ガス分析
ガスの定性・定量分析は,一般的には,ガスクロマトグラフ法などを用いておこないますが,前号で紹介しましたガスセルを用いて赤外分光法により,ガスの定性分析,定量分析をおこなうことができます。
ガスクロマトグラフ法との違い
ガスクロマトグラフ法は,試料をカラムに導入し,試料の各成分の移動相,固定相との相互作用の違いによって分離した後,成分の移動相との物理的性質の違いを検出することで分離・定性・定量をおこなうものです。
赤外分光法では,ガスセルに導入した測定対象ガスの赤外吸収スペクトルを測定して,測定ガス特有のピーク波数とそのピーク強度から定性・定量をおこないます。
測定対象ガスをガスセルに導入した時点で,測定をおこなえば,その赤外吸収スペクトルから定性・定量がおこなえるので,前処理なしに短時間で分析が可能です。また,ガスの組成を変化させない赤外線を照射する非破壊分析のため,分析後のガスを繰り返し利用することができます。このため,反応によるガスの組成変化・濃度変化を連続してモニタリングするシステムを構築することも可能です。
このようにガス分析では,赤外分光法は,理想的な測定法のように思えますが,他の電磁波と比べて比較的エネルギーの弱い赤外線を照射して分析するため,他の分析法と比べて,あまり高感度な測定が期待できないこと,物質の分子極性(正確には,分子振動に伴う双極子モーメントの変化量)の強弱に感度が大きく影響を受けるため,分析できるガスと制約や感度差があるなどの欠点もあります。(表1)
分析法 | 赤外分光法 | ガスクロマトグラフ法 |
利 点 |
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欠 点 |
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定性分析
赤外分光法における定性は,ガスセルに導入されたガスの吸収スペクトルのピーク波数とその強度からおこなうことができます。
市販のガススペクトルデータベースを用いて,スペクトル検索プログラムを用いて,測定したスペクトルをデータベースから検索することにより,ガスの種類を特定する方法もあります。図1にフッ化水素(HF)ガススペクトル,図2に塩化水素(HCl)ガススペクトルを示します。
また,官能基ごとにある波数領域に特徴的なピークが生じるため,得られたスペクトルが持つピーク波数情報により,含まれるガスの構造を同定することも可能です。(表2)
主な官能基 | 吸収波数領域 |
O-H | 3650-3590 |
N-H | 3500-3300 1650-1590 900-650 |
=CH-H | 3100-3070 1420-1410 900-880 |
=C-H | 3100-3000 2000-1600 |
C-H | 2900-2700 1440-1320 |
=-CH3 | 2880-2860 2970-2950 1380-1370 1470-1430 |
O-H | 2700-2500 1320-1210 950-900 |
C≡C | 2140-2100 |
C=O | 1750-1700 |
C=C | 1600-1500 |
C-N | 1340-1250 |
C-O-C | 1200-1180 |
-C-H | 770-730 |
定量分析
ガスの定量は,測定対象とするガスの赤外吸収スペクトル上で指定したピークに対して,あらかじめ設定した検量線を用いておこないますが,種々の測定条件により,ピーク強度が変化するため,注意が必要です。
ガスの赤外吸収スペクトルのピーク強度は,ガスセルのセル長,測定時の積算回数,分解,ガスセル内部の圧力などにより変化しますので,正確な定量値を求めるためには,定量に用いるガスセルに,既知濃度の標準ガスを導入し,測定時と同じ条件下で,測定したスペクトルを用いて作成した検量線で定量をおこなうことが理想的です。定量精度を求めない場合には,市販のリファレンスガスデータベースを用いて定量することも可能です。
なお,測定毎にガス圧力が変化する場合は,測定時の圧力を測定し,定量値を補正する必要があります。
表3にガス分析をおこなう際の感度向上策とそのときの注意点について示します。
一般的に,ガスセルの光路長が長いほど低濃度のガス定量が可能となります。高感度測定のために,セルの両端にミラーを設置した多重反射を用いたガスセル(マルチパスセル)を選択した場合,多重反射の回数が増えるにつれ,セル内の赤外光束径が小さくなることとミラーの反射回数が増えるためスループットが低下していきます。
数m以上の多重反射セルの場合,スループットが数%以下となり,通常の焦電型検出器では十分な感度が得られなくなり,高感度検出器であるMCT(HgCdTe)検出器が必要となります。MCT検出器は,液体窒素冷却が必要であり,長波長側にカットオフ周波数があり,その波長より長い波長領域では感度が得られないなどの課題があります。
一方で,積算回数を増やすと感度は向上していきますが,N倍感度を向上させるためには,同じ測定条件(分解およびミラー速度)で,N2倍測定時間を長くしなければなりません。
