液体試料の測定法
■はじめに
試料の形態に着目した測定法の第2回目の今回は液体試料の測定法を紹介します。 赤外分光法において液体試料は固体や気体と比べて取り扱いが容易です。 ここでは一般的な透過法(液膜法,溶液法),さらにFTIRの普及により容易に測定が可能となってきたATR法についても述べてみましょう。
■透過法による測定
透過法による測定の場合,各種のセルが用いられますが,その種類と用途について取り上げてみましょう。
(1)液体セル
液膜法では試料そのものを NaCl や KBr などの窓板に数滴落とし,気泡が入らないようにもう一枚の窓板でちょうどサンドイッチのようにはさみ測定します。 試料の吸収に応じて窓板の間にスペーサをはさんだり,窓板が割れない程度にしめ厚さを調整し測定します。 ここで用いられるセルを液体セルと言います。 図1にその外観を示します。 ホルダ,窓板,スペーサは分解してばらばらにでき,測定のときに組み立てるため「組立てセル」とも呼ばれます。 この測定法は2枚の窓板の間に薄い試料の液膜を作り測定するため粘度の高い物質も簡単な操作で測定が可能ですが,測定のたびに厚さが変わるため内部標準法以外の定量分析には不適当です。 また測定中に試料が揮発してしまうような沸点の低い試料も不適当です。
(2)固定セル
揮発性試料や試料を適当な溶媒に溶かした溶液の場合には,図2に示したような固定セルが用いられています。 このセルは試料注入口とフッ素樹脂栓がついていて,セルを分解しなくても試料の注入,排出,洗浄ができます。 固定セルは一定の厚さのスペーサを窓板の間にはさんで液漏れのないように組み立てられているために,定量分析や揮発性試料の測定に用いられます。 測定したい試料の吸収の強さに応じて適当なセル厚さを選ぶ必要がありますが,通常,注入,排出が容易な厚さ0.1mm 程度の固定セルがよく用いられています。
(3)その他のセル
固定セルは名称の通り厚さが固定されていますが,厚さを可変したものとして,液体用気密セル,可変セルがあります。 液体用気密セルは適当な厚さのスペーサを使って測定者が組立てて使用するものです。 可変セルはセルの厚さを連続的に変化させることができ,厚さは目盛りにより直示されます。 セル厚さは0.01〜5mm まで可変です。 また,試料量が少量の場合には,マイクロセル,超マイクロセルといった容量の小さいタイプもあります。 さらに,四塩化炭素などで抽出した油分を測定するためにセル厚さ(光路長)が,1,5,10cmと長い油分測定用セルというものもあります。
液体セル,固定セルなどの使用目的をまとめると表1のようになります。
表1.液体セルおよび固定セルの用途
名称 | 目的 | 定量分析 |
液体セル (組立てセル) |
・不揮発性液体(沸点が高く,粘度の高い油など) ・ヌジョール法,フィルム法などによる固体の定性分析 ・厚さはスペーサやしめ方で変わる |
△ |
固定セル | ・揮発性液体(クロロホルムなど) ・溶液中の成分の測定 ・厚さは固定されている |
○ |
■セルの材質
表1のように測定の目的に応じてセルの種類が決まり,次に試料にあった窓板を選択します。 窓板によく用いられている材質について,ここでは液体試料測定の面から述べてみます。
良好な赤外透過材としてNaCl,KBr あるいはCsI のようなアルカリハライドがありますが,これらはいずれも潮解性が強く,湿度に弱いという性質があります。 このためこれらの窓板は水や低級アルコールを含む溶液には使用できません。 水に比較的強い窓板としては,KRS-5(TlBrとTlIの混晶)がありますが,わずかに水に溶けるため短時間の使用に限られます。 水に不溶の窓板としてセレン化ヒ素(As2Se3)が用いられることが多かったのですが,屈折率が高いために透過率が低く,また壊れやすいという面がありました。 最近注目される窓板としてセレン化亜鉛(ZnSe)があります。 これはやや高価ですが,水には不溶で屈折率もAs2Se3より低く使いやすい窓板です。 また,窓板を選ぶ際には,測定する波数範囲にも注意しなければなりません。 例えば,NaCl の場合には低波数側は650cm-1までしか透過しないため,600〜400 cm-1の領域ではスペクトルは得られなくなります。 このように窓板の選択では, (1) 試料の性質, (2) 測定波数範囲, (3) 価格などへの注意 が必要です。 表2に液体セルなどでよく使用される窓板の特徴をまとめました。
表2.窓板の種類と性質
窓板の材質 | 透過波数範囲(cm-1) | 水に対する溶解度,性質 |
NaCl | 28000~650 | 易溶,堅い |
KBr | 33000~400 | 易溶 |
KRS-5 | 14000~330 | 難溶,橙色,有毒 |
Csl | 33000~140 | 易溶,柔らかい |
AS2Se3 | 10000~625 | 不溶 |
ZnSe | 20000~500 | 不溶,橙色,柔らかい |
■ATR法
いちばん身近な液体,それは水ということになりますが,赤外領域には非常に強い吸収ピークを持っています。 この吸収ピークの強さは0.025mm のスペーサを用いた場合でも赤外光はさえぎられてしまうほどです。 このため水溶液の測定にはさらに薄くした状態での測定か,水素を重水素に置換して吸収ピークを低波数側にシフトさせるなどの工夫が必要でした。
FTIRの普及とともに,その有用性に再び注目を集めている方法の一つにATR法があります。 ATR法は,この苦手とされてきた水溶液測定の分野でも非常に有効な手法となっており,簡単にはプリズムに密着したごく薄い部分のみを測定できると考えれば良いでしょう。 液体試料はプリズムとの密着性が良好で,ATR法にとっては理想的な試料となります。 ごく薄い部分というのはプリズムの材質によっても異なりますが,およそ波長の1/5〜1/10程度ですから,1000cm-1(10μm)では1〜2μm(0.001〜0.002mm)ということになり,吸収が強い水の場合でも光は透過するようになります。
プリズムの材質には,ZnSe,Ge,ZnS が準備されています。 また,ATR法を応用して微量試料やフローに対応できるシリンダー状内面反射測定装置といったものもあります。 図3にATR法で測定した市販の牛乳のスペクトルを示します。 図3は牛乳のスペクトルから水の吸収を差し引いて得られた差スペクトルで,水の強い吸収ピークがある3400,1650cm-1付近でも良好なスペクトルが得られています。
■むすび
以上のように,今回は液体試料の測定法について見てきました。 FTIRによる測定は比較的容易に行うことができますが,セルの種類や窓板の材質などに対して試料や目的にあった選択が重要になります。