試してみる価値は十分にあると思います。 | ![]() |
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また,逆相系の分析ではアセトニトリル系を用いるかメタノール系を用いるかで分離を変えることができるので,分離に悩まれているときには,この選択も有効です。
分離モードとして水系順相モード(親水性相互作用で保持します。一部HILICモードと呼ばれています)のカラムもサンプルのイオン化,利用可能な移動相 の種類を押さえておけば,このシリーズで紹介させていただいた手順が適用できます。 逆相系カラムでは,保持や分離ができないような極性化合物をLC- MSに適した移動相を用いて分析できるのは非常に魅力です。 カラムのラインナップ,価格,安定性の問題,カラムから溶出する妨害物質(マスブリーディン グと呼ばれることがあります)の問題などありますが, このモードも条件検討の選択肢に加わると,さらに分析対象範囲が広がると思います。
このシリーズでは,"できるだけ短時間に満足のいく分析条件を探し出すため",ある程度パターン化された手順についてお話してきました。 かなりの化合物 に適用できることは事実です。 もし分析条件が確立できていない,またはある条件で分析がうまくいかない場合には,この手順をご活用いただければ幸いで す。 (Mu)
補足説明:逆相イオンペアクロマトグラフィーとは
逆相クロマトグラフィーにおいて,一般にイオン性化合物は,電荷の周りに水和が生じ,疎水性固定相へあまり保持されません。
ここでその電荷と正負逆の対イオンを移動相に加えると,対イオンとイオン性化合物がイオンペアを形成し,電荷が中和され疎水性が強くなり,保持を強めることができます。
また,移動相に加える対イオンとして疎水性官能基を持つもの(図の例では,ヘプタフルオロ酪酸)を使うと,疎水性官能基が固定相に保持されて,あたかも固 定相表面に動的にイオン交換基が形成されたかのようになり、イオン性化合物がイオン交換的に保持される場合もあります。

逆相イオンペアクロマトグラフィーにおける化合物の保持は,通常の逆相クロマトグラフィーと同様に,移動相の有機溶媒含量,緩衝液濃度,pHなどに影響されますが,イオンペア試薬の種類,濃度によっても影響されます。
参考⇒LCtalk27号Lab 「イオンペアクロマトグラフィー-アルキルスルホン酸と過塩素酸の使い分け-」

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