ガスセル
FTIRでは適切な付属品を選択することで,いろいろな状態の試料の分析を行うことができます。今回は,ガス試料の測定の際に使用するガスセルの構造や選び方を紹介します。
1. ランバート・ベールの法則
物質の吸収強度は,ランバート・ベールの法則に従うことが知られています。図1で,入射光をI0,試料を透過した後の光をIt,光路長をd,試料の濃度をCとすると,吸光度Aとの間に,式(1)に示すランバート・ベールの法則が成立します。
εは吸光係数と呼ばれ,物質がどのくらい光を吸収するかを示す定数です。
光路長が一定であれば,検量線を使って吸光度から濃度を計算することができます。また,測定する試料のおおよその濃度がわかっていれば,光路長と濃度が既知のスペクトルとの対比からその試料を測定するために必要な光路長を計算することができます。
ガス試料も液体試料と同様に容器に詰め,赤外光を照射して,吸収スペクトルを測定します。液体試料や固体試料は密度が高い,すなわち,濃度が高いので,1mm以下の短い光路長で測定しますが,ガス試料は密度が低いので,数cmから数十mの光路長で測定をします。
2.ガスセルの種類
ガスセルには,短光路ガスセルと長光路ガスセルの2種類があります。
2.1. 短光路ガスセル
短光路ガスセルは液体セルのように入口から出口までを光が一直線に透過するセルで,単光路(single path)のガスセルとも言われます。図2に示すように,円筒形の筒の両端に赤外光を透過する窓板が取り付けられた構造で,筒の中に試料ガスを封入します。光路長はガスセルの長さになりますが,FTIRの試料室に取り付けるので,長くても15cmまでとなります。当社では5cmと10cmの光路長のガスセルを用意しています。赤外光の大幅な減衰がありませんので,FTIRの標準のDLATGS検出器で測定可能です。
セルの材質はガラス製で,窓板はKBr,NaCl,KRS-5から試料の性質で選べます。測定できる濃度は物質に依存し,10cmのガスセルでは数10ppm~数%程度です。例えば,メタンガスであれば,表1から69ppm~2.75%程度の濃度範囲となります。
2.2. 長光路ガスセル
一方,ppmオーダーの低い濃度のガス試料を測定する場合は,光路長を長くする必要があります。例えば,1ppmのメタンガスは,10cmガスセルの検出下限の約1/100なので,少なくとも100倍の長さ,すなわち10mの長さが必要になります。10mもの長さになると,単光路ではFTIRに取り付けることはできません。そこで,2枚の鏡を用意して,その間を何回も往復させて光路長を稼ぐ長光路ガスセルを使用します。光が何度も往復するので,multipathのガスセルとも言われます。
図3のようにガスセル内に入射した赤外光は,ミラーM1とミラーM2の間を何度か往復した後,ガスセルを出て検出器に向かいます。赤外光が1往復すれば,ミラー間の距離dの2倍の光路長となります。dが50cmであれば,10往復すると光路長は10mになります。
光路長は固定のものと調整により光路長を変更できるものがあります。一般的には固定長のガスセルの方が保守の手間がなく便利です。いろいろな濃度範囲のガスを測定する場合,光路長が変更できる可変長ガスセルが便利ですが,光路長を変更する際に調整用のレーザーを使用してM2ミラーを調整する必要があります。 光路を稼ぐためにN往復すると,(2N-1)回ミラーで反射することになります。10往復すると,19回反射します。反射率95%のミラーを使用した場合,19回反射した後の赤外光は38%(0.9519=0.38)まで減衰してしまいます。そのために,FTIRの標準のDLATGS検出器ではなく,高感度のMCT検出器を使用します。
ガスセルのボディには,図4のようなガラス製と金属製があります。ガラス製の方が安価で一般的ですが,フッ化水素が含まれているガスはガラスを侵しますので使用できません。
このような場合はフッ素樹脂で内面をコーティングした金属製のガスセルを使用します。また,ガラス製と金属製ともボディにヒーターを巻いて加熱できるタイプのものが用意されています。
窓板には,KBr,CaF2,BaF2などが使用されます。MCT検出器と組み合わせる場合は,水蒸気に強く,測定可能波数範囲がMCT検出器とほぼ同じであるBaF2を使用すると便利です。
2.3. TG-FTIRシステム用加熱ガスセル
図5に熱分析装置から発生したガスをFTIRで測定するTG-FTIRシステムを示します。TG-FTIRシステムでは加熱型のガスセルが使われます。ガスセルの光路長は10cmで,最高200℃または250℃まで加熱でき,TG内の試料の加熱過程で発生したガスが通過します。窓板には,KBr,NaCl,CaF2,BaF2などが使用されます。
3. ガスセルで測定できる試料の濃度範囲
光路長1mのガスセルで測定できる代表的な試料の濃度範囲を表1に示します注)。ランバート・ベールの法則により,強度は光路長に比例しますので,10cmガスセルで使用する場合は表1の値の10倍,10mガスセルで測定する場合は1/10倍の濃度の試料が測定できることになります。
4. ガスセルの選び方と注意
ガスセルを選ぶときは,下記のことに注意して選んでください。
測定対象ガスの濃度
ガスの濃度から光路長を選びます。濃度が充分高い場合は,短光路ガスセル,低い場合は長光路ガスセルを選択することになります。
含まれているガスの種類
含まれているガスの種類によっては,吸収ピークが重なり分析ができない場合があります。
腐食性ガスを含む場合はガラス製または耐食コーティングをした金属製のガスセルを選びます。フッ化水素含むガスの場合は,ガラス製は使用できませんので,フッ素系樹脂でコーティングした金属製のガスセルを選びます。
水蒸気を含むガスの場合,KRS-5(5cm/10cmガスセル)またはBaF2を窓板として選びます。
検出器と設置方法
短光路ガスセルの場合は,FTIRの試料室に設置し,標準のDLATGS検出器を使用します。
長光路ガスセルの場合は,試料室にガスセルを設置してFTIRにオプションのMCT検出器を取り付けるか,またはFTIRの横にMCT検出器付きのガスセルボックスを設置するかを選びます。
加熱オプション
水蒸気やハロゲン化水素などは配管やガスセルボディの内壁に吸着して,正しい濃度を示さなかったり,ガスの交換ができなかったりします。このような場合は,配管やガスセルボディを加熱することで吸着を防止することができます。