vol.29 顕微赤外分光イメージングで見る光学迷彩

執筆者紹介

vol.29 顕微赤外分光イメージングで見る光学迷彩

雨宮 智宏 先生(助教)

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 (ご所属・役職は2017年10月発行時)

荒井 滋久 先生(教授)

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 (ご所属・役職は2017年10月発行時)

1. はじめに
 「皆様,ようこそおいで下さいました」
ロンドンのエジプシャン・ホール,並み居る観客を前にしてストダー大佐は一礼すると,おもむろに鞄を机に置いた。それを開けた途端,ざわめく観客。中から人間の頭が現れたのだ。驚く観客をよそに,ストダー大佐は頭に様々な命令をし始める…。時々に応じて頭が見せる色のある表情,その奇怪な光景に観客は大いに沸いた。
1865年にお披露目された歴史的奇術である「スフィンクス」のタネは,今でも色褪せることはない。それは,鏡を使って後ろの風景を映し,机の下にある胴体を視覚から消すことで,あたかも頭だけがそこに存在しているかのように見せるというものである。そして,この古典とも言える奇術は,そのとき既に‘光学迷彩の核心’にも迫っていた。すなわち,「背景を投影する」という考え方である。

 

2. 光学迷彩とメタマテリアル
 背景が投影されて対象物が消えるためには,伝搬光が反射や位相ずれを生じることなく対象物周囲を迂回すればよい。そのような装置こそが光学迷彩である。このとき,光を迂回させる手法としてすぐに思いつくのが,プリズムなどを置いて周囲の屈折率を変化させることだろう。しかし,適当な領域が与えられたとき,周囲にどのような屈折率の媒質をどのように配置すれば光は綺麗に迂回するだろうか? 特に‘反射や位相ずれを生じることなく’という条件が難しそうなことは,感覚的にも分かると思う。
そのような中,2006年に提案された「変換光学」に基づく理論により,光学迷彩の条件が定式化された1,2)。その理論により導かれたのは,周囲に配置する媒質の性質として‘屈折率’そのものではなく,その構成要素である‘誘電率’と‘透磁率’が要求されるという点であった。
つまり,理想的な光学迷彩を実現するためには,物質の誘電率および透磁率の値を任意に変化させる必要があるということになる。
さて,物質固有の誘電率や透磁率の値を人工的に作り変えることは容易ではないが,近年の目覚しい技術の進歩はそれをも可能にする。そのような人工物質を総称して,メタマテリアルと呼ぶが,これらは,マクスウェルがその理論を作り上げた1864年来,古典ともいえる電磁気学の分野に様々な革命をもたらした。メタマテリアルは,平たく言えば「金属で構成された微細な電気回路の集合体」であり,一つ一つの微細回路を原子とみなすことで,特定の周波数に対して所望の誘電率・透磁率を得ることが可能となる3)
「変換光学」に基づく理論により,所望の光学迷彩を実現するための誘電率と透磁率の空間分布が分かるので,それらの値を持つメタマテリアルを空間の適切な位置に配置すれば,晴れて光学迷彩の完成となる。この手法を用いることで,現在までに様々な形の光学迷彩が実現されているが4, 5),特に,可視・近赤外光のような高周波帯で動作するメタマテリアル(光メタマテリアル)を用いて光学迷彩の実現を目指す場合,ナノスケールの金属構造体を三次元実装することが必要不可欠となる。

 

3. メタマテリアルフィルムとFTIRによる評価
 本節では,光学迷彩へ向けた光メタマテリアルの三次元実装を目的として,当グループで開発されたメタマテリアルを内包した有機薄膜フィルム(メタマテリアルフィルム)6)について解説する。メタマテリアルフィルムの特徴は,膜厚500 nmから20 µmの有機薄膜内にメタマテリアルを内包することで,所望の光学特性(誘電率・透磁率)を持ったフレキシブルフィルムを実現できる点にある(図1参照)。本フィルムを隆起のある表面に貼り付けると,フィルム内部のメタマテリアルは曲面の接線方向にセルフアラインに並ぶため,簡単に3次元実装が可能となる。

図1    (a) メタマテリアルフィルムの概要図と写真 (b) フィルム内に内包された金属リングアレイの一例

図1    (a) メタマテリアルフィルムの概要図と写真 (b) フィルム内に内包された金属リングアレイの一例

 

