vol.104 LC-MSによる食物アレルゲンの一斉分析

2018年8月 発行
橘田 規 先生

一般財団法人日本食品検査
(ご所属・役職は2018年8月発行時)

食物に含まれる抗原(食物アレルゲン)によって引き起こされる免疫学的機序を介して,生体にとって不利益な症状が誘発されることを食物アレルギーといいます。症例が最も多い免疫学的機序は,特異的IgE抗体が関与するIgE依存性反応です。IgE依存性反応の多くは,原因食品(図1)を摂取してから2時間以内に症状が誘発される即時型反応です。鶏卵,牛乳,小麦,大豆は,乳児から幼児早期の主要原因食品であり,自然耐性獲得率が高いと考えられています。

図1 即時型食物アレルギーの原因食品

図1 即時型食物アレルギーの原因食品1)

食物アレルギーの症状は,多くの場合,口唇・舌・のどの痒みや鼻汁など,不快な程度にとどまりますが,進行すると全身の発疹,呼吸困難,腹痛,嘔吐などの重篤な症状が起きることもあります。また,非常に感受性が高い人では,摂取した食物アレルゲンがごく微量であっても,血圧低下や意識障害を伴うアナフィラキシーショックにより死に至ることがあります。したがって,食物アレルギーをもつ人は,食物アレルゲンを含む食品を誤食しないように十分注意する必要があります。

食物アレルゲンを含む食品の誤食による健康被害の発生を防止する観点から,平成13年4月にアレルゲンを含む食品に関する表示制度が創設されました。その後の改正と平成27年4月に施行された食品表示法によって,表1 に示す特定原材料7品目とそれに準ずる20品目が表示の対象になっています。平成14年11月と平成17年11月には,この表示制度が適切に実施されていることを検証するための検査方法が通知され,その中で定量検査法としてELISA( Enzyme-LinkedImmunosorbent Assay)法が示されています2)。ELISA 法は,対象とする原材料に含まれる多くのタンパク質に結合する抗体を用いる方法と,特定のタンパク質に結合する抗体を用いる方法がありますが,より特異性の高い後者であっても交差反応による偽陽性の判定を完全には避けることができません。また,食品メーカー,食品商社などが品質管理の目的で行う食品の出荷前検査では,表1 の原材料を一斉に検出できる分析法が望ましいのですが,ELISA 法はこれに適した方法ではありません。そこで,私たちは,高感度・高選択性を特徴とするLC-MSを用いて同時に複数の原材料を検出・定量する方法を検討してきました。

表1 アレルギー表示の対象品目

  原材料の名称
特定原材料
(表示の義務)
卵,乳,小麦,えび,かに,そば,落花生
特定原材料に準ずるもの
(表示の推奨)
あわび,いか,いくら,オレンジ, カシューナッツ,キウイフルーツ,牛肉, くるみ,ごま,さけ,さば,大豆,鶏肉, バナナ,豚肉,まつたけ,もも,やまいも, りんご,ゼラチン

LC-MSによる食物アレルゲン一斉分析法では,各原材料に含まれるタンパク質に由来するペプチドを検出・定量します。精確な分析結果が得られるかどうかはターゲットペプチドの選択に懸かっています。原材料「乳」を例に,ターゲットペプチドの選択方法について紹介します。牛乳から抽出したタンパク質に対して,還元・アルキル化を行った後,トリプシンで消化してペプチドを得ます。これをLC-MSで測定し,牛乳に含まれるタンパク質に由来するペプチドの情報を網羅的に取得します。Swiss-Prot などのタンパク質配列データベースから牛(学名:Bos taurus)のもつタンパク質の配列情報を入手し,LC-MS測定で検出したペプチドをこのタンパク質の配列に当てはめていきます(表2)。この段階で,タンパク質の全配列に占めるペプチドの比率が大きいものがターゲットタンパク質の候補になります。牛乳の場合,18種類のペプチドが当てはまり,全配列の85 %を占めるBeta-lactoglobulin がターゲットタンパク質の第1 候補になります。Beta-lactoglobulin に由来し,LC-MS測定で検出されたペプチド(表3)の中には,牛以外の哺乳類のBeta-lactoglobulin に相同性のあるものや穀類,野菜類等の一般食品に含まれるタンパク質に相同性のあるものが多く含まれています。このような偽陽性の判定を引き起こす可能性の高いペプチドは,データベース検索や実試料分析から得た情報を基に取り除いていきます。この作業を入念に行うことで,特異性の高いターゲットペプチドを見付け出します。「乳」以外の原材料についても,同様の方法で複数のターゲットタンパク質およびこれらに由来する複数のターゲットペプチドを選択します。
現在,特定原材料を対象とした一斉分析法を確立すべく,各原材料のターゲットペプチドの絞り込みを行っているところです。また,試料から目的のタンパク質を抽出することができなければ偽陰性の判定をする可能性がありますので,様々な加工形態に適した試料粉砕法と抽出方法を検討し,幅広い食品に適用可能な分析法を開発する予定です。

表2 牛乳に含まれる主なタンパク質

表3 Beta-lactoglobulin由来の主なペプチド

引用文献

  • 1) 平成27年度 食物アレルギーに関連する食品表示に関する調査研究事業報告書, 消費者庁, 平成28年3月.
  • 2) 食品表示基準について(平成27年3月30日 消費者庁次長通知 消食表第139号)別添「アレルゲンを含む食品の検査方法」

執筆者紹介

山梨県甲府市出身。横浜市立大学理学部要素科学科卒業。化学工業メーカーで品質管理業務等を経験した後,財団法人日本冷凍食品検査協会(現在の一般財団法人日本食品検査)に入会し,理化学試験業務,試験法開発業務に従事。現在,事業本部試験部門副部長。食品産業コーデックス対策委員会専門委員,液体クロマトグラフィー研究懇談会役員,残留農薬分析国際交流会幹事などを務める。

【専門分野】食品汚染物質及び機能性成分のLC-MS/MSアプリケーション開発
【将来の夢】温泉めぐり
【趣  味】お酒,自転車,ビリヤード

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