
お客様のご意見・ご要望のご紹介
前野 禅 先生
工学院大学 先進工学部 環境化学科 准教授 (ご所属・役職は2024年5月発行時)
2050年のカーボンニュートラル社会の実現に向けて、工場排ガスなどの混合ガス中のCO2の回収・資源化の技術の確立が切望されている。火力発電所の燃焼排ガスや製鉄所の高炉ガス、セメントキルン排ガスのような約10-20%のCO2を含む混合ガスからのCO2回収・資源化は、アミン溶液(化学吸着法)やゼオライト(物理吸着法)を用いた温度・圧力スイング法が検討・確立されてきている。回収CO2は高純度炭酸ガスやドライアイスとして再利用できる。一方で、天然ガスを利用した発電排ガスなど上記よりも低い濃度のCO2(5%未満)を含む混合ガスに対する回収・資源化技術は確立されておらず、化学産業界の喫緊の課題である[1]。近年、低濃度CO2の回収資源化に向けた触媒反応プロセスとして、CO2回収・還元反応(CO2 capture and reduction (CCR))が注目を集めている。CO2を含む混合ガスとH2ガスを非定常運転で反応器システム内に交互に流し、回収したCO2をCH4とCOに変換する。吸蔵あるいは吸着したCO2を脱離によって回収するのではなく、CH4やCOへ変換しながら脱離させることで、等温でのCO2回収資源化プロセスが期待できる。CO2吸着材とCO2水素化触媒を組み合わせたシステムでは、それぞれが効率的に作動する温度域が異なるため、ガス切り替えに加えて反応温度を切り替えた非定常操作を伴うことが多い。一方、CO2吸着能と水素化能を併せ持つ二元機能触媒材料は、等温条件でのCCR運転に有望であることから近年注目されている。炭酸塩を形成しうる塩基性酸化物とH2活性化能を有する遷移金属種の2成分を酸化物担体上に担持して合成される。これまでに様々な二元機能触媒材料が報告されているが、その多くはCH4生成反応を目的としている[2]。一方で、高選択的にCOを生成する触媒の研究例は少ない[3]。特に、排ガスの直接利用が期待される300 °C台の温和な条件で、O2などを含む混合ガスからのCCRによるCO合成を達成した例はなかった。
最近我々は、NaとPtをAl2O3上に担持した触媒が,温和な条件でのCCRによる選択的CO生成反応に有効であることを見出した。また、共担持したNaがPtナノ粒子表面を被覆することで高選択性が発現することを明らかにした[4]。本稿では、FTIRとガスセルを用いたCCRにおける多成分ガス測定と、FTIR測定を含めた種々の測定による触媒構造解析および機能発現機構について概説する。
二元機能触媒材料は塩基性酸化物に直接あるいは金属酸化物担体上に塩基性酸化物を高分散に固定化した材料に、H2活性化能を有する遷移金属種を担持することで合成される。本研究では、γ-Al2O3上にNa、Mg、KまたはCaの硝酸塩を含浸担持・焼成した後、Pt前駆体を含浸担持し、焼成することでPt系二元機能触媒材料を合成した。CCR試験は触媒をH2気流下、350 °Cで還元することで活性化処理を行った後、O2を含むCO2混合ガス(1% CO2+10% O2/N2、以下CO2・O2ガス)とH2ガス(5% H2/N2)を触媒層に交互に流通させ、出口ガスに含まれる未吸蔵CO2と生成COおよびCH4はガスセルを設置したFTIRにより定量分析した(図1a)。CO2、COおよびCH4のガス濃度はそれぞれ2395-2235、2250-2001、3031-2994 cm-1付近のピーク面積をもとに計算し、ガス流量と触媒量からCOおよびCH4生成量とCO選択性を求めた。CO2吸蔵量は触媒無しの条件の下で検出されたCO2量と各触媒を用いた時の未吸蔵CO2量の差から算出し、COおよびCH4生成量の総和とCO2吸蔵量からCO2変換率を規定した。
種々のアルカリ・アルカリ土類金属とPtを含む遷移金属種をAl2O3に担持した触媒を検討した結果、NaとPtを担持した触媒(Pt-Na/Al2O3)が最も優れた選択性(93%)でCOを生成した(図1bおよびc)。Pt/Al2O3を触媒に用いるとCO2吸蔵量が大きく低下し、CH4が主生成物として得られた。また、Naの代わりにMgを用いたPt-Na/Al2O3でも、高いCO選択性は見られない。出口ガスの各成分の濃度プロファイルを比較すると、Pt-Mg/Al2O3はPt/Al2O3やPt-Mg/Al2O3と比べて、CO2流通開始から反応装置下流のFTIRで検出されるまでの時間がより長い。この測定結果からもPt-Na/Al2O3が優れたCO2吸蔵量を有することが分かる。また、吸蔵後の還元反応におけるCOおよびCH4生成について、Pt/Al2O3やPt-Mg/Al2O3ではH2流通開始後50-150秒でCOが検出されなくなるのに対し、CH4は300秒以上生成し続けた。一方、Pt-Na/Al2O3の場合、H2流通時間を500秒以上まで延長してもCH4はほとんど生成しない。NaはCO2吸蔵サイトとして機能するだけではなく、Pt上での選択水素化にも影響を与えていることが分かった。
図1 Pt系二元機能触媒材料を用いたCO2回収・水素化反応、