本フィルムを用いて光学迷彩を実現する手法は次節に譲ることとし,本節ではメタマテリアルフィルム自体の光学特性をフーリエ変換赤外分光光度計(Fourier Transform Infrared Spectrometer: FTIR)を用いて測定する方法を述べる。
メタマテリアルフィルムのベース材料には,ECRIOS®(三井化学)を用いる。ECRIOS®は高耐熱性(260℃)と高透明性(可視・近赤外全域)を有するポリイミドであり7),これによって内包されたメタマテリアルの効果を最大限に引き出すことが可能となる。作製については,まず支持基板上にECRIOS®をN-メチル-2-ピロリドンで希釈した状態で塗布し,熱処理により硬化させた。その上に,Ti 10nm/Au 30nmのC型リングアレイを,電子ビーム描画およびリフトオフプロセスを用いて作製し,その後,再度ECRIOS®を塗布・硬化させた。最後に,支持基板からフィルムの剥離を行うことで,メタマテリアルフィルムを形成した(図1参照)。本研究では,リングサイズが異なる5種類のサンプルを用意した(図1bにおいてa = 150, 300, 500, 700, 900 nm, wは50 nmで固定)。
メタマテリアルフィルムの誘電率・透磁率については,フィルムを均質であると仮定すると(図2aを参照),Sパラメータの各要素を用いて,次の式で求めることができる8)

 

ここで,ε, µはメタマテリアルフィルムの複素誘電率と複素透磁率,dはフィルム膜厚,kは波数である。誘電率・透磁率の正確な導出のためには,S11とS21の実部と虚部が必要となるが,これを広帯域にわたって評価するには,非常に複雑な実験系が必要となる。そのため本研究では,FTIRを用いることでフィルムの透過強度(S21のノルム)を測定し,それに対して理論フィッティングを行うことで,S11およびS21の実部と虚部を推定,その後,(1)(2)式から誘電率・透磁率を導出した。

図2

図2 (a) メタマテリアルの光学定数推定 (b) FTIRによるメタマテリアルフィルムの透過スペクトル (c) LC共振時における金属リング周囲の電磁界分布(計算値) (d) a = 500 nmのリングが内包されたメタマテリアルフィルムに対する透磁率の推定値

 

FTIRにより得られたメタマテリアルフィルムの透過スペクトルを図2bに示す。図2bにおいて2ヶ所の透過強度の減少は,それぞれLC共振(図2bの○),Mie共振(図2bの□)に依るものであり,LC共振が起きる周波数近傍でフィルムの光学特性(誘電率・透磁率)が変化する(LC共振時は,電気回路内に強い自由電子の振動が現れ,それに伴って誘導磁界が生じている―図2c参照)。
一例として,a = 500 nmのリングが内包されたメタマテリアルフィルムに対する透過スペクトルに理論フィッティングを行い,(1)(2)式を用いて誘電率・透磁率を求めた。結果を図2dに示す。これにより,60 THz近傍において透磁率が大きく変化しており,FTIRによる透過測定のみでフィルムの誘電率・透磁率を推定できていることが見て取れる。

 

4. 顕微赤外分光イメージングで見る光学迷彩
 本節では、前述のメタマテリアルフィルムを用いて光学迷彩を実現する手法について、近中赤外(60 THz)における評価と共に紹介する。メタマテリアルフィルムを用いた光学迷彩の実現手法の概要を図3aに示す。本研究では、予めフィルム内に特定の誘電率・透磁率分布を持つようにメタマテリアルを内包させておき、それを図3bに示すように対象に巻き付けることで光学迷彩を実現する。迷彩対象として円柱を仮定した場合、フィルム内の誘電率・透磁率分布を以下の式で与えると、特定の偏光に対してフィルムを巻き付けた領域が透明化される。

 

ここで,εz, µrはフィルム内の誘電率と透磁率,tはフィルム膜厚,R1は遮蔽する円柱の直径,R2は円柱にフィルムを巻き付けたときの直径である。図3cに,60 THzにおいて直径100 µmの円柱を透明化するための,フィルム内の誘電率・透磁率分布を示す(ここで,フィルム膜厚は4 µmとし,円柱に25回巻きつけるモデルを考えている)。この状況では,誘電率はフィルムを構成している有機材料と同一(= 2.25)となることから,透磁率だけをメタマテリアルを用いて変化させればよい。
上記の透磁率分布を実現するために,フィルム内に予め分布させるべきメタマテリアルの形状を図3dに示す。本研究では,前節と同じTi 10nm/Au 30nmのC型リングを使用し,一辺を600 nmに固定,リングのアーム長aを変化させた(図3a参照)。これにより,リングのアーム長aを位置xに対して,ほぼ線形で変化させればよいことが分かる。図3eにフィルムを用いて作られる迷彩周囲の電磁場分布を併せて示す(このとき,電磁波の周波数は60 THz,入射方向は左からとした)。右端に到達した電磁場には若干の強度分布が見られるものの,等位相面に乱れはないことが見て取れる。

