粉体試料の測定法
■はじめに
赤外分光法には拡散反射法や全反射吸収法などのように種々の測定法があり,試料の形態によって測定法を選択する必要性があります。 逆に試料の立場で考えてみると,一つの試料には一つの測定法ではなく,幾つかの方法で赤外スペクトルを測定することが可能です。 ここでは一つの形態の試料に着目し,それに採られている測定法について取り上げてみたいと思います。
第一回目は粉体試料です。 古典的な方法としてはKBr錠剤法とヌジョール法があり,FTIRの普及と共に広く使用されるようになったのが,拡散反射法です。 また,粉体試料を直接測定する方法としてはATR法があります。 ここではこれらの測定法と調製法について述べたいと思います。
■KBr錠剤法
この方法はハロゲン化アルカリが圧力をうけると可塑性をもち,赤外領域で透明な板になるという性質を利用しています。 錠剤用に用いられるハロゲン化アルカリとしては臭化カリウム(KBr)が最も一般的ですが,400〜250cm-1の低波数領域の赤外スペクトルも測定する場合にはヨウ化セシウム(CsI)を使用します。
調製方法は,13mmφの錠剤の場合,ハロゲン化アルカリ(以下KBrとする)微粉末200〜250mg に対して,試料をその0.1〜1.0%加えてよく混合し,微粉砕して錠剤成形器に入れ,数mmHg の真空下で8ton 程度の圧力で数分間加圧し透明な錠剤を作ります。 KBr粉末中の空気や水分を取り除くために脱気しますが,真空が不十分であるとわれやすく,光の散乱も生じやすくなります。 使用するKBr粉末は錠剤を成形する前に200メッシュ以下に粉砕したのち,約110℃で2〜3時間乾燥させます。 急激に温度を上げると,一部のKBrが酸化されてKBrO3となり,茶褐色に変色することがありますので注意が必要です。 乾燥後はデシケータに入れて保存します。
測定の際には,錠剤の入っていない錠剤ホルダーを試料室に置いてバックグランドを測定しても問題はありませんが,試料の入っていないKBrのみの錠剤を置いてバックグランドを測定することにより,錠剤による赤外光の散乱損失とKBrに吸着した水分を補償することができます。
■ヌジョール法
この方法は試料調製が容易な粉体試料の測定法の一つで,屈折率がほぼ等しい液体に試料を分散させて赤外スペクトルを測定する方法です。 分散させる液体としては赤外領域で吸収が少なく,不揮発性の流動パラフィン(ヌジョール)が一般に用いられています。
試料の調製法は,試料約10mgを乳鉢で微粉砕し,そこに流動パラフィンを1〜2滴滴下してよく混合し,試料を流動パラフィンに分散させます。 これを液体セル(KBr結晶板など)に塗り付け,もう一枚のセル板で挾んで測定します。
図1に示すように流動パラフィンは3000〜2800cm-1,1460cm-1,1375cm-1,730cm-1,付近に吸収が現れますので,これらの領域での試料の吸収を確認する場合には,へキサクロロブタジエンを使用します。 その赤外スペクトルを図2に示します。
■拡散反射法
粉体試料に光を照射すると,粉体表面で正反射する光と粉体内部に入り込み透過と反射を繰り返して再び表面に出てくる拡散反射光とがあります。 このうち拡散反射光を用いてスペクトルを得る方法が拡散反射法です。 拡散反射法で赤外スペクトルを測定する場合,一般には試料を直接測定するのではなく,KBrなどのようなハロゲン化アルカリで希釈して測定します。 ただし,KBr錠剤法のように錠剤を作成する必要性がないので前処理が非常に簡単になります。
測定方法は,最初にKBrなどのような希釈剤を拡散反射測定装置の試料皿に詰めてバックグランドを測定します。 次に,試料をKBrなどで0.1〜10%程度に希釈したのち,試料皿に詰め,赤外スペクトルを測定します。 試料量が少ない場合には,最初にKBr粉末を試料皿に詰め,その上に少量のKBr粉末と混合した試料をのせて測定します。 注意して調製すれば50〜100ng 程度の試料量でも測定が可能です。
拡散反射光は粉体内部を繰り返し透過するために,透過スペクトルと類似した吸収を受けることになります。 しかし,吸収強度は光が試料を何度も繰り返し透過するために,透過スペクトルの場合と比較して弱い吸収帯が強調されることになります。 そのため透過スペクトルとの比較や定量的な取り扱いに対しては,得られた拡散反射スペクトルをクベルカームンク変換する必要性があります。
これまでに述べてきた方法はKBrや流動パラフィンなどのような媒体と粉体試料を混合して赤外スペクトルを測定する方法でしたが,粉体試料を直接測定する方法としてはATR法があります。 ATR法は高屈折率のプリズムに試料を密着させ,赤外光をプリズム内で全反射させることによって赤外スペクトルを得る方法で,ATR測定装置にはセレン化亜鉛(ZnSe)やゲルマニウム(Ge)がプリズムとして用意されています。
これまでに述べてきた方法に比べて,無機物のような屈折率の高い試料の場合には屈折率の異常分散現象によって吸収ピークが一次微分的に歪んでしまうこと,吸収ピーク強度に波数依存性があることなどがこの方法の注意すべき点ですが,粉体表面の赤外情報を得る方法としては優れた測定法です。
図3にATR法で測定した粉体試料の測定例を示します。
■むすび
粉体試料に対して行なわれている測定法について述べてきました。 一つの形態の試料でも種々の測定法があります。 その用途・目的にあった測定法を選択する必要性があるでしょう。 今後ともこのコーナーでは試料を中心として,それに対して採られている測定法および調製法について紹介していきたいと思います。