(a)実験装置の概略図、(b)各種触媒を用いたCCR試験における出口ガス濃度プロファイル、
(c)CO2回収水素化反応におけるCO2吸蔵能およびCO生成能の比較
H2処理後のPt-Na/Al2O3の構造解析を走査透過電子顕微鏡および元素マッピング測定で解析を行った。興味深いことに、Al2O3表面に先に固定化したNaがPtナノ粒子近傍に偏在していることが分かった(図2a)。これらNaが偏在するPtナノ粒子のラインスキャン分析から、NaがPt表面を被覆したコアシェル構造のナノ粒子の形成が示唆された(図2b)。このような表面修飾されたPtナノ粒子はPt-Mg/Al2O3では観測されなかった。Ptナノ粒子の表面構造をより詳細に明らかにするために、H2による還元処理後のPt/Al2O3とPt-Na/Al2O3に対して低温でのCO吸着を行い、Pt表面に吸着したCO種をFTIR測定により観測した(図2c)。Pt/Al2O3では金属状態のPtナノ粒子の配位飽和サイト(terrace-like sites, 2082および2102 cm-1)と不飽和サイト(step-like sites, 2065 cm-1)それぞれに吸着したCO種が観測された。一方、Pt-Na/Al2O3の場合、配位飽和サイト上のCO種はほとんど検出されず、配位不飽和サイト上のCO種が観測された。Na酸化物がPtナノ粒子表面の一部を被覆した構造であることが分かった(図2d)。
図2 Pt-Na/Al2O3の構造解析、(a)H2処理後のPt-Na/Al2O3の構造解析を走査透過電子顕微鏡および元素マッピング測定、
(b)Na修飾Ptナノ粒子のラインスキャン分析、(c)低温でのCO吸着後のFTIRスペクトル、
(d)Pt-Na/Al2O3の構造のイメージ図
次にPt-Na/Al2O3の優れたCO生成能が発現した機構を明らかにするために、実際の反応温度において流通ガスを切り替えながら触媒表面上の吸着種を観測するin situ FTIR測定により、CCR中の吸着化学種およびその動的挙動を調べた(図3a)。H2処理後のPt/Al2O3にCO2・O2ガスを流通させると炭酸イオン(CO32-)に帰属されるピークが1580および1340 cm-1付近に観測された。流通ガスをH2に切り替えると、CO32-に由来するピークの減少とともに金属Pt上に吸着したCO種が2048 cm-1に検出された(図3b)。炭酸塩の形成により触媒上に吸着したCO2の水素化によって生成したCOが再吸着していると考えられる。同様の測定をPt-Na/Al2O3に対して行うと、CO2・O2ガス流通時にはPt/Al2O3と比べて強度の高いCO32-に由来するピークが観測され、H2流通時には速やかに減少した。一方で、H2流通時に金属Pt上に吸着したCO種はほとんど検出されなかった。Pt/Al2O3ではCH4が、Pt-Na/Al2O3ではCOがそれぞれ主な生成物であることを踏まえると、Pt-Na/Al2O3上では生成したCOの吸着が阻害されているものと解釈される。つまり、通常のPtナノ粒子表面では吸着CO2の水素化により生成したCOがPtナノ粒子に再吸着し、一部がCH4への逐次水素化される。一方、Naにより被覆されたPtナノ粒子上では、生成したCOが触媒表面から速やかに脱離することでCH4への逐次水素化が抑制され、高選択的にCOが生成したものと考えられる(図3c)。
図3 in situ FTIR測定によるCCR中の触媒表面吸着種の観測、(a)装置イメージ図、
(b)CO2・O2混合ガス流通下からH2ガスに切り替えた時のFTIRスペクトルと表面化学種の挙動、
(c)想定される高選択性発現機構
本稿では混合ガス中の低濃度CO2の回収・選択的水素化によるCO生成に有効なPt-Na系二元機能触媒材料について紹介した。FTIRとガスセルを用いた分析系により、CCRに関わるCO2、CO、CH4の多成分同時測定かつそれら濃度の時間分解測定ができた。また、開発したPt-Na系触媒の低温CO吸着後あるいはCCR反応中の表面化学種をFTIR測定により、Ptナノ粒子の表面構造と構造高選択性の発現機構を調べた。NaはPtナノ粒子表面を部分的に被覆し、炭酸塩の形成によってCO2を吸蔵するだけではなく、生成COの再吸着を阻害する役割も担っていることが分かった。これらNaの2つの役割によって、高効率かつ高選択的なCO生成反応が達成されたと考えられる。なお、このPt-Na系二元機能触媒材料は少なくとも6000サイクルのCO2回収・水素化反応を行っても、CO2回収能とCO生成能の大きな低下は見られない[4]。現在、本研究により開発した分析系や得られた構造活性相関の知見に基づき、COあるいはCH4合成に有効な様々な非貴金属系の二元機能触媒材料の開発[5,6]や大気中のCO2回収分離システムとの複合化の研究を進めている[7]。今後も、微力ながらカーボンニュートラル社会の構築に貢献する触媒研究に取り組んでいきたいと考えている。
上記の研究内容は、前職の北海道大学触媒科学研究所の清水研一教授の下で得られた成果である。清水先生ならびに共同研究者の先生方および研究室構成員の皆様のご指導、ご協力に深く感謝いたします。