四重極型,イオントラップ型,飛行時間型 各質量分析計の分離機構と特徴
LCtalk61号INTRO
「LC-MSのはなし」その5では磁場型質量分析計のイオン質量分離機構についての話をしました。 その6では,ひきつづき四重極型,イオントラップ型,飛行時間型のイオン質量分離機構と特徴について解説します。
「四重極型MS」
四重極型MSではその名前の通り真空容器中に4本の円筒形の金属棒(内側を双曲面に仕上げられた電極)が,中心軸から等距離・平行に配置されています(図1)。
イオン化部で生成したイオンは数十ボルトの比較的弱い電圧でZ軸方向に加速され,細孔を通り四重極の領域に進入します。 四重極には,互いに対向する電極に同じ極性の電圧が,また隣接する電極に正負逆の電圧がかけられています。 それぞれの電極に直流電圧U と高周波交流電圧V cos ωt(ω:高周波の振動数 t:時間)とを重ね合わせてかけると,四重極の中には高速で位相の変化する電場が生じます。
この電場により通過するイオンはX,Yの軸方向に振動します。 このとき特定の条件(U,V,ω)が与えられると,ある特定範囲の質量電荷比(m/z)のイオンは"安定な振動"状態になり,四重極を通り抜けて検出器に到達できます。その他のm/zを持つイオンは不安定な振動を行い,電極に衝突したり,系外にとびだし検出されません。
四重極内でのイオンの振動は,Mathieuの方程式と呼ばれる式に従うことが知られています。 イオンは初速度や初期位置に関係なく,(1)式を満足するように運動します。
その解について簡単に図示しました(図2)。イオンが安定に振動する条件は,イオンの質量mと振動数ωが決まると,図2の線で囲む領域として表されます。 質量m1,m2,m3のイオンに対して,それぞれの安定領域は変わります。 ここでm1,m2,m3それぞれの安定領域を通るように直流電圧と高周波交流電圧の比を一定に保って電圧を変化させれば(走査直線(1)),m1,m2,m3のイオンを順番に通過させることができます。 このようにして低質量から高質量までのイオンのマススペクトルが得られます。
(Mathieuの図)
「四重極型MSの特徴」
四重極型MSは小型でシンプルなことから操作や保守が簡便であり,また比較的安価なこともあり汎用装置として広く普及しています。 質量分析には高い真空度が必要ですが,四重極型は他の質量分離法と比べ低い真空度(10-2~10-3Pa)でのイオン分離が可能です。 そのため,GCやLCと結合した場合でも,結合による真空度の低下が質量分離に及ぼす影響は少なく,クロマトグラフとの結合に最も適したMSといえます。
さらに6000 u/sec程度※と扇形磁場型MSに比べ高速なスキャン測定が可能で,また測定質量範囲もm/z2000程度までと実用的な分子量領域での定性分析に適用できます。 このほか高速スイッチングが可能で,同時に複数のイオンを選択しこれを監視することができるので(SIMモード),高感度で多成分一斉の定量分析が可能で す。 このように四重極型MSは定性分析・定量分析の両方に対応しており,質量分析計のスタンダード機と位置づけられます。
※2016年時点における当社四重極型LC/MSの最高スキャンスピードは30000 u/secです。
「イオントラップ型MS」
イオントラップ型MSは四重極の原理を応用した装置で,MS内でのイオンの運動はMathieu の方程式が適用されます。 ドーナッツ状のリング電極とそれを挟む2つのエンドキャップ電極で構成され,入り口側にイオン化部,出口側に検出器が配置されています(図3)。
四重極と同様に,電極内面は双曲面に仕上げられており,ちょうど四重極の入り口と出口をつないでリング状にしたとも考えられます。
通常,イオントラップでは電極に直流電圧Uをかけない条件で使用され,これは図2の横軸上で使用していることを示します。