図3

図3    (a) 巻き付ける前のフィルム状態:形状の異なるメタマテリアルを分布配置 (b) 円柱に巻き付けられたメタマテリアルフィルム
    (巻き付けられた部分が透明化する) (c) 光学迷彩を実現するための,フィルム内の誘電率・透磁率分布の計算結果
    (d) フィルム内に分布させるメタマテリアルの形状の計算結果 (e) 巻き付けられたフィルム周囲の電磁場分布@60 THz

 
図4

図4    (a) 作製したデバイスの写真 (b) 動作周波数における顕微FTIRでの光線の軌跡
    (c) 動作周波数外における顕微FTIRでの光線の軌跡 (d) 各周波数におけるフーリエ変換赤外分光イメージング画像

 

上記解析に基づいて,実際にメタマテリアルフィルムを作製した。このとき,フィルムの膜厚は4 µmとし,内包するリングアレイの形状分布については,図3dの点線に従って設定した。その後,作製したメタマテリアルフィルムを直径100 µmのSUSロッド(伊藤製作所 イトーマイクロシリンジ)とともにスライドガラスに挟み,滑走させることで巻き取りを行った。完成したデバイスの写真を図4aに示す。
測定については,図4bcに示すように,金属パターンが形成されたガラス直上にデバイスを配置し,FTIRによるイメージング(島津製作所IRTracer-100 & AIM-9000)を行った(ここで,入射偏光は図3bに示した状態になるよう設定した)。図4dにその結果を示す。周波数63 THzにおいて,SUSロッド直下のパターンが観測できていることから,巻き付けられたメタマテリアルフィルムが光学迷彩として働き,図4bのようにカセグレン鏡からの入射光が迂回していることが示唆される。それ以外の周波数においては,SUSロッド直下のパターンが見えないことから,フィルム内のメタマテリアルが作動せず,図4cのように入射光がロッドで散乱されていることが予想される。なお,58.5 THzにおいて画像が乱れているのは,金属パターンが形成されたガラスの透過性を反映したものであり,光学迷彩の性質とは直接関係はない。

 

 

5. おわりに
 メタマテリアルの研究の中でも,光学迷彩はホットトピックの一つであり,多くの研究が行われている。しかし,従来の手法ではメタマテリアルを三次元的な作製技術が必須となる上,広範囲に光学迷彩を実現することが困難であった。
 当グループでは,予めフィルム内に特定の誘電率と透磁率分布を持つようにメタマテリアルを内包させておき,それを ‘対象物に巻き付けるだけ’ で光学迷彩を実現する手法を提案している。これにより,従来問題となっていた複雑な三次元構造の作製技術を省略することができる上,対象波長に比べて非常に大きいサイズの領域を透明化できるようになる。本手法は汎用性のある技術であり,様々な周波数帯への適用が期待される。

本研究は,JSPS科研費(#15H05763, #16H06082),JST-CREST (JPMJCR 15N6) の援助により行われた。

 

参考文献

1) J. B. Pendry et al., “Controlling Electromagnetic Fields,” Science 312, 1780 (2006)
2) U. Leonhardt and T. G. Philbin, Geometry and Light: The Science of Invisibility, Dover Books on Physics (2012).
3)S. A. Ramakrishna and T. M. Grzegorczyk, Physics and Applications of Negative Refractive Index Materials, CRC Press and SPIE Press (2008).
4) T. Ergin et al., “Three-Dimensional Invisibility Cloak at Optical Wavelengths,” Science 328, 337 (2010).
5) X. Ni et al., “An ultrathin invisibility skin cloak for visible light,” Science 349, 1310 (2015).
6) T. Amemiya et al., “Metafilm: metamaterial array embedded in organic thin film,” The Conference on Lasers and Electro-Optics 2016 (CLEO 2016), FTh1D.2 (2016).
7) K. Fukukawa et al, “Transparent Polyimide and Precursor Thereof,” PCT application No. PCT/JP2014/062474.
8) D. R. Smith et al., “Electromagnetic parameter retrieval from inhomogeneous metamaterials,” Phys. Rev. E 71, 036617 (2005).

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