測定分解を上げると得られるスペクトルのピークは,シャープになりますが,設定分解によっては,アパーチャが設定されることによりスループットが低下し,感度向上が期待できなくなる場合があります。
定量するためのピークは,一般的には,そのガス種の最大強度を持つピークでおこないます。複数のガスを定量したい場合,ガスのピークが重なることがあるため,実際に測定するガスのスペクトルと定量したいガスのスペクトルを確認して,定量するピークを設定することが必要です。また,測定したガスに,二酸化炭素や水蒸気など大気中のガス成分と重なるピークとなった場合にも,ピークの選択が重要となります。
なお,非常に近接したピークを持つガス種を測定する場合は,赤外吸収スペクトルを高分解で測定することにより,近接したピークを分離することで,定性・定量が可能となる場合があります。
条 件 | 感度向上策 | 注意点 |
ガスセル長 | ガスセルのセル長を長くするセル長に比例して感度向上が期待できる。 | セル長を長くするにつれ,スループットが低減する。 セルの両側にミラーを設置した多重反射セルの場合,反射回数が増加するにつれ,光束径が小さくなることとミラーの反射率によるスループット低下が感度に影響を与える。 スループット低下時には,高感度検出器であるMCT(HgCdTe)検出器を用いる場合が多いが,量子型検出器特有の波長感度特性により長波長側が測定できなくなる場合がある。 |
積算回数 | 積算回数を増やす感度をN倍にするには,積算回数をN2倍にする | 積算回数を増やすことで,感度は向上するが,測定時間が長くなり,フロー測定には向かなくなる。 |
分 解 | 分解を上げる分解を上げるとピーク強度は強くなる。 | 測定1回あたりの測定時間が長くなるため,フロー測定には向かなくなる。また,アパーチャによる光量制限がある場合は,スループットが低下し,感度向上は期待できなくなる。 |
表4.に燃焼ガスの分析をおこなう場合のガス成分と定量のために選択したピーク波数の例を示します。
成分名 | 高波数側 ベースライン |
ピーク | 低波数側 ベースライン |
CO | 2233 | 2170 | 2000 |
CO2 | 2391 | 2359 | 2205 |
SO2 | 1400 | 1374 | 1300 |
NO | 1971 | 1907 | 1751 |
NO2 | 1667 | 1628 | 1540 |
HCl | 2950 | 2944 | 2943 |
HBr | 2614 | 2619 | 2598 |
HF | 4045 | 4037 | 4020 |
HCN | 720 | 710 | 712 |
ガスの時間変化測定
赤外分析法によるガス分析は,定量までに前処理時間が不要なことと,測定時間が短いため,測定対象ガスをフローセルに導いて,時間とともに濃度が変化するガスの定量をリアルタイムでおこなうことが可能です。
このため,燃焼反応,化学反応および熱分析から発生するガスのガス種とその量の時間変化の測定などに使用されます。ただし,フローセルを用いて時間変化を測定する場合,次のような注意が必要です。
●ガスセルのセル容量
測定感度を上げるために,セル容量を大きくするとセル内でのガスの置換に時間を要し,時間分解が低下する。
時間変化測定を目的とする場合は,同じ光路長のガスセルでもセル容量の小さいものを選択するようにする。〔この場合,スループットが低下する場合が多いが,時間分解を優先させる。〕
●ガスセルおよび流路の温度
流路およびガスセル内部に冷却点があると吸着しやすいガスが壁面に吸着し,時間分解が低下する。
一方で,ガスセルの温度を上げ過ぎるとMCT検出器への総赤外光量が増加するため,FTIRからの相対干渉赤外光が低下するために,検出感度が低下する。必要以上にガスセルの温度を上昇させないことが必要となる。
●分析ガスの種類
分析ガス内部に多量の水分が含まれるとその他のガス種の定性および定量が妨げられる場合がある。この場合,メンブレン式ドライヤーなどを用いて,分析ガスの水分をあらかじめ除去しておく必要がある。
自動定量システムへの応用
FTIRのデータ処理ソフトウェアに組込まれたマクロプログラム機能(オプション)を利用して,種々の自動ガス分析システムを構築することができます。
以下に工場の分散制御システム(DCS)に接続した工場内反応炉の終点モニタシステム(図3)を例に自動定量システムを紹介します。
〈測定手順例〉
以下にDCS(分散制御システム)による反応炉内生成ガスのFTIRによる測定手順を示します。
測定開始・終了は,DCSからの制御により実行され,測定が始まると特定ガスピークの定量値が4-20mAデータとしてDCSに送られます。反応前後の各成分ガスを一定間隔で定量することにより,反応の終了段階をDCSにより判断することができます。これらの制御は,DSCからの制御により全自動で実施されますので,FTIRの無人運転が可能です。(補足1)