スペクトル測定では,まずエンドキャップ電極をアース電位とし,リング電極に低い高周波電圧だけをかけます。 必要なm/z範囲のイオンを導入し,これら全てを一旦電極内にトラップします。 この状態は図2のA点で示され,ここではm1,m2,m3のイオンは安定に振動することが分かります。 次にU=0のまま高周波電圧を徐々に高くしていくと(走査直線②),B点を超えるとm1が,C点を超えるとm2が不安定な振動となり,これらイオンはエン ドキャップ電極の穴より外に排出されます。
四重極型MSでは安定な振動を行うイオンが四重極を通過し検出されますが,イオントラップ型MSでは不安定な振動のイオンを系外へ排出することで質量分離・検出を行ないます。
「イオントラップ型MSの特徴」
イオントラップ型MSはその名のとおり,生成したイオンを一旦捕獲してから質量分離を行ないます。 したがって,透過型の質量分析で用いられるSIM測定を行なうことは出来ません。 また,捕獲できるイオン量が限られているため四重極型MSに比べダイナミックレンジが狭くなります。
しかし,トラップしたイオンをすべて検出す るので,スキャン分析において四重極型と比べ感度良く測定できます。 また,特定のイオンをトラップした後,そのイオンを開裂させ,生成したフラグメントイオンを検出するといった測定ができることから,定性分析に特化した質 量分析計と位置づけられます。
「飛行時間型MS」
飛行時間型MSの装置構成は単純で,必要なものは高真空内での加速装置と検出器です(図4)。
イオン化部で生成したイオンはパルス状に引き出され、電極間の高い加速電圧(10~30 キロボルト)により加速後,電場・磁場の存在しないドリフト領域をそれぞれ一定速度で飛行し検出器に到達します。
一定の電圧によりイオンを加速すると,電圧に応じた運動エネルギーがすべてのイオンに与えられます。 このことは(2)式で表すことができ,一定の運動エネルギーが与えられたイオンの速度vは,質量が小さいイオンは速く,質量が大きいイオンは遅くなります。
(m: イオンの質量,v: イオンの速度,z: 電荷数,e: 電気素量,V:加速電圧)
ここでイオン化部から検出器までの距離をLとすると,質量mのイオンの飛行時間Tは(3)式で表すことができます。
(3)式では距離L,加速電圧V,電気素量eはそれぞれ定数となるため,飛行時間Tはm/zの平方根に比例することが分かります。一定飛行距離ではm/zが小さいイオンは早く,m/zが大きいイオンは遅く検出器に到達するので,この時間差は質量差に変換することができ,マススペクトルが得られます。
また(3)式において,飛行時間Tを限りなく大きくとれば,測定質量範囲に理論上の上限は無いことになります。
「飛行時間型MSの特徴」
飛行時間型MSは装置の原理上,一連のイオン群が検出器に到達した後に次のイオン化を行うため,レーザーイオン化のようにパルス的にイオンを生成できるイ オン化法との相性が良いようです。 MALDI-TOFMSを用い断片化ペプチドを測定しデータベースとの照合によりタンパク質同定を行う手法は,プロテオーム解析において非常に有効な分析 手段になっています。 LC-MSとして用いる場合は,連続的に導入されるイオンビームをパルス状に変換しなければなりません。
初期の飛行時間型MSの分解能は低く,これが欠点といわれていましたが,リフレクトロンや遅延引出し法など,イオンの運動エネルギーの差を最小にする技術の開発により,現在では高分解能質量分析に飛行時間型MSが利用されています。
「LCの検出器としてのMSの選択」
最近の質量分析計の用途は非常に多岐にわたりまたそれぞれに特徴があるので,どの型のMSが最適であるかを単純な基準で決めることは困難です。 価格や操作のしやすさなどからLC-MSにおいても四重極型の製品が多くを占めており,イオントラップ型や飛行時間型も,四重極型にない性能を持ち,普及 しつつあります。 高感度が必要か,高分解能が必要か,小型汎用装置が必要かなど,目的に応じた選択が必要です。 イオン化法と質量分離法の特長を生かした装置選択が最も重要といえます。
以上,この解説が参考になれば幸いです。(Ym)
LCMS, 液体クロマトグラフィー質量分析装